第六話 死は潜む
『この世には天国や地獄、いわゆるあの世ってものはねえんだ。死んだ生き物の魂専用なんていう便利な世界はない。生きている生物と同じくこの世に留まる』
俺はクローゼットを引っ掻き回し、制服を探しながらエルマーによる幽霊講座に耳を傾けていた。エルマーはこちらの様子を気にするでもなく続ける。
『ただし、普通は生きている生物側からこっち側を認識することはできない。そうさな、ラジオに例えるとわかりやすいか。周波数を合わせなきゃ聴けないだろ。それと一緒だ。たまに生まれつき周波数が合ってしまう、『霊感のある』奴らもいるが、あくまでも先天的な素質によるし、視覚だけとか、聴覚だけとか半端に認識出来るだけで、坊っちゃんほどまともに見聞き出来るのはおかしいんだ』
「そもそも先天的には俺に霊感はなかった訳だしな」
『そう。だから十中八九坊っちゃんの霊感は《赤目》としての《
俺は手を止め、手足にひっついて離れない火の玉を見やる。エルマーいわく低位霊。この世に留まった魂ということか。
「こいつらがくっついてくるのはおかしいことなのか?」
『基本的には、低位霊には動く能力がねえんだ。転生して新たな命を授かるまではぼーっと待ってるしかねぇ。人に取り憑くことすらできないから、ホント待ちぼうけするだけなんだ。けど、自発的ではないとはいえ、ソイツらは元いた場所を離れている。それはまあ、普通ではないかなぁ』
「……まずいのか?」
『いやぁ、初めて見たことだから、なんとも』
「そうか」
話を聞く限り、低位霊自体には危険性はなさそうだ。とはいえ本当に影響はないだろうか。すこし心配になる。幽霊の専門家であるエルマーですら匙を投げたのだ、何が起きても不思議ではない。
……それにしても、こんなものをくっつける《能力》とは一体何なんだ。なんの役に立つのだろう。誰も見えない青白い火の玉を持ち歩く能力。ファッションにすらなりやしない。
「そういえばエルマー。お前は一体どういう存在なんだ。ただの幽霊犬が、霊のことだけではなく、《
ずっと思っていた事だが、エルマーは三年前までうちの飼い犬をやっていたただのマンチェスターテリアだ。どうしてここまで博識なのか?
制服探しも忘れ、エルマーに向き直る。エルマーは俺の視線に気づいて居住まいを正すと、口を開いた。
『俺は高位霊だからな』
火の玉のことを低位霊と呼ぶ以上、その上位存在の高位霊も在って当然だろう。
「高位霊は低位霊と何が異なるんだ?」
『高位霊はまあ、有り体に言えば転生回数が違う、というか。今まで生きてきたすべての命の寿命、つまり前世のトータルも含め、生きてきた年数が違うんだと思ってる。低位霊はせいぜい数回くらいしか転生したことない霊体だ。オレらは多分、10回以上転生してるかな』
「輪廻転生ってやつか?正直よくわからないな」
『あはは!オレたちだってわかっちゃいないさ。実際生きている間は前世の記憶なんかないし、転生回数なんか関係ない。けど、死んで霊体になると、前世の記憶も引き出せる様になる。低位霊では持て余しちまって転生を待つだけだ。何度も転生を繰り返して精神体として成熟すると、オレみたいに自由自在に幽霊ライフを満喫出来る。晴れて高位霊の仲間入りってワケだな。《赤目》のことも、いくつか前の前世で知ったんだぜ』
「……それは、今のお前にはエルマー以外の人格も混在しているってことか?」
『んっと。いや、そうじゃないな。主人公に感情移入した映画を丸々記憶しているって感じだ。だから当時の感情とかも思い出せはするが、オレの経験じゃなくて、それはあくまでも知識として思い起こせるってことだ』
そうか。いや、見ず知らずの人格の前で啖呵を切っていたのだとしたら少々複雑なものがあった。エルマーが変わらず俺の知っているエルマーで在ってくれて助かった。
しかし何だな。今更だが、俺の勝手に抱いていたエルマー像と今のエルマーは結構違っていたりする。犬種としてはマンチェスターテリア。艷やかな毛並みに気品のある佇まい。元々人懐っこいところはあったが、実際に言葉を交わして驚いた。ここまでくだけた性格をしていたとは……。悪いというわけではない。寧ろ兄貴肌というのか、頼りがいすら感じる。しかし、あのエルマーがなあ……。
