第32話 直人の追憶 その五
意識を取り戻すと、最初に見えたのは知らない天井であった。
ここは…どこだ。
そう思い体を動かそうとする。だが体中に痛みが走り顔が歪む。それになぜか息苦しい。
見れば、どうやら酸素吸入器ような物が口につけられていた。それに清潔なカーテンに点滴、ドラマセットみたいな機械が目に入る。どう見ても病院だ。
そしてベッド横でなぜかうつ向いている人物が我の目に入った。
どうして我が、ベッドでこのような状態になり、そして母がそんなに気落ちしているのか。
とめどない不安に駆られ、母へ呼びかけようとしたが声が出ない。代わりに呻き声が出た。
「………直人? 直人!?」
母はやつれた顔で驚き、我の手を握った。
「直人っ…よかった…」
安堵と
どうして母がここに? なんでそんなに安堵してるの?
というか、どうして我はこんな状態に?
色々と疑問符が浮かぶが、意識が回復したばかりなのか朦朧として考えがまとまらない。
そうこうしている内に、母のすすり泣く声に気づいたのか、看護師らしき女性がやってきた。
*****
その後、呼ばれた医師がやってきて、我は軽く検査や問診を受けた。
経過は驚く程良好。今いるところは集中治療室という所らしく、すぐに一般病棟に移れるだろうとのことだった。
次いで医師から我の状況を簡単に説明された。
君は堤防から波に飲まれ荒れた海に転落したが、たまたま近くにいた人が通報をし、近くに海上保安庁の巡視艇がいてすぐに救助されたと。運がよかったと。
そしてその際、体中を岩などで強打し一部肋骨などを骨折してしまったが、内臓などには特にダメージはないようだと。
それよりも海水を飲み込んでしばらく意識を喪失してしまっており、そちらの方が気がかりであったが、後遺症もなくかなり早く回復したと。
医師は、よく頑張ったねと我を褒めた。
……堤防から海に落ちた。
そう言われるが、事故の時のことが靄がかかった様に思い出せない。我は不安になり、そのことを伝えるが、それはよくある事なのだと医師は言う。事故の時の恐怖を忘れようとする一種の防衛本能らしい。
その説明に少し得心がいったが、まだ違和感というか気がかりがあった。
「……………………お父さんは?」
確かに事故前後の記憶は何かあやふやだが、
邪神王…父が見当たらない。あの時一緒にいたはずなのに。
我は、猛烈に嫌な予感を感じていた。
そしてその問いに、医師は一瞬、
医師はそのまま確かめる様に母を見た。
すると母はうつむきながら絞るような声で言った。
「…………私が連れていきます」
連れて行く?
どういうことだ?
いやそれよりも、
どうしてそんなに悲痛に言うのだ。
我はさらなる不安を抱かずにはいられなかった。
*****
医師より移動する許可が下り、我は車椅子に乗せられた。
それで母と付き添いの女性看護師と共に父のところへと向かう。
エレベーターで地下に降りた。当然だが、窓がないため妙に薄暗い。
電灯はついているが、なんというか空気が暗い。
車椅子のカラカラという音だけが通路に響く。
そして進むごとに、車椅子を押してくれている母の手が震えていることに気付いた。
不安とも恐怖とも取れる感情に支配された我は、思わず母に言う。
「…………お母さん、…この先嫌だ」
だが母は押し黙ったまま。
我はそれ以上何も言えず、拳を震えさせることしかできなかった。
そしてとある部屋の前で、車椅子が止まった。
「………お母さん、ここ入りたくない」
我は力なく言う。
しかしその問いに母は答えない。代わりに看護師が「どうしますか」と尋ねてきた。母は「……お願いします」と一言。
すると看護師が懐からカギを取り出し、その部屋の扉を開けた。
その部屋は広く、カーテンでいくつかの小部屋に仕切られていた。その内の一つに我は連れて行かれる。そしてその小部屋の奥には祭壇があり、手前には簡素なベッドに大きな布か被さられていた。
「………嫌だよ。お母さん。嫌だよ」
「……直人、お父さんね」
「お母さん! 嫌だよ!」
母は、悲しみながらその布を捲った。
「お父さん、死んじゃったよ」
そこには青白い父の寝顔があった。
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