第25話 どこで

「なんか、すいません」

 過分に申し訳なさそうな朋子。先ほど職員室を出て、試験勉強のため図書室へ向かっている道すがら、ずっとこんな風に謝っている。

「…別にいいって」

「私も構わないってば」

 朋子の様子を心配してか、何でもないと言う風な直人とのぞみ。

 二人とも乗り掛かった舟と、最後まで付き合う気のつもりのようである。

「…あの本当にご迷惑でしたら、一人でなんとかしますし」

 腰が引けるほどに遠慮している朋子。

 そんな彼女に直人は軽くため息を付き、

「一人で出来たなら、あんな点数取らないだろ?」

 と一言。

「……うぅ」

 朋子は言い返せず唸るだけであった。

 のぞみは、そんな朋子の様子を見てすこし気がかりなことがあった。

 それはここ数日、なぜか朋子は急に大人しくなっていたことだ。

 今回の再試の手伝いの件にしても、いつもの彼女なら、

 魔王なんかの手は借りません! 勇者の実力で試験に勝って見せます!

 …とかアホなこと言いそうな気がしたのだ。しかし彼女はそんなことはせず、大人しく直人や千夏に従っている。

 何か心境の変化でもあったんだろうか? と思うのぞみ。

 自分が思いつく限りの原因としては、やはり弁当作り。直人のことを考えながら弁当を作っていたために、何か思うところが変わったのだろうか? …しかし、それを言うなら今自分も直人の弁当を作っているワケで…。