―――ピリリッ、ピリリッ
俺がエルマーを見つめ感慨にふけり、エルマーがその視線に居心地悪そうにし始めた頃、思考を遮る音が鳴った。
これは……。壊れたままの目覚まし時計か。AM9:48。いつもどおり。
携帯のディスプレイで正しい時間を確認する。
「何……?」
AM9:48。
時間通りとは……。珍しいこともあるものだ。
そうだ。はっと我に返り、俺は学校へ行かなくてはならないことを思い出した。エルマーが俺に頷いて答える。すっかり止まってしまっていた手を動かす。制服を見つけなければ。
「手伝ってくれ、エル」
『おうよ』
俺の呼びかけに威勢のいい返事を返してくれる。
エルマー。
新しい物好きであった爺様が、聞きかじったアニマルテラピーを勉強するためにうちに招き入れた。俺が生まれる前からこの家にいて、俺の成長を見守ってくれていた。偉大で優しかった爺様は、俺が小学生になる前にこの世を去った。その後の俺を見守っていてくれたのは、エルマーだけだ。辛い時も、苦しい時も、俺を支えてくれた。俺を苦しめるのはもっぱら両親であったからこそ、俺はエルマーを本当の家族、兄のように慕っていた。……依存と言い換えてもいいかもしれない。だからこそ、この悲劇は俺ら二人で始まった。
俺は安心している。まだ、依存しているのかもしれないが。彼が味方にいるだけでなんでもできる気がしてくる。精神が安定する。勇気が湧いてくる。家族にだって挑めるかもしれない。彼は俺の
俺ら二人で始まった悲劇……エルマーとなら、俺は乗り越えようと思える。うだうだと悩んでいた期間を鑑みると、笑えてしまうくらいに単純だった。
見つけ出した制服にブラシを掛け、着替える。数時間前に崩れ落ち、座り込んだ扉。俺を支えてくれたそれをなんの感慨もなく開き、階下へ向かう。
大丈夫だ。さっきまでとは違う。俺は生き直すんだ。トテテ、トテテと軽い足取りで先行して下るエルの後ろ姿を見ながら、思った。
リビングに入るとテーブルへと座り、パンの袋を掴む。着慣れない制服がのりで硬い。そういえば一度も袖を通したことはなかった気がするな……。
袋から出した食パンは白く、一瞬どうしようか迷ったが、結局そのまま口に入れた。口の中に小麦の素朴な味が広がっていく。
『用意はいいか、秀』
「ああ、行こう」
*
「そろそろ到着のはずなんだが……」
『ほお~。……あっ』
家を出ること20数分。マップでは見えてもいい頃合いだ。そんな中、エルマーが間抜けな声を上げた。
「なんだ?見えたか?」
『いや、違う。オレは今、大変なことを思い出した……』
「大変なこと?」
『そうだ。なあ、坊っちゃん。……方向音痴は治ったのか?』
「なんだって?」
いきなり何を言い出すのだろう。その言い方ではまるで、俺が方向音痴だったみたいではないか。
「治ったも何も、俺が方向音痴だったという事実はないだろ」
『いやいやいやいや!?自覚症状ねえってのが相当だからな!?覚えてるだろ、俺の散歩に行くたびに帰れなくなってさあ……』
「違うだろ。あれは道を学習していたんだ。知らない道があれば迷ってしまう。いつか迷ってしまう危険性を潰すために、わざと知らない道を開拓していたんだ」
『毎日毎日チャレンジャーだったなぁ!それでどうだったよ?自力で帰れたことがあったか!?』
「帰れなくては今ここに居ないだろう?」
『オレが連れ帰ったんだよ!真面目な顔して『ふむ』とか立ち尽くすもんだから、仕方なく先導して帰ったんだ!』
「リードつけられていたのはお前の方だろ」
『そうだけどそうじゃねえ!……ったく。くく、くはははは!!』
ひとしきり吠えた後、エルマーは大声で笑う。突然笑い出したエルマーに、俺はぎょっとして、胡乱げな目を向ける。
「いきなりどうした」
『くふふふ……。いや、なんだろな。正直俺も、突然のことで驚いていたんだが、こうして秀と言葉を交わせるようになったが嬉しくてな~。うん。今まで言いたかったことをちゃんと言えるって、気持ちいいしな』
その気持ちはまあ、わからないでもないな。
「俺が方向音痴というのは事実無根だがな」
『いや、まだ言うか……』
「ほら見ろ、着いた」
『え?……ああ。ここが―――』
