第26話 家へ

 多摩川高校正門を出ると、都道120号線がある。南北に伸びた片道1車線道路で真っすぐ北へ歩けば15分程で調布駅前につく。教員や何割かの生徒はこちらから徒歩かバスで来るようだ。

 逆に南に歩けばすぐ多摩川高校前交差点がある。そこはまるで下町に無理やり通したような小さい交差点で、地元で榎観音えのきかんのんと呼ばれている大きなえのきが交差点の東側車線入口を二股に分け鎮座している。その昔、氾濫を繰り返した多摩川沿いに生えていながら、一度も流されることのなかった榎と言われている。

 ただバス通りでもあるため正直、交通障害になっているのだが、昔から移設や除去しようとすると、謎の事故が多発し結局誰も手を出さなくなったという将門の首塚に似た都市伝説が存在している。

 直人たちは、その榎観音の脇を通り抜け、桜堤通りを東に徒歩で向かう。

 桜堤通りはその名の通り、多摩川沿いに気付かれた桜並木の堤を通る街道である。世田谷通りと武蔵境通りのバイパスも担っており交通量は以外多い。それに今は葉桜であるが春には調布有数の散歩コースとなる。

 そこを直人たちは彼の家へ、直人と自転車通学のため自転車を押しているのぞみが先に行き、朋子と瑛里華が後に続いていた。

「ほら、この動画が見て!」

「はぁ」

 その行く道すがら、瑛里華は自分のiPadを朋子見せ、自分のYouTubeチャンネルの宣伝をしていた。

 ただ朋子は殆ど生返事なのだが、瑛里華は全く気にせず喋りまくっている。

 直人が聞き耳を立ててみれば、原宿のどこどこのお店に行ったとか、秋葉原のどこどこのショップに行ったとかの内容で、どうも美少女アピールをしまくって自画撮りしているようだ。

「あっでも、こういうお店いいですね。いつか行ってみたいです」

 何かの動画で素直に呟く朋子。彼女は性格的にそういうオシャレなお店にあまり縁がない。漏れ出た言葉も朋子的には社交辞令の範疇のようだ。

 だが瑛里華はそれを都合よく解釈し、目をギラリと光らせる。

「朋ちゃん、行っちゃう? 行っちゃいます!?」

 言質げんちをとったとばかりに朋子に詰め寄る瑛里華。

 その勢いに朋子はタジタジしてしまう。

「い、いえ、私、人ごみとか苦手なんです。いつか行ければってくらいで…」

「いつ行くの!? 今でしょ!! 一緒に動画出よ!」

「あ、あの! 私そんな動画とか出るつもりは…」

「朋ちゃん元はいいんだから、もっとおめかしすれば超絶可愛いい筈! 美少女二人で動画出れば鬼バズり間違いなし! と言うことでHey! 直人っち!Hey!」

 聞く耳持たずハイテンションになる瑛里華。直人はうんざり気味に反応する。

「…今、俺のこと呼んだのか?」

「演者二人じゃ自撮りきついから、カメラマンやって!」

「…いや、なんで俺が」

「私と朋ちゃんじゃ、ボケ&ボケになっちゃうでしょ! カメラマン兼ツッコミやって!」

「なんでだよ!」

 直人としては、中二病キャラなのでどっちかと言うとボケ側のつもりである。ただ朋子や瑛里華が自分以上にボケるので、しょうがなくツッコみをやってるに過ぎなかった。のぞみは我関せずを貫いている。

 そして、そんなことやってる内に、直人の現居住宅へ到着する。

 そこは桜堤通りの市民プール前信号の手前で、脇道に入った住宅街にある寿荘というアパートである。そこの201号室が蘇我家宅。築数十年、6世帯2DKの物件で、名前のイメージ通りでところどころ古めかしい建物。隣家との間も東京らしく数十㎝しかない。無論、庭や駐車場もなく辛うじて階段下に駐輪スペースがあるくらいだ。

