第20話 勇者の宣言
「…んだよ委員長。学校の外でも委員長すんのかよ」
と、明人が苦々しく呟く。
「クラス委員! 学校早く終わったのは自宅学習のためでしょ! 遊ぶためじゃないの! 先生とか見回り来てたら大目玉よ!」
「だから、今、委員長の言える台詞じゃないって」
「そうだけど!」
阿蘇品のぞみはごねる添田明人を、やっとこさゲームから引き剥がして戻って来たところだった。
外はもう日が沈み暗くなっている。さっさと帰って試験勉強をしなければならない。
本来、今日はそう言う日なのである。そう思って辺りを見回すと、転生者の面子らの姿は既にいなくなっていた。
先に帰ってしまったのだろうか?
置いて行かれたようで、少し寂しいものを感じるのぞみ。少しくらい待って欲しかったのだが…。
「あああああーー!」
「しぶてぇーーー!」
と、その時、店内にゲームの騒音に負けないやかましい声が響いた。
その聞き覚えのある声にのぞみは眉を
二人はUFOキャッチャーのガラスに張り付き、なぜか落胆していた。
一方の瑛里華は、あまり興味がないようでスマホなどを弄っている。
もう終わりと言ったのにまだ遊んでいる。しかも二人して。
そう不愉快に思ったのぞみは、転生者の二人へ憤然と歩み寄った。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ! もう日が暮れてるでしょ!」
苛立ちながらのぞみは注意する。が、
「分かってるって。もうちょっと待て」
しかし直人は目もあわせずに受け流す。のぞみはそれで、さらに苛立ったが、
「邪魔しないで下さい!!」
と、もう一人のクラス委員久住朋子が刺々しく言い放って来た。
「…邪魔って」と眉間に皺を寄せるのぞみ。
そもそも、この子とてクラス委員。彼女も注意する立場の筈。それがこのザマとは…。
と、さらに怪訝に顔を曇らせる。
朋子はそんなのぞみの様子に一瞬怯んだためか、たどたどしく弁明を始めた。
「こ、これはその、…ま、勇者と魔王の宿命の戦いでもあるんです! あなたが土足で立ち入っていい次元ではありません!」
そう堂々と妄言を言い放つ朋子。
のぞみは相変わらず意味不明と顔を
「はっ? なにが? ただUFOキャッチャーやってるだけじゃないの! どこにそんな要素があるの!」
「パッと見、そう見えるかも知れないですけど、あ…その、この子も
と朋子は筐体の中を指差す。
それにのぞみは、はぁ? と首を傾げ、その筐体の中を見てみると、そこには某堂の国民的人気ゲームキャラクターの電気ネズミがいた。
それはポーズや表情が色々と種類がある物のようで、その中で二人が景品として狙っているのは、なんともユル~イ表情で、ぐでーと四肢を拡げているバージョンのものであった。
それは景品落下口の淵と、張られた突っ張り棒の間に両脇が挟まるように引っかかっていた。なんとなく平行棒の体操選手みたいと思うのぞみ。…ちょっと可愛いかも。
「じゃなくて! これ確かに冒険物の話だけど、別に勇者と魔王とかいないでしょ!? なんで無関係な話のキャラクターを魔王と戦わせるのよ! ってか、実際ただ直人がUFOキャッチャーやって、全然取れてないだけじゃない!」
その言葉は直人にグサッと刺さるが、女子二人は気づかない。
「こ、これはあれです。心理戦とか水面下とか、目に見えないところで戦ってるんです! 実際魔王に精神的ダメージを与えてますし!」
「勇者がそんな陰湿な真似すんな! ってかあなたが直接戦いえばいいでしょ! 全く持って良くないけど!」
「た、戦ってますよ! …今日だっていろいろゲームで戦ったじゃないですか!」
「ずっとおろおろしっぱなしでまともにゲーム参加してないじゃない! マリカーとか、うわ、ひっ、とか言って、コースの壁に体当たり攻撃ばっかしてたし、クイズもまともに答えてないじゃない!なんで論語の問題でドナドナなの!? 孔子は小牛じゃないわよ! 度肝を抜かれたわよ!」
「だ、だって論語とかわかるわけないじゃないですか!」
「だからってなんで牛と偉人を聞き間違える!?」
「両方やっかましいっ!」
と直人は、二人が自分を挟んでいがみ合うので、あまりのやかましさに雄叫びを上げた。