私立南学園高校。
主に富裕層が通う有名校だ。が、内情は結構な悪徳校だ。事実、俺はまだこの学校を退学にされていない。入学式すら来ていないのに、だ。父に金を掴まされているのだろう。……いくら見限ったとはいえ、日宮の一家に汚点を作らないために。魂胆はくだらないと思うが、結果としては父に感謝しなくてはならないな。
『でかい学校だなー』
感慨深そうにエルが呟く。が、俺はそれ以上特に思うことはないので足早に正門を通り抜けた。
『それにしても、無事にたどり着くとは……。成長したな、坊っちゃん』
「うるさい」
『うるさい?なあ、それって方向音痴を認めたってことだよなぁ?』
「……」
『いや~、しみじみと感慨深いものがあるなぁ、て、ちょっ!置いていくなよ、秀!』
昇降口。
大きなコンクリートの怪物が口を開けて待っていた、そんな印象を受ける。喰えるものなら喰ってみろ。
心の中での啖呵など、無機質でのっぺりとした怪物は意にも介さない。
そんなことを考えている間に一人、いや一匹先行したエルマーは疑問を呈する。
『秀の靴箱はどこだ――って、名前書いてないぞ?』
「ここは小学校じゃないぞ」
俺はブレザーの胸ポケットから家に送られていた書類の一枚を取り出すと、クラスと出席番号を読み上げる。
『1325、1325と………。あったぞ秀!』
「ああ、すまない」
俺の靴箱を探し出したエルマーに礼を言って、靴をしまう。そこで上履きが必要なことに気がついたが……、靴箱を過ぎた先にあったスリッパを勝手に拝借することにした。
「しかし、クラスが分かってもな……。そもそも一年のフロアがどこにあるか分からないな」
無駄に金だけはある有名私立のマンモス高校。教室群はすぐに見つかるかもしれないが、何階が一年の教室かわからない。
『人目が気になるってんなら俺が探してきてやろうか?』
「いや、いい」
エルマーが提案をしてくる。確かにエルなら誰にも見つからず1-3を探してくることができるだろうが、それでは多分意味がない。
「最終的には教師連中に捕まるだろう。人目なんか気にしても意味がない。それにこんなことから逃げてるようでは生き直すなんて到底無理だろう?」
『それもそうだ』
七姫から頼まれたのは早嶋美奈津なる人物の護衛。戦場になり得るここの地理を把握していないのは問題だしな。
俺とエルマーは周りを気にせず、のんびりと校内を見回ることにした。
*
「キミ、何してるんだ!」
2限目、古典の授業は先生の怒号で中断された。
私はちょうどノートを使い切ってしまっていた。2学年に進級してから半年が経つ。本文を書き写さなくてはならない古典のノートでは、当然の摂理だった。……買って置くのを忘れた。他の教科のノートに代わりに書き写すことにする。なんの教科のノートに板書しようか。しかし後日、買い直したノートに書き写すの面倒だ。授業終わらないかしら。と思っていたところなので、先生の意識を持っていったクラスメイトに感謝する。
いや、どうやら戦犯はクラスメイトではないらしい。先生の視線は廊下に向いている。先生の怒号で飛び起きたクラスメイト君。どうやら君ではないようだ。他の級友たちもつられて廊下に意識を向けていた。
スタッ、スタッ―――とスリッパの足音がする。どうやら犯人は自分が怒られたことに気がついていないらしい。先生は憤慨し、勢いよく廊下のドアを開ける。
「なんだねキミは!今は授業中だろう!?何をのんきに校内を散歩しているんだ!」
窓際真ん中の席の主たる私の位置からでは、犯人の全容は明らかにならない。背筋を伸ばせば、どうにか学校貸出の緑色をしたスリッパがみえた。………内心ホッとする。大輔ではないようだ。彼には
「聞 い て い る の か ね !学年とクラス、出席番号、名前を教えなさい!」
どうやら犯人は人を怒らせる天才らしい。穏便に済ませるということはできないのだろうか。……授業を妨害してくれていることには感謝するが、古典の先生はしつこいことで有名だ。穏便に済ませる努力が足りないのは自業自得だろう。だがそもそも目をつけられてしまったのは同情の余地もあるかもしれない。ご愁傷様。
スタッ、スタッ――
「待ちたまえ!無視するとはどういう了見なんだ!」