「……ここが魔王の現居城、ヴィラローザ調布ですか」

 何と勘違いしたのか、瑛里華が呟く。

「寿荘だ! ここの201号室!」と訂正する直人。

「昭和」

「やかましい! 中はちゃんとリフォームしてあるんだからな!」

 そんな瑛里華の野暮に憤慨しつつ、201号室へ皆を案内する直人。

 錆だらけの狭い階段を直人筆頭に自転車を置いたのぞみと朋子瑛里華の順で上がる。と、

「ここ染地2丁目?」

 のぞみがふと階段を上がりながら直人に話しかける。

「そう。…ああ、俺ん家の場所知らなかったけか?」

「昔聞いたことあるかも。ってか、私の通学路じゃない」

 のぞみの家は、この先の染地団地である。ちょうど狛江市と調布市の境あたり。

「ああ、そっか。高校になって通学路変わったもんな」

 直人とのぞみと明人が通っていた調布第三中は染地三丁目にあり、ちょうど直人とのぞみの家の中間地点にあった。なので高校になると方向的に直人とのぞみの通学路は重なる形になる。

「………?」

「え?」

 のぞみの言葉が一瞬理解できず、階段で足が止まってしまう直人。

「べ、別になんでもないから! ほら早く上がって!」

 そう言ってのぞみは直人の背中を押す。

「ちょ! 危ないから押すなって!」

 そう言って二人はガンガンと急な階段を駆け上った。

「アオハルですな~」

「…………」

 そして階段あがった先、踊り場の突き当りが201号室。入口の扉の隣は洗濯機が置いてある。

 直人は部屋のカギを開けると、

「じゃあ、どうぞ」

 そう言って先に入り、扉を手で開けたまま後の女子三人を案内した。

「お邪魔します」

 とのぞみが先に入り、

「お、お邪魔します」

 と次いで朋子が入る。

「…………………」

 と瑛里華は何故か入って来なかった。

「ん?」と直人が瑛里華を見ると、

 何故か、さっきまでのハイテンションが嘘のように顔面真っ青である。

「…どうした? 大丈夫か?」

 いきなり具合でも悪くなったのかと思う直人。少し心配する。と、

「…………あの、この部屋リフォームしてますよね?」

 瑛里華は、なぜか直人に意図不明のことを尋ねてくる。

 それに直人は首を傾げる。

 確かにこの部屋は、壁紙や水回りをリフォームされているが、……なぜ今聞く?

「………そうだけど」

 取り敢えず答える直人。

「………家賃も相場からして割と安いんじゃないですか?」

「………まぁ、そうらしいけど」

 直人が母から聞いた話だと1、2割低目らしい。

「…………………………………事故ってますか? この部屋?」

「…………知らん」

 契約したのは母なので、詳細は知らない。

「…じゃ、失礼します」

「ちょっと待て!」

 踵を返そうとする瑛里華の肩口を直人は慌てて掴む。

「いきなりなんだよ! なんで帰るんだよ!」

 思わせぶりで黙って帰られても困る直人。

「き、急遽予定を思い出しまして!」

「嘘つけ! なんか反応おかしいだろ! 理由言えよ!」

「………理由ですか」

 そう言って瑛里華は渋い顔をする。

「あの私、エレメントマスターなんです」

「……よくわかんないけど、そうだな」

 以前、なんたらかんたらで説明されたが直人は聞き流している。

「いろいろ属性持ちです」

「…だったけか」

 さっきもそうだが、美少女属性とか言っていた気がする。

「霊感属性も持ってます。ガチのやつ」

「は?」

「ですので、霊障がヤバいのでこの部屋入れません」

「…え?」

「なので失礼します」

「ちょい待ち!」

「サヨナラッ!」

 そう言うと瑛里華は、直人の手を擦りぬけ階段を駆け下り、一目散に逃げ去っていった。

 ……………なんだあいつ。散々場を引っ掻き回しといて、爆弾落として帰りやがった!!

 見えなくなった瑛里華の背中を睨みながら、直人は苦虫を噛み潰す。

 と、

「……直人」

 背後から不安そうなのぞみの声。

 見ると部屋の中で朋子とのぞみが顔を引き攣らせていた。

「………………ここ、俺何年も住んでいるんだから問題ないからな!」

 直人は、己と女子二人の不安を払拭するように叫ぶのであった。

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