第29話 直人の追憶 その二

 邪神王。奴は我に対し理解がある。利用価値もあり、新たなる夢幻四天王筆頭に据えてもよいと思える奴であった。無理矢理一緒に風呂に入らされはしたが、この異世界の地球の知識を彼奴よりかなり得た。

 知識とは力である。基本魔族は力こそ全てと言う思考だが、王たる我は腕力だけが力ではないと知っておる。

 それに邪神王が言うには、この異世界にはやはり魔法が存在せぬそうだ。

 マナが殆どないことから薄々感づいておったが、話では魔法の概念はあるものの、それは空想の、お伽噺の中だけだそうだ。

 これは些か都合が悪い。魔法が使えぬとなると、単純な力や知恵で世界を滅亡させねばならぬ。面倒な世界に飛ばされたものだ。

 そして今は邪神王がガシャガシャと我の頭を拭いておる。が必要とか言うておる。正直うっとおしい。

「もう、お父さん! 自分で拭けるから! 頭痛い!」

 直人の意識がまだ残っているせいか、気を抜くとまだ餓鬼の喋り方になってしまうようだ。

「ごめんごめん。にしても久しぶりに一緒に風呂入るとわかるな。大分大きくなったな」

「別に普通だよ。……否、この器はまだ未熟。我の精神とは釣り合わぬ」

「くくく、焦るでない。魔王ギガソルドよ。お主はまだ覚醒したばかり。まだこの世界には疎いであろう。色々と学ばなければならん。まずはお主の世を忍ぶ姿の母である、お母さんの言うことを聞くがよい」

「ちゃんと聞いてるもん。……じゃなくて、我は魔王である。なぜ人間の女の言うことを聞かねばならぬ」

「お主、気付いてておらんようだな。……あの女、人間ではない」

「なんだと!?」

「あの女の正体。それはかつて神界にて起こった神々の黄昏ラグナロク。その生き残り。…戦乙女ヴァルキュリアだ」

戦乙女ヴァルキュリアだと?」

「そうだ。…彼女は古より転生を繰り返し、神界と人界を行き来しておる。…今は人。しかし仮初かりそめの姿。本性を露わさば余にも勝ち目はない」

「そうなのか? だが貴様はあの女と夫婦の契りを結んでおるのだろ? 力で従えておるのではないのか?」

「先も言うたであろう。腕力が全てではない」

「して如何様な方法で?」

「…それはこのイチモツで」

「バカな事言ってないで、早く上がりなさい!!」

 脱衣所の扉の向こうから怒鳴り声。どうやら戦乙女ヴァルキュリアが聞いていたようだ。

 機嫌を損なわぬ内に部屋に戻った方がよいようだ。

 *****

 時刻は夜半を過き。

 だが目が冴えて寝れぬ。

 明日も小学校とやらに行かねばならぬのだが、早く寝ないと戦乙女ヴァルキュリアに怒られる。

 しかしであるが、……聞き耳を立てるとどうもまだ、下階で邪神王と戦乙女ヴァルキュリアは話をしておる。何か我に対する算段をしているようで気がかりだ。

 ……なぜか直人の意識も気がかりを感じているようだ。居っても立っても居られず、我は部屋を出て忍び足で階段の踊り場まで出た。すると話し声が聞こえてきた。

「…それよりマサくん、なんで私も中二設定に巻き込んでるのよ」

「ははは、ごめん理恵ちゃん。なんか楽しくなってな」

「ったくもう…」

「それよっか、なんかごめんな」

「? 何で」

「いや、何て言うか。直人のこと任せっきりで」

「ああ。でもしょうがないでしょ。マサくん昇進して仕事忙しんでしょ。家族の為にお仕事頑張ってよ」

「そりゃ、もちろんだけど。……最近、親子のコミュニケーションが全然取れてなかったというか」

「それは…あるかもね」

「だよな。……よし、残業減らす。んで、家族の時間を作る」

「え? 大丈夫なの? 無理しなくていいわよ」

「無理なもんか。というか配置転換が実はあってな。割と時間作れそうなとこになりそうなんだ」

「そうなの?」

「今までこき使われたんだ。別にいいだろ。平日でも家のこと手伝えるぞ」

「あら、ありがと。今まで土日は寝てばっかりあったもんね」

「そ、それは、すまん。……後、理恵ちゃんとの時間ももっと作る」

「え? そ、そう?」

「……二人目とか」

「………バカ」

 なぜか直人の意識が、これ以上聞いてはいけないと強く訴えった。

 なので我は仕方なくベッドに戻った。

 ……あの夫婦は我の想像以上に信頼し合い仲睦まじいようであるな。甲虫種である我には理解しがたいことではあるが。まぁ、雄と雌であるからどうせこの後営みを………なんだ、直人の意識が強く恥ずかしがっておる。わかったわかった。もうよい。寝るぞ。

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