「二人とも頼むからゲームに集中させろ! 後で文句でも小言でも、いくらで聞いてやるから!」
そう鬼気迫り気味に懇願する魔王の転生者。集中力を要求される場面で、周りでこんなに騒がれては堪ったものではない。
そんな直人の様子に女子二人はむっと押し黙った。
*****
「「「あああああああっーー!?!」」」
と、若人三人の絶叫が、アミューズメントセンター“ドアーズ調布店”に木霊する。
結局、あれから止めに入っていた筈ののぞみも、直人のプレイを黙って見入いってしまい、朋子と同じく直人のプレイに、一喜一憂するようになってしまっていた。
ミイラ取りがミイラになるが如く。
そして戦っている本人も、おのれ…と、悔しさを顔に滲ませていた。
彼は月々貰っている小遣いもとうにつぎ込み、その上、母から別に貰っている昼飯代も使い込んでしまっていた。すでに何食か抜く羽目になっている。
そんな、刃折れ矢尽き始めた魔王の転生者の様子に、いたたまれずのぞみが心配そうに声をかける。
「直人、本当に大丈夫? ……もう諦めたほうが」
のぞみは長年付き合いから、直人の家庭の事情を少なからず知っていた。なのでこんなにお金をつぎ込んで大丈夫なのかと心配したのだ。
「ここで諦めるなんてダメです! 何のため直人くんがここまで頑張ったと思ったんですか!」
のぞみの提案に突っかかる朋子。朋子は傍らから直人のプレイを見ているだけであったが、内心は勇者と魔王という対立する立場を超え、ずっと応援していたのだ。
直人は、彼女が少なからず応援していたことに初めて気づき少し気持ちが和ぐ。
「…そうだ。それは断じて、否だ! たかがげっ歯類如きに、魔族の王が引き下がったとあっては末代までの恥!」
もともとは、朋子にいいとこを見せようとして、このゲームに挑戦したのではあったが、ここまで来てはもう意地である。
退いては魔王もとい男が廃る。そう直人は思い至った。と、
「…え、あ、そ、そんな真似やっぱりだめです! 雷霆の化身たるこの子のほうが必ず勝つに決まってます!」
朋子がいきなり手のひら返し。
最早、条件反射的に直人の魔王ノリに勇者として反応してしまった。
「「一体どっちの味方なんだよ(なの)!」」
「あ、いや、あの、その…すいません」
毎度の如く、ぶれる朋子に思わずツッコむ直人とのぞみ。朋子は、今のは流石に不味い、と気づきしどろもどろになってしまった。
「……まだ終んねえのかよ。なんだよ委員長、もう帰るんじゃなかったのかよ」
「まぁ、いいんじゃないですか。その内諦めるでしょ」
と、盛り上がる三人の背後で添田明人と有藤瑛里華が携帯ゲーム機で通信プレイをしていた。
明人としては、せっかく楽しんでいた新作を、のぞみに無理矢理切り上げたられたのだ。それでいてのぞみは直人の方には妙に甘く、結局、共にゲームに熱を上げてしまっている。全く持って勝手すぎる。
瑛里華の方も、自身はプリクラを一緒に撮りたかったのに、いつの間にか有耶無耶にされていたのである。
二人としては全然面白くない。
結果、互いに思いを共通するもの同士、勝手に交流始めていた。
「…くそ。直人なんぞ爆発すればいい。木端微塵に爆発四散してしまえばいい」
女子二人にくっ付かれている魔王の転生者を端目に、明人が悪態をつく。
「ほい」
そして瑛里華はその言葉を受けて、ゲーム内で爆弾を投げる。
「ちょっ、瑛里華さん!? 巻き添え食らってんだけど!」
「あ、すまぬw」
******
「……立ちはだかる壁は
魔王が苦渋の表情を浮かべ、そういい結ぶ。その顔色は万策尽きたことを物語っていた。
「……もう小遣いがないってことでしょ?」
と、のぞみ。
「…………………………………退くのも勇気、と言うことだ」
そう言って魔王は筐体に手を突き肩を震わせ「…今週、ずっと昼飯抜き…」と
「…そうなの」
心配そうに漏らすのぞみ。直人のあまりの意気消沈ぶりに、もっと早くに止めるべきだったと若干の後悔が走る。
のぞみとしても、直人が景品を取れなかったのは正直残念ではあったが、これは自分の言うことを聞かなかった直人の自業自得なのである。