 そこまで思って何かむず痒くなるのぞみ。

 と、目的の場所に到着したようだった。

「んじゃ、今日はここの図書室で…」

 直人がそう言って扉に手を掛けたが、なぜか開かない。

 ん? と扉を見ると張り紙がしてある。

「…休館?」

 張り紙には、蔵書入れ替えのため三日休館、と書いてあった。

「そう言えば今朝、HRで言ってた気がする」とのぞみ。

「…言えよ」と直人。

「いや、直人も今朝聞いてた筈でしょ?」

 その通りなので言い返せない直人。すっかり忘れていた。

「……んじゃ、仕方ないから教室でやるか」

 今度三人は一年一組の教室を訪れる。

 放課後、誰もいないかと直人は思っていたが、中から話声が聞こえる。直人が教室の扉を開け中を除くと、添田明人と他の男子クラスメートが携帯ゲーム片手に駄弁っていた。

 それを見とめて、「げ」嫌な声を上げる直人。今は女子二人と一緒なので、どうせまた呪詛を吐いてくるに決まっていた。

 その嫌な声に明人が気付く。

 とすぐ直人の背後の女子二人に気付いたようで、僻みを絡ませた視線を直人に送ってくる。

「………なんだよ、この。リア充爆」

 直人は、ピシャっと扉を閉めた。

「ここダメ。他行こう」

 一組の教室では明人が絡んで来て、気が散り勉強出来なさそうだ。

 ただ他と言っても、直人には当てがなかった。

「他って…三組の教室?」とのぞみが言う。

「別に大丈夫だけど、あっちもいつも人残ってるよ?」

 結局、どっちにしろ人目に付くようである。

 まぁ別に、ただ勉強するだけなので、今更気にする必要ないかと直人が考えていると、

 何かクイッと引っ張られる感覚。

 ん? と直人が見とめると、朋子が服の裾を掴んでいた。

「…あの、出来れば人目がないとこで教えて貰えれば…」

 と、何か気が引けている様子。

 その彼女の反応の理由に直人はすぐに気付く。

 傍から見れば、朋子は試験が既に終わっているのにまだ勉強している状態なのだ。しかも誰かに教えて貰いながら。いらない憶測をされることを気にしているようだ。

「……じゃあ、外でやるか」

「え? 校庭とかでですか?」

 と言葉まんまに受け取る朋子。

「違う違う。…学校の外、どっかファミレスとかカフェとか」

「…あぁ」と納得する朋子。

 直人は念のためのぞみにも尋ねる。

もそれでいいか?」

「…別にいいけど」

 そうして三人は、取り敢えず駅前に向かうことにした。

       ******

「おやおや~? 三人揃って下校って、アオハルすか? アオハルしてはるんすか?」

 三人が一緒に校舎を出て正門を潜ろうとすると、校門の影からとある少女がニヤニヤ顔を覗かせていた。

「……また来たのかよ」

 うんざり気味で返す直人。

「そうでーす。また来ましたー」

 そう言うと校門の影から、背の低い制服少女がピョンと飛び出す。

 それは、勇者一行の僧侶の転生者にして自称エレメントマスター。港区在住の名門学修院中等部の二年生。有藤瑛理華が何故かまた多摩川高校に姿を現していた。

 そんな彼女が口を開こうするも、

「断る!」

 と、機先を制する直人。瑛里華は面食らい、ぷぅと頬を膨らます。

「まだ何も言ってないじゃないですか!」

「どうせ遊ぼうとかだろ! 今日は本当にダメなんだよ!」

 瑛里華が絡むと碌なことがない。直人は以前の経験から兎に角拒否を貫こうとするが、瑛里華はそんなの知るかとばかりに、

「かーらーのー」

 と、うっとしい絡み方をしてくる。

「からのじゃない!」

「かーらーのー」

 あーもう、とうんざりする直人。

 瑛里華はそんな直人のリアクションに、これ以上絡むの無理か、と判断したのか、視線を流してギラリと次にターゲットを定める。

 それは呆れ返っているのぞみの隣、勇者の転生者であった。

 その視線にビクッとなる朋子。

「勇者様! 魔王が…」と瑛里華は朋子へ駆け寄るが、

 朋子は瑛里華に両手で待ったを掛けた。

「なんですか? 気功砲ですか?」

「瑛里華さんすいません…。今日は直人君の言う通り遊べないんです」

 申し訳なさそうだが、割と真剣な眼差しの朋子。

 瑛里華はその反応に虚を突かれ片眉を上げると、どういうこと? と直人に視線で尋ねる。

 直人は、しょうがねぇな、と頭を掻き、瑛里華へ今の状況を説明してやった。

「ふーん。そいうことですか。じゃあ今日はさすがに遊ぶの無理ですね」

 一応納得する態度を見せる瑛里華。

「瑛里華さん、本当にすいません」

 朋子はそう言って頭を下げる。

「…と言うワケだから、今日は大人しく帰」

「で! どこで勉強するんですか?」

 そう言ってニコニコする瑛里華。

「え? もしかしてついてくる気?」と怪訝にのぞみ。

「ダメですか?」

「ダメって…。私たち試験内容を久住さんに教えるのよ。あなた確か中学生でしょ? 高校の内容わからないでしょ?」

「時期的に高校入試レベルの内容ですよね? なら問題ないです。優等生属性持ってますので。ちなみ学園幼年部入学以来、学年成績ずっと一位です。そこらへんは抜かりなく」

 瑛里華の学校はエスカレーター制なのだろう。だがずっと一位をキープと言うのは現実にあり得るのだろうかと、直人は眉を顰める。

「あ。その顔信じてませんね。今度、成績表も持って来ましょうか?」

「…いや、別にいいよ」と直人は頭を振る。

 これ以上瑛里華のペースに合わせると、また脱線しそうである。

「もう、付いてきたいなら俺はいいよ」

 半場、諦め気味にそう呟く直人。

 朋子とのぞみの二人も、しょうがないと頷いている。

「取り敢えず、真面目に勉強するつもりなんだから邪魔すんなよ」

「失敬な。そう言うときはさすがに空気読みますよ。で、どこ行くんすか?」

「だからどっか駅前のファミレスとかカフェとか」

「直人っち、今お金あるんですか?」

「あ」

 瑛里華の指摘に抜けた声を漏らす直人。そう言えば小遣いをこの前使い切っていたのだ。瑛里華もその時の当事者の一人だったため、覚えていたようだ。

「コーヒー一杯くらいなら私出すよ?」とのぞみ。

「いえ、ここは私が出します。お世話になるんですから」と朋子。

「いや私が出すから」

「大丈夫です。阿蘇品さんの分も私が払いますから」

「大丈夫だから。私が出すってば」

「いいえ! 私が払います」

 と、そんなやりとりが朋子とのぞみの間で始まり、嫌な予感どころか実感を感じる直人。また不毛な言い争いを始める気かと思った矢先、

「はいはーい! 妙案がありまーす!」と瑛里華が割って入る。

 ん!? と瑛里華に注目する三人。

「別にファミレスとかカフェとかじゃなくて、お金もかからず気兼ねなく勉強出来て、人目もないとこあるじゃないですか?」

 そんな都合がいい場所、調布にあるか? と思う直人。見れば朋子とのぞみもそんな顔をしている。

 瑛里華は答えをすぐに言わず、なぜか直人に近づきその肩をポンと叩く。

「直人っち、家近かったですよね?」

「はっ??」

「この前、言ってましたよね?」

「言った…か?」

 この前というと、調布駅前で勇者一行とあった時のことだろう。色々と話した気はするが、自分の家のことなど言っただろうか? と直人は思い返す。

「………っていや待て。なんで俺ん家で、勉強会なんだよ」

「理由は今言った通りです。妙案だと思いますが?」

 そう言われると確かに、自分の家、寿荘201号室は理想の勉強環境にも思える。母も帰ってくるのは遅いし、他に邪魔も入ることもない。そもそも直人自身が勉強している場所だし。

 だがしかし…と悩む直人。

「…何ですか。呼べない理由とかあるんですか? ゴミ屋敷だから人入れないとか」

「そんなことは決してない!」

 人を上げたくない、とかの忌避感は特にないのだが、ただ男の友人すら呼んだことがないのに、初めてでいきなり女子三人も部屋に入れるというのは、思春期男子としての直人には中々にはばかられた。

 直人は悩んで、ふと朋子とのぞみを見ると、なぜか緊張した様子でこっちを見守っている。

 どうも、判断をこちらに一任したい様子であった。

 そんな彼女らを見て、直人は深々とため息をつく。

「………しょうがない。それじゃ家に行こう。歩いて10分くらいだから」

 観念したように紡ぐ直人。なぜか朋子とのぞみは安心したように息を漏らした。

「よし! 早速行きましょう!」

 部外者なのに何故か音頭を取る瑛里華。

「直人くん、すいません。ご迷惑かけて」

「ごめんね、直人」

 恐縮し謝る多摩校の二人。

「いいよ別に。…茶くらいしか出せないけど」

 言ってしまったモノは仕方ないので、直人はさっさと自宅へ足を向ける。

 その後を女子三人が付いていくのだった。

「前から男子の部屋って、行ってみたかったんです!」

「…よかったな。夢叶って」

「ベッドの下を弄って見ていいですか?」

「うちは布団だ! ってお前が期待してるもんはないからな!」

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