第28話 直人の追憶
魔王ギガソルドは異世界の地球にて、遂に覚醒を果たした。
地獄に堕とされ、輪廻の流転に揉まれ、
そして、あの妖精に知性を
魔王は改めて己が体を確認する。
それは人間の子供の体であった。蘇我直人という10歳を過ぎたばかりの餓鬼だ。数年前から精神を
魔王は周囲を確認する。
時は夜。ここは蘇我直人の記憶によれば“子供部屋”という二階にある部屋だ。ベッドに漫画棚にTVゲーム。それにベッドとランドセルの掛かった勉強机。取り立て注目すべきところはない。
愚問、破壊のみ。
我は世界を滅亡させねばならぬ。
それは人間を、否、ありとあらゆる知性を根絶やしにするのだ。
星にとり知性は害悪。それは人であろうがエルフであろうが魔族であろうが根絶せねばならぬ。
そのために我は存在する。…
魔王は己の腕を見る。
所詮は子供の腕。細く頼りない。魔力も感じぬ。この世界はマナが殆どないようだ。
マナとは、
それに我の『
結論としては、この体世界滅亡に足る能力がない。
だが問題にはならん。
我に力がないのなら、力がある者を従えればよい。
我は魔王。この王の威勢と畏怖を持って配下を集めてくれる。
………確か、蘇我直人の記憶によれば、帰って来た父親が遅い
くくくく、我が子が魔王に乗っ取られたと知れば、どの様な顔をするか。
その絶望を我が糧とし、
魔王は邪悪な笑みを
*****
「あら直人。どうしたの?」
キッチンに立つエプロン姿の女が尋ねる。
この女は蘇我直人の記憶によれば母親だ。名を蘇我
魔族の我から見ても美しい女だ。蘇我直人はこの女を溺愛している。
くくくく、この女も我の正体を知り絶望に塗れるのだ。
「どうした直人?」
このもそもそと夕餉を食べている、見るからに上着を脱いだサラリーマン風の男が蘇我直人の父親だ。
名を蘇我
くくくく、まずはこの男だ。この男がこの一家で最も力を持っている。こやつを
そして、魔王はキョトンとしている両親を前に独白する。
「聞くがよい! 人の子よ!」
「え?」
「…まぁ、俺らの子だな」
「我が名は魔王ギガソルド! 異世界の
くくくく、実のところ蘇我直人の精神は我と融合状態である。二度と元に戻ることはない。
だがこやつらを操るにはよい駒となる。
さぁ、絶望に
「…………直人、どうしたの?」
女は目を白黒させている。こやつはまだ事態を理解できておらぬようだ。
「……直人、お前そうだったのか」
男は箸を置いた。
こやつの方は事態を深刻に受けて止めておるようだな。
「ならば余も、正体を明かさねばならぬな!」
男は邪悪な声を響かせた。
「は?」
女は抜けた声を上げる。
「な、何!」
魔王は驚く。
そして男は立ち上がり居丈高に構えると、独白する。
「余は、神代よりこの地の闇に君臨する邪神にて不死なる王テラゾンである! 異世界の
な、なんであると!? 邪神にして不死の王!?
魔王は想定外のことに動揺する。
女はこの事態にポカーンとしていた。
「き、貴様、ただの人間ではないのか!?」
「この姿は世を忍ぶ仮の姿よ。余の正体を明かせば騒ぎになり、我が野望の妨げになる」
邪神にして不死なる王テラゾンは大仰に野望を語りだす。
「我が野望! それはこの邪なる魂を再びこの世界に呼び出し、神代以前の混沌たる世界に戻すことだ! それには人間世界に潜伏し、その時を待たねばならぬ。そのために異世界の魔王よ。余の尖兵になれ!」
なんということだ。ただの人間に転生したかと思うたが、よりによってこの世界の邪神にして不死なる王と言う、よくわからんがそれなりの実力者の息子に転生してしまうとは…!
「だ、黙れ! 邪神にして不死なる王よ! 我は異世界にて世界を滅亡に陥れようとした諸悪の根源ぞ! 貴様の軍門なぞ降るものか!」
「くくくく、ならばどうする? 異世界の魔王よ」
「き、貴様が我が軍門に降れい!」
「王であるなら、………その力で従えてみせい!」
「お、おのれ!」
魔王、邪神にして不死なる王に掴みかかる。
しかしその身体能力に歴然とした差があり魔王は弄ばれてしまう。
「ほ~れ、どうした異世界の魔王よ。ほれ、こちょこちょこちょこちょ」
「や、やめろ! や、お父さんやめてよ!」
魔王、邪神にして不死なる王の腕の中でこちょこちょ攻撃を受けてしまう。
「キッチンで暴れない!」
女の一喝。魔王と邪神にして不死なる王は押し黙ってしまう。
「……マサくん。仕事で疲れてるのは分かるけど、どういうつもり?」
「くくくく、これは現世界と異世界の邂逅。そして邪悪なる神話の…」
「そう言うのいいから」
「………直人がこんなに早く中二病発症してくれたのが嬉しくて、つい」
「いや、中二病って…。直人はまだ小4よ?」
「俺はそのくらいから、魔王とか破壊者とか邪悪なる力とか妄想してたぞ?」
女、ため息を付く。しみじみと呟く。
「……この親にして子あり」
「それ褒め言葉?」
「違うわよ!」
魔王が男の腕の中で足掻きながら言う。
「お、おのれ、邪神にして不死なる王テラゾンよ! ……名前長いぞ!」
「じゃあ邪神王で」
「おのれ邪神王! 我に逆らった罪、思い知らさせてやる!」
「くくく、この若輩魔王めが。その前に身の程を教えてやる」
「………ちょっといつまでやるの?」
「直人が飽きるまで」
「わ、我はもう直人ではない! 異世界の魔王ギガソルドだ!」
「お、ロールプレイ徹底してるな。見所がある。邪悪っぽい語彙もいい。すごく本読んでるんだな。直人は」
「……最近、ライトノベルばかり読んでるのよ? もうちょっとちゃんとしたの読んで欲しいんだけど」
「そう言うなよー。初期のラノベ、俺も結構読んでるだから。ス○イヤーズとか魔○士オーフェンとか。マジ面白かったんだから。最近のは挿絵がちょっとな…。電車の中で読めない」
「知らないわよ」
「き、貴様ら、さっきから何を言っている!? こ、この離せ!」
「……もうご飯済んだなら、どっちかお風呂入ってくれない?」
「そうだな。よし直人! 久しぶりに一緒に入るか!」
「わ、我は直人ではない!」
「くくくく、そうかでは魔王ギガソルドよ。水の精霊戯れる場所で、余と腹を割って語り合おうではないか」
「は、離せ! 一人でお風呂入れる!」
邪神王は魔王を担ぎ、風呂場へと消えて行った。
「……もう勝手にして」
女の呆れた呟きは虚空に消えた。
……何か
魔王ギガソルドが、この一家を必ずや屈服させてやる。
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