通り過ぎようとした犯人を先生が引き止める。振り返った犯人はちょうど私からみて全身が見える角度にいた。
犯人は無言で先生の手を振り払う。……一体どんな胆力をしているのかしら。そのまま彼は歩き去って行く。
「待て!待ちなさいと行っているでしょう!」
先生が声を掛けるも、どうやら帰ってくることはなさそうだ。
「ほぇ~。よくやるなぁ……」
「なんか今の子超カッコよくなかった?」
「あんな子いたっけ?」
クラスメイトは主に女子を中心にして浮き足立っていた。なるほど確かに、彼は格好良かったかもしれない。一目見ただけで女子が浮き足立つのもわかる。
だがしかし―――
「あの青年は……。たしか………」
私は多分、あの青年に会っている。あの青年を
「聞いてないのだけれど………」
どういうことなのかしら?ナナ。
*
「やっぱり目をつけられると面倒だな」
俺たちは今、屋上を目指している。
校舎内はあらかた回った。その途中で一度、2年の教室前で授業中の先生に絡まれるハプニングがあったのだ。
『いや~、あれは………。確かにめんどくさくはあったが………非は十割十分俺らにあると思うぞ?』
「エル……お前まで俺に敵対するというのか……」
『いや、うん。敵対するわ。反省しな?』
そんな。俺は。俺はお前が共に居てくれるからこそ、生き直すと決めたのだというのに……。何ということだ。エルの中では俺が110パーセント悪いらしい。
憮然とした想いで中央階段を登る。1階で見つけた案内によれば、ここだけ他の階段と違い、5階まで階段が続いている。5階はちょっとした踊り場と屋上への扉があるだけのはずだ。
『しっかし、屋上なんて開いているもんかねぇ』
「さあな。ただ、流石に二度も三度も先生に絡まれたいとは思わないからな」
『早速避難場所探しなわけだ』
エルマー的にはさっきの態度は喜ばしくないらしい。少々つっけんどんとした言い方だ。俺だってわかってはいる。エルマーに対して『生き直す』と約束した身だしな。とはいえ俺は今まで碌な生き方をしてこなかった。あくまでも最終目標を決意したのであって、突然優等生が出来上がるわけじゃない。俺としては、憤慨して帰らないだけ頑張っているつもりなのだが。
「褒められた態度じゃないかもしれないが、別にゼロから一気に百を目指すつもりはない」
『へーへー』
不満だらけの様子だが、これ以上は言及してこないので一安心する。そうだな、今後は愛想をつかされない程度には頑張っていきたい……とは思う。
「ここか」
ついに俺らは屋上への扉へたどり着いた。鉄製の扉にはドアノブが一つあるだけだった。
「鍵は………空いてるのか」
『あら、屋上解放してるのか。今時珍しいな』
珍しいのか。他の学校のことは知らないが、とりあえずは次のチャイムまで隠れられそうだ。ギギギと扉があげる音を聞きながら、俺は差し込んでくる陽の光に目を細めた。
―――ギイァァァ、バン
始動こそ重かったものの、扉は急に軽くなり、勢い余って壁にぶつけてしまった。思っていた以上に音を上げる扉に顔を顰める。
屋上は広かった。そうだな、いつか見た空港の屋上がこんなだったろうか。大きなフェンスが四方を囲っていた。ここまでは想像通り。
だがなんと、驚くべきことに先客がいた。そいつは不敵にも屋上の中央で大の字に寝そべり、日光浴をしている。
「うるっせぇなぁ………。先公が上がってくると面倒だ。カギ閉めておけよ」
体は動かさず、命令だけをよこしてくる。癪だが迷惑をかけたのはこちらなので、仕方なく言うとおりにする。
「チッ……。謝罪もなしかよ」
先客は寝返りを打ちながら毒づいてきたが、興味がないな。
『おい秀………、謝っとけよ』
「面倒だろ。あの
『お前な………』
エルが呆れているが俺は付き合わない。
折角誰にも絡まれない場所を見つけたと思ったらこれだ。
それに―――
はぁ、とため息をつきながらもう一度先客を見る。
着崩した制服。チャラチャラとした金属類のファッション。ソフトモヒカンで左がわに剃り込みを入れている。
随分とこの学校に不釣合いな容貌をしていた。裏ではとんでもないことをしている学校だが、裏口入学でビジネスを成立させるには、それだけのブランドがいる。外聞は悪くない学校なのだ。事実、授業中の散歩に厳しいのはたった今俺がその身で立証済み。こういう