それに時間も時間で、さっさと帰って試験勉強をしなければならない。繰り返すが、今日は本来そういう日だったのである。これ以上駄々こねる理由も無い筈、と、のぞみが思った時であった。
「終わりました~?」
と背後から瑛里華の気だるげな声。
三人が振り向くと、いつの間にか明人と瑛里華の二人が飽き飽きした様子で立っていた。
二人とも手には携帯ゲーム機があり、どうやら通信プレイでもをやっていたよう。
「…ま、案の定の結果でしたね。でも店員さんにここまでやったって言えばサービスで取らせてくれるんじゃないですか? 結構お金使いましたよね?」
「んな、情けない真似出来るか!」
店側としては利益は出た筈である。ならば結構強く言えば、景品をワザと取らせてくれそうだが、直人は魔王としての矜持から、そんな潔くない真似は拒否した。
「瑛里華さんの言う通りだろ。負け犬らしく遠吠えでもしろよ」と明人の嫌味。
「こっ! この野郎!」
普段から明人は直人に対して妙にやっかみが多く、それに対して直人はいつも受け流していたのだが、今回は流石にカチンと来してしまう。思わず掴み掛りそうになるが、
「添田ぁっ——!」
と、のぞみが先にブチ切れる。
「あた、直人よりか口悪かの知っとるけど!
思わず地の熊本弁が出るのぞみ。
直人は先にのぞみが切れたので、怒りの矛先を失ってしまう。
「うるせえな。日本語話せよ」
「はぁっ! 言っとろう!」
「ってか委員長がもっと早く止めてれば、こういう結果になってねえだろ」
「んが!」
「俺はさっさとゲーム辞めさせられたのによ。ったく、直人ばっかり」
「…っく」
明人に痛いところを突かれたので、のぞみは言葉に窮してしまう。と、
チャリン
とまたUFOキャッチャーに硬貨の投入音。
のぞみが怪訝に見ると、朋子がUFOキャッチャーへ100円玉を追加した音であった。
「…あなた、ちょっとは空気読みなさいよ。もう諦めたとこでしょが!」
思いっきり怒りを露わにするのぞみ。
しかし朋子の方は、三組のクラス委員のことなんぞ全く意に介してないのか、じっー、と無言で筐体の中を睨んだままであった。
それが余計にのぞみの
「……おい、朋子。もういいって」
のぞみの怒り具合を感じ取った直人は、朋子を止めに入った。
諦め切れないのは分かるのだが、こいつはガッチリ落下口にハマリこれ以上動かない。
近くで散々見ていたのでわかりそうな筈なのだが…。
それよりものぞみの怒り具合が深刻である。きっかけは明人の余計なひと言だが、このままでは朋子に、のぞみの怒りが飛び火してしまう。
彼女の怒り方は、熱しやすく冷めやすい和歌月千夏の怒りとは違い、後々ずっとぐちぐち言ってくるめんどくさいパターンなのだ。流石に切り上げたほうがいい。
「……よくありません」
しかし朋子は、直人の思惑なぞ気にすることなくそう返した。
「……せっかく直人くんがここまでやったのに、これで終わりだなんて、…勇者として諦めきれません」
勇者の転生者はそう言って神妙な面持ちで、再びジロジロと筐体の中を探り出した。
直人は朋子の言葉が、言い方はどうあれ素直に自分を心配してのものだと感じ心を動かされた。
しかしのぞみは、逆に不可解であった。
さっきこの子は”これは勇者と魔王の戦い”などと
それを根拠とするなら、この戦い? は魔王である直人が敗れ、勇者が勝ったことになる筈である。少なくとも魔王たる直人に、経済的ダメージを与えたのだから。
相応の目的は達せられた筈なのに、ここに来ていきなり直人を擁護するような発言。
…本当に何なのこの子? 支離滅裂過ぎる。
そんな直人とのぞみ、その他二人のそれぞれの思惑を朋子は顧みず、中を凝視しながら筐体の操作ボタンを押した。
するとアームは再び動き、
ちゃっちい8ビット音楽を鳴らしながら横滑りする。
そして勇者がここぞ、と狙った場所へと到達し、
これまたちゃっちい8ビット音楽を鳴らしながら、
景品の重心から絶妙にずれた場所を突っつき、
ポロッ
と某電気ネズミは奈落の底へと堕ちて行った。
途端、流れ出す景品獲得のちゃっちい8ビット音楽。
「あ」
あまりに簡単に取れたので、拍子抜けの声をもらす勇者の転生者。あまりの呆気なさに反応に戸惑ってしまう。そして自分の苦労はなんだったのかと、顔が引き攣る魔王の転生者。
