戦国時代
第8話 濃姫 1、
わたしは極悪人の娘に生まれました。父は平気で人を殺す人で、初めは僧侶だったのですが、仕えていた長井家の家督をのっとりました。お侍となった父は、さらに、仕えている美濃の国の城主である土岐さまの一族を毒殺し、内乱を起こして、土岐さまを滅ぼしてしまったそうです。父の悪名は世間に広がり、蝮の道三と呼ばれたそうです。そう、蝮の道三こと、斉藤道三がわたしの父でありました。
わたしは、美濃の国を奪いとった新参大名の娘だったのです。父は、血を好み、また、女と毒を好んでいました。幼かったわたしは、女は男に奪われるものと思い育ちました。父の娘であるわたしに誰も手を出さなかったですけれども、いつも、男の手を恐れていました。いつ誰がわたしを手篭めにするかわかりません。そうしたら、激昂した父にわたしまで殺されるともしれません。わたしは、父を恐れていました。何の、この時代、お上の治世も乱れているという。なんと、浮ついた世の中でございませぬか。わたしの人生など、男たちに嬲られる蜻蛉のようだと思っておりました。
十四になったばかりのわたしを父は呼んで、こうおっしゃいました。
「濃よ、おまえは尾張の国の織田信長のところへ嫁に行け。そして、隙を見て、信長を毒殺して来い」
わたしはまだ生娘でしたから、嫁に出るのもわかるのですが、夫を毒殺して来いとは、いったいどういうことでしょう。それでわたしが幸せになりましょうか。いや、わたしの幸せなど、父は考えてはおらぬ。父はわたしに不幸に生きよと命じられたのです。わたしの命など、手鞠のよう。儚く散る落葉のよう。
そして、わたしは信長という男に嫁ぐことになりました。わたしは父に逆らうことはできません。聞けば、信長は尾張一のうつけ者と評判の阿呆者らしいです。不幸なわたしは阿呆に嫁ぐのでしょう。何も不思議ではありません。
婚礼の日になり、実際に会ってみた我が夫は、女のようなひょろ長い顔をしておりました。いつ毒殺すればよいのか、わたしははらはらしておりました。愚かな男を一人殺して帰れば、父が喜びましょう。それだけがわたしの望みでした。
我が夫は、配下のものたちにあそこが悪い、ここを直せと叱られてばかりです。なんともはや、情けないことです。
「おまえが我が妻となる者か。この信長で不満はないか」
「いえ、ございませぬ。不束者ですがよろしゅう」
「うむ」
これが夫との、初めての会話でした。この男、わたしに殺されるとも知らずに。
うむ、とは、威張っておりましょう。なんでしょう、この男。うむ、などと申して。
「ふふふふっ」
思わず、わたしは笑ってしまいました。いったい、どうやって殺してくれよう。
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