こいつらは苦手だ。俺らクズとは本質的に違う。
俺や薫といった流れ着いてしまったものとは違う。望んでも、持たざるものでしか在れなかった俺らとは違うのだ。自ら望んで悪ぶっている。世間体や持っていたはずの居場所を捨て、逆らうことを選んだ。あまつさえそこに誇りを抱いていたりする。あまりにも傲慢で愚かしい。
かかわり合いになりたくない。
俺はどうすべきか数秒逡巡した後、扉の上、つまり階段踊り場の屋根に登ることにした。横に周り、貯水タンクを足がかりにして登る。
『うわぁ、見事にコケだらけだな』
苔なのだろうか。なにかヌルッとしている。仕方がないのでそのまま淵で横になった。チャイムがなったら確認しておいた1年3組の教室に向かうとしよう。
エルマーが一面の苔を気にもせずに伏せる。それを確認して俺は目を閉じた。
授業中に堂々と校内を歩き回ったのは失策だった。先に職員室に出向くべきだったのだろうか。結果論だが、この学校ではマンモス校ということもあって、学年ごとの職員がそれぞれ別の職員室に詰めている。各学年の担当の階がわかっていなかったので、やはり先に校内を見回ったのは間違いじゃなかったはず……。
そんなことを考えていると、突然声を掛けられた。
「おぃお前、見ない顔だな」
「なっ!のわっ!」
俺を覗き込む影。思わず驚いて転げ落ちる。が、半死人になったことで上がった身体能力のおかげだろう、二本足ですっくと着地することができた。先程まで俺がいた場所には人影が立っていた。逆光で影になっていて顔は見えない。慌てて確認すると屋上の中央にいた不良がいない。つまり
「よっと」
俺に続いて不良も飛び降りてくる。
「お前、誰だよ」
着地するなり不躾に質問をしてきた。
「なんでお前なんかに教えなきゃならない?」
「ハッ……、ここ最近で転校生が来たって話は聞いてねえからな」
不良は顎を突き出し、威嚇するように睨みつけてきた。メンチを切るというやつだ。
コイツは南学園を占めているのか?そう考えれば得心がいく。自分のシマに入ってきた異物として、俺に警戒しているのだろう。
俺は少しでも多く侮蔑の感情を載せられるように、冷ややかな視線で答える。
「挨拶が必要とは知らなかった。お前から名乗れ」
「おいおい。肝が座ってんなァ?」
ガニ股でこちらに闊歩してくる。俺とぶつかるスレスレの位置で止まると、上から睨みつけてきた。しかしこうして立ってみるとなかなか背が高いな。俺が170センチあるかないかくらいかなのだが、完全に俺を見下ろしている。10センチほど背丈で負けているのか。
しばらくそのまま睨みあっていると近くのスピーカーからチャイムが鳴った。
「ふん……」
不良は脇に唾を飛ばし、屋上の中央に戻って大の字になった。完全に俺から興味を失ったらしい。
「チッ……」
こっちも軽く舌打ちをする。こんなところからはさっさと出るに限る。
腹いせに鉄扉を大仰に開け、わざとらしく音を立てて閉めた。
「なんなんだアイツ。急に近づいてきやがって。不愉快ったらありゃしない。なあ、あれは俺悪くないだろ、エル―――」
そこまで言ってエルを置いてきてしまったことに気がついた。またあれの居る屋上に行かなきゃなんないのか?心底げんなりする。
そういえば、不良に起こされてからというもの、一度もエルマーは口を開いていなかったな………。
『待てって、秀!』
浮遊したエルマーが壁を抜けてきた。なんだそれは。幽霊らしいといえばらしいのだが、奇っ怪な状況に硬直する。いやまあ、ともかく戻らなくてもいいのか……。
「随分とステレオタイプな幽霊だったんだな」
『いんや、これは動き回れる高位霊だけの特権だから、出来るやつなんかひと握りだぞ。……じゃ、ねえ!そうじゃねえぞ秀!大変なんだ!!』
エルは興奮したように飛び回りながら叫ぶ。一体どうしたと言うんだ。
「何がだ?」
『赤目、赤目なんだよ!』
そこで一拍置き、何かを
『あの不良の坊主、赤目だったんだよ!』
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