魔王があれほど
「さっすか勇者様! 精霊の加護、またの名を主人公補正持ちは伊達じゃないですね!」
「…ほ、補正とか言わないで下さい」
白々しい瑛里華のおだてにも、直人の苦労を間近で見ていた朋子は素直に喜べない。
これでは大将首を横取りしたようなものではないか。
「……ま、まぁ、よかったじゃん。これ欲しかったんだろ?」
そう言いながら意気消沈があからさまな直人。景品口から某電気ネズミを取り出す。
…元々これは、朋子のために挑戦したようなものなのだ。
確かに戦術で失敗はしたが、戦略目的は達せられたのある。互いに満身創痍になるまで戦い、最終的に伏兵を持って討ち取ったのだ。つまり勝利したも同然なのだ。
その筈である。それでいいのである…。と己に言い聞かす。
若干顔を青くしながら直人は、朋子へ景品を手渡そうとした。
しかし朋子は一瞬、逡巡の表情を見せ、首を横に振った。
は? と首を傾げる直人。
「いやなんで? 取ったのお前じゃん」
「わ、私はただラッキーで取れただけです。…ここまでやったのは直人くんじゃないですか。あの、漁師さんの利益? みたいなのはやっぱりいいです」
「漁夫の利だろ。なんでいちいち格言間違えるかな。…だから俺もいらねえよ。そんなにこのキャラ好きじゃねえし」
「え? じゃあなんで取ろうと思ったんですか?」
「いや、何でって…」
朋子の問いに、少し戸惑う直人。
それは、その理由は明白であったから。
気になる女の子に単にいいところを見せたかっただけなのだ。
が、結果は失敗し、その上本人が(ラッキーであろうが)自力で取れてしまっている。…正直情けないことこの上ない。
そして案の定、朋子は直人の思惑に一切気づいていなかった。…天然め。
「とにかくいい! 運も実力の内! ってか前世ではそれを地で行ってただろう。お前が貰っとけ!」
前世において、勇者一行は罠などで幾ら窮地に追い込もうとも、
「だから私もいいです! これ直人くんが貰ってください!」
と朋子も素直に受け取れず、某電気ネズミを直人に押返す。
だが直人とて、元々朋子のために挑戦したのだ。自分が貰っても全く意味が無い。なので押し返す。
「だから俺もいい! 朋子が貰え!」
「だからダメ! 直人くんが!」
「だ・か・ら、朋子が貰え!」
互いに意地を張る魔王と勇者の転生者。
その光景に、その他二人は呆れていたが、一人のぞみだけは我慢ならんと肩を震わせていた。
そして某電気ネズミを、直人の手から突然引っ
「なっ!? いきなり何すんだよ!」
のぞみの突然の行動に声を荒げる直人。
「……返してくる」
「は?」
「…あなたら二人の行動があまりに馬鹿馬鹿しいから、店員さんに言ってお金返してもらってくる!」
「何言ってんだお前。そんなことできるわけないだろ」
のぞみがやろうとしていることは、料理屋で食事をした後に、飯が不味かった! 金返せ!と言うようなものである。海原さんを除けばただのクレーマーだ。
しかしのぞみの方も、自分の行動が愚かしいことは重々承知していた。だがそれ以上に、目の前の二人のやり取りが愚かしく腹立たしかったのだ。
少なくとも、自分がこういう行為をすれば鎮静化すると判断したのだったが、
「ふざけないで下さい!」
そうは朋子が卸さなかった。
「なんなんですか、あなたは! いきなり私たちの間に入って! 邪魔しないでください!」
「だから直人の邪魔してるのはあなたの方なの! それにどうせほっといたって不毛な争いをするだけでしょ! 私がどうにかしてあげるから!」
「余計なお世話です! 部外者は引っ込んでて下さい!」
そう言って朋子は、某電気ネズミをのぞみの手から救い出そうとするが、
「触んな!」
ぺしっと朋子の手を払った。
「…っ!?」
途端、朋子の顔が上気したが、のぞみは怯むことなく直人へ苦々しく呟く。
「…………なんとなく、だけど、直人、あんたこの子が、この景品欲しそうだったから狙ったんでしょ?」
「……いや、それは」
いつもは意外と物事をはっきり言う筈の直人が。妙に歯切れが悪い。それでのぞみは確信する。
積極性皆無の相当なものぐさである彼が、なぜ自らこの景品を狙っていたのか?
