第34話 魔王の改心

「……ってなことがあったんだよ」


 直人は話し終えると、お茶を飲みほした。のぞみが入れてくれたものだ。

 直人は普段、自分の過去を話すことなど殆どない。付き合いの長いのぞみにも詳しくは話していない。特に父親のことは。そんな彼の話に、朋子とのぞみはずっと聞き入ってくれていた。そのことに直人は感謝する。

「でも」

 と、のぞみがつぶやく。

「直人のお父さんが、その……亡くなったのは、事故じゃないの?」

 直人は別に、殺意を持って父を殺したワケではないのだ。確かに原因の一つに直人の行動があったとは思うが、それは思い込み過ぎでは? とのぞみは思ったのだ。

 だが直人は首を振る。

「殺した……と俺は捉えてるんだよ」

「…どうして?」

「…実際、父さんは事故死扱いになってるよ。でも原因は俺が海に落ちたせいで死んでる。……そのことで、俺に責任がないワケがない」

 そう言って直人は天を仰ぐ。くすんだ天井が目に入る。

「父親がいないことで三多摩の家は引き払うことになったし、母さんも収入のため仕事をせざるえなくなったし、…親戚ともギクシャクして疎遠になったらしいし。…全部俺のせいで蘇我家は大変なことになった」

 直人は重くため息をつく。

「“殺した”っていうくらいの責任が俺にはある。……そう思ってる。…罪は償わなきゃならない。特に母さんのために」

 直人はあらためて顔を曇らせた。自分のごうを思い出したかのようだった。

「そんなワケで、勇者エルフィンの転生者よ」

「は、はい!」

 いきなり振られてキョどる朋子。

「俺はもう世界滅亡の野望を抱いていない。なぜなら、母さんを悲しませたくないからだ」

「…はい」

「母さんは…確かめたワケじゃないけど多分、俺と同じくらい父の死に責任を感じてる。だから身を粉にして働いてる。…残された俺の将来の為に。……そんな俺が、世界滅亡とかアホな将来設計をしたり、人様に迷惑を掛けるような行為をしたりして母さんの思いを裏切るワケにはいかない」

 そう言って直人は朋子を見据える。少しビクッとなる朋子。

「…逆に、俺自身が傷つくことも母さんを悲しませることになる」

 朋子は何も言えずにいる。

 そんな彼女に直人、いや魔王ギガソルドは頭を下げた。


「だから朋子、いや勇者エルフィンよ。すまなかった。許してくれ」


 その姿に、勇者の転生者は衝撃を受けた。


 魔王が勇者に許しを請いたのだ。


 以前のような適当な謝罪ではない。


 朋子は戸惑う。

 魔王は前世で非道な仕打ちを人間にした。それが許せず勇者は世界を渡ってまで追ってきた。

 だが今の魔王は母を憂いており、そして尽くしたいと思っている。まるで人間の親子のように。

 逡巡する勇者の転生者。

 そして一呼吸考え、とある質問をすることにした。

「…一つ聞いてもいいですか?」

「…ああ」

 朋子は一息吸い込んだ。

「お父さんが亡くなったと知った時、…悲しかったですか?」

「……そうだよ」

「………それは魔王として? 直人くんとして?」

「……魔王としても直人としてもだよ。その頃、…父さんが死んだ時には、どっちの意識だかわかんないくらい境界は曖昧になってた」

「じゃあ、魔王は…」

 朋子は語尾を強めた。


「人の死を悲しめたってことですか?」


 その勇者の転生者の問いに、魔王の転生者は力を込めて頷いた。

「そうだ。二度と味わいたくないと思った」

 その答えに勇者の転生者は目を伏せ、内に確信を抱かせた。


「…わかりました。私は魔王を許します。そして直人くんのことを信じます」

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調布在住、魔王な俺と勇者なあいつ Snowsknows @snowsknows

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