第27話 直人の罪

 東京都調布市染地2丁目にある築数十年の古アパート、寿荘。そこの201号室が直人の家だ。

 間取りは2DKの洋室6畳、和室6畳、ダイニングキッチン4.5畳でバストイレは別。しかし壁紙や水回りはリフォームされており、築年数の割に中はそんなに廃れていない。家賃も相場より1,2割ほど安め。

 そこで蘇我直人とその母親は二人暮らしをしている。

 和室をクローゼット兼寝室、洋室はリビングとして使っている。こまめに掃除しているようで、生活感はあるがそんなにゴチャゴチャはしていない。

 そしてリビングは狭いためかソファなどは置いてなく、カーペットをの上に小さめのテーブルが一つ。

 家具はあまりなく、テレビとテレビ台。小さめのタンスと、その上に並べられた本とピ○チュウと家族写真らしき写真楯。

 その中で三人は勉強会を開いていた。直人とのぞみがテーブルを挟んで朋子の対面に座り再試の試験範囲を教えている。

 先ほど瑛里華が、本気かわからないが見えない何かのせいで勝手に帰ってしまったが、この三人にはそもそも見えない何かが全く見えないので敢えて無視していた。

「だから、まずここのxにこの値を代入してこの式の答えを出す」

「…はぁ」

「それから出た値をこっちの式に代入して、…はい。y =xになった」

「………はぁ」

「そこはね、ここ両方にこの値をかけるの。そうすれば…ほら」

「…………はぁ」

 直人とのぞみは数学の問題の範囲を朋子に出来るだけかみ砕いて教えていたが、彼女はずっと生返事。

 そんな状態に直人はこれ以上は根気が持たないと判断したのか、

「…一旦、一息入れよう」

 と言って足を崩した。

「お茶、新しく入れて来ね」とすぐ立ち上がるのぞみ。

「あ、悪い。場所わかる?」

「…ん? 多分、大丈夫よ」

 のぞみはそう言ってキッチンにお茶を新しく入れに行った。

「……すいません」

 朋子はのぞみの背中に声を掛けるとテーブルに突っ伏してしまい、思わず本音を漏らしてしまう。

「……勉強、嫌いです」

 すると、朋子の耳にもう聞き慣れてしまった直人のため息の音。

「お前は小学生か」

 続けて皮肉る彼の声。

 少し前なら朋子は、馬鹿にてるんですかっ! と吠えたのだが、さすがに今回の学年順位最下位のショックが大き過ぎた。今、勇者として魔王に対抗出来る覇気がない。

 …と言うか、

 実際のところ、朋子は武道場以来勇者になることに対し、抵抗感を覚え始めていた。

 それは自分が自分でなくなる、という勇者状態。本来の自分ではない自分。

 以前そうなった時は恐怖すら覚えたというのに、再度陥ってしまったのだ。

 きっかけはのぞみのあざけりではあったと思うが、自分は自制すらもせず受け入れてしまった。

 おまけにその後も、武道場に千夏が乗り込んでくるというアクシデントがあったためあまり意識しなかったが、肉体的にも精神的にも反動があったのである。そのため朋子としては慎重にならざるを得えなかった。

 そしてもう一つ、勇者として行動することに抵抗を覚えた理由に、

 直人のための弁当作りが…………正直楽しくなかったと言えば嘘になる。

 初日は冷凍食品の詰め合わせであったのだが、彼は弁当を(のぞみと合わせて二人分)食べた後、恥ずかしながら「ご馳走様。…ありがとう」と言ってくれたのだ。

 その時朋子は内心、なんか…もう! なんて言うか…うん! と語彙崩壊してしまい、次の弁当からは前の日から仕込みをしたりと頑張ってしまったのである。

 そのことを思いだすと、朋子は顔が見えないことをいいことに頬を朱に染めてしまった。

 と、

「あのな、勉強くらい出来なきゃ将来仕事なんか出来ないぞ」

 直人の相変わらずな上から目線。正論ではあったが、朋子は伏せた顔をムスッとさせてしまい、彼女なりの皮肉を返してしまう。

「別にいいんです! 私はのお嫁さんになりますもん!」


 ドンガラッガッシャン!


 と、キッチンから派手な音が鳴り響く。

 そこにいるのは勿論、のぞみであった。

「ごごごごごめん! お皿とか割ってないから!」

 のぞみの言葉に直人は返事を返さず、一瞬、間が空く。

 ふと朋子は今の己が言った言葉の意味を鑑みた。

 今言った、誰かさん、を彼らはどう受け取ったのか?

 朋子はそう思うと、顔を上げることが出来なくなってしまった。

「い、いいって。………け、怪我とか大丈夫か?」

 と、直人は妙に慌ててキッチンへ向かった。

 *****

「もう無理です」

 そう言って朋子は、むぎゅう、と再びテーブルに突っ伏する。

 結局、彼らは数学の試験範囲を捨て、次は社会のほぼまる暗記のところを朋子に教えていた。

 一応、入学試験を熟した経験か朋子は一杯一杯ながら、なんとか暗記し限界を迎えてしまった。

「…………今日はもうこれくらいにしとくか。時間もあれだし」

 その言葉に朋子が壁掛け時計を見ると、夕飯時を回っている。と、朋子はふと気付き顔を上げ尋ねる。

「直人くん、晩御飯どうするんですか?」

「…ああ、いつも家にある食材で簡単なの作って食べてるよ。たまに外食するけど。…今は金ないけど」

 朋子はそれで、以前直人と京王多摩川駅前の台南飯店で食事したことを思い出す。

 そう言えば、彼はあの店の常連の様であった。昔からあの店によく通っていたのだろう。ただでも…

 朋子は思ったことを、ふと口に出す。

「お母さんと一緒に食べないんですか?」

 朋子としては、家では家族と食事するのが当然の事であった。

 ただ直人が母子家庭であるのは何度か聞いている。それならなおのこと家族との時間を大事にしないんだろうか? その問いに彼は、

 何故か顔を暗くした。

「………ちょっと久住さん、その事は…」

 のぞみが咎める様に言う。

 それに朋子はハッとしてしまう。

 自分は昔から場を読むのが苦手で、度々KYな発言で空気を悪くさせていた。それが理由で口下手になってしまったりしたのだが、今回も直人の触れて欲しくない部分を突いてしまったのだろうか?

「いいよ、のぞみ」

 彼はポツりと呟く。

「いい機会だし、朋子…いや、に知っていて欲しい話がある。時間はあれだけど付き合って欲しい」

 直人はそう言い、居住まいを正した。

 …? 

 朋子はそのフレーズに眉を顰める。

 もしかしてその話は、魔王の転生者の生い立ち関することなのだろうか?

 朋子はそう少し考えを巡らしたが、直人が次に放ったことに大きな衝撃を受けてしまう。


「俺は自分の父親を殺してしまったんだ」

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