理由はわかり易い程にわかり易かった。そしてそれは、内心どうしても認めたくないことであった。
こちらを睨む朋子を、のぞみは睨み返す。なんでこんな子を…。
「……その子を返して下さい。それは直人くんが頑張って取ったものなんです」
朋子は怒気を籠らせ静かに言う。普段の奥手さは微塵も感じさせずに。
「…ほんとあなたって、やることなすことチグハグ! そもそも直人は、これいらないって言ってたじゃない。あなただっていらないんでしょ? だったら返品してお金返して貰った方がいいじゃない! 元は直人のお金なんだし」
「それは…、でもそれ直人くんが頑張って取った勲章みたいな物なんです! 武人の名誉みたいな物なんです! それを必要ないからお金するって、そんな馬鹿な真似をあなたはするんですか!?」
「直人は武人のかけらもない、ただの高校生だし! 名誉や勲章なんかで腹は膨れないの!」
「だ、だからってせっかく取れたものを、なんで返品しようとするんですか!」
「じゃあ直人の明日からの昼飯代とかどうするのよ!」
「…え、ひ、昼飯代?」
「直人、小遣い全部つぎ込んで、昼飯代もつぎ込んでるじゃない! それはどうするのよ!」
「いや委員長、そこまでは別に……」
直人としては、確かに今月の小遣いをゲームのために、ほぼ使い切ってしまったのは痛かったし、昼飯をしばらく抜く羽目になっている。
しかしそれは自業自得の自覚もあるし、昼飯にしても自宅が学校に近いので、昼に抜け出して食べに帰ったりとかすればいい話である。最悪は母に正直に話し、追加の小遣いをお願いするという手もある。あまり気は進まないが。
だがそれよりも、いくら景品が取れなかったからと言って、金を取り戻そうとするのはどうも男らしくなく感じる。どちらかと言えば、その面子の方が重要であると直人は考えていた。
……朋子の前で、そんなかっこ悪い真似は…。
「だったら直人くんのお弁当、私がを毎日作ります! それでいいでしょう!」
一瞬で沈黙する一同。
朋子は迷いのない眼差しで、どうだっ、と言わんばかりに鼻息を荒げている。
「…弁当を、作ってくる?」
と、のぞみ動揺しながら呟く。この子、一体何言ってるの?
「そうです!」
「…え? 自分で作ってあげるんですか?」
と傍観していた瑛里華が、驚き気味に尋ねる。
「悪いんですか!」
「いや、悪いとかじゃないですけど」
いつものなら朋子の突っ走りを面白がる瑛里華も、今回は流石に訝しんだ。
なぜなら、朋子は突然、直人のために弁当を作ると言い出したのである。
勇者が魔王に弁当作って上げるのである。
皆、どうしてそうなる、と唖然としてしまっていた。
「…………おい、直人」
と、明人が心なし震える声で呟く。
「な、なんだよ」
「お前、体中の水分使って水蒸気爆発しろ」
「なんでだよ!」
添田明人は、単純に女の子に弁当を作ってもらえる魔王の転生者に、嫉妬心を抱いてしまったのであった。
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