第19話 扉にて

「エレメントマスター、エリリカ・アリドー! ここに推参!」

 校舎を和歌月千夏に追い出された魔王と勇者の転生者の前に、突如として現れた僧侶の転生者、有藤瑛里華は、そう見栄を切る。

 瑛里華はパッと見アイドル張りの美少女で、おまけに朋子涙目の抜群のスタイル。背丈はは小さいながらも細身に大人びいた顔立ちで、実年齢よりも上の印象を受けるような少女である。

 ぶっちゃけ、背以外は勇者たる久住朋子の方がいろいろと子供っぽい。

 そんな彼女はニコニコと楽しげに微笑みこちらを見ていた。

 だが直人はその笑顔の裏に何か嫌なものを感じ取り、怪訝に呟く。

「…よく、俺らがここの生徒ってわかったな?」

「この前、魔王と勇者様は多摩川高校の生徒って言ってじゃないですか」

 そう言えば…と、少し首を捻る直人。

「聡美さんと楓恋ちゃんは、今日一緒じゃないんですか?」

 朋子はもう一人の勇者一行、武闘家の転生者日野聡美とその娘の存在を気にかける。だが瑛里華は首を振る。

「別に行動を共にしてるわけじゃありませんよ。一応、誘いましたけど仕事で無理だそうです」

「そうですか…」

 あの親子がいないと分かり少し残念がる朋子。また会いたかったのだが…。特に楓恋の方に。

「ってか、ちゃんとアポイント取れよ。俺らと会えたの、実際ただの偶然だぞ?」

 直人が呆れながら呟く。多摩川高校は今週テスト期間。放校はいつもより早めになっているのだ。

 瑛里華は下校時間を見越してここに来たのかも知れないが、自分たちは単にクラス委員会があったため、この時間に下校しているのに過ぎないのだ。下手したらすれ違いになっていた可能性がある。

「そんなことより暇ですか! 暇ですよね! 暇だからOKですよね! よし、遊び行こー!」

 しかし魔王の小言に僧侶は耳を貸さない。

 他人の都合なんぞなんのそので、瑛里華は遊びに誘って来た。

 …なんだ、勇者一行は話を聞かないのがデフォルトなのか? と内心呆れる直人。

 瑛里華は、そんな直人をよそに朋子の袖をぐいぐいと引っ張る。

「駅前に遊び行こう!」

「え? え?」

 瑛里華の強引さに、若干戸惑う朋子。

「ちょい待ち!」

 と、直人が引き止める。

「なんですか?」と怪訝に瑛里華。

「なんですかじゃねえよ。まだ俺らは了承しとらん。試験勉強やんなきゃいけないんだよ」

 自分ら多摩校生は、家に帰って試験勉強をしなければならないのである。テストは明後日。遊んでいる暇など無い。

 しかし瑛里華は、直人たちの事情をかんがみず吐き捨てる。

「学生の癖に何言ってんですか。どうせ暇でしょ!」

「暇じゃねえっての! 学生は意外と忙しいだろ!」

 直人の態度があまりに頑なため、瑛里華は不機嫌にぷぅーと頬を膨らませた。

「真面目魔王つまんね! まじつまんね! ですよね、朋ちゃん!」

「ふぇっ!?」

 瑛里華の突然の振りに朋子はキョドる。…と、朋ちゃん!?

「え? あ、その…」

「朋ちゃんは暇なんでしょ! 一緒に遊べるでしょ!」

「え? いや、でも」

 朋子も一応、実力考査のことが頭の片隅にくすぶっていたので、歯切れが悪い。それにもし遊んだことが和歌月先生にバレたりしたら…、と不安が過ぎる。

 瑛里華はそんな煮え切らない朋子の態度に苛立ちを覚えたが、すぐに何か妙案でも思いついたのか、朋子へ顔を寄せヒソヒソと耳打ちをしてきた。

「勇者様、よく聞いて下さい」

「ゆう? は、はい、…な、なんですか?」

「実は……魔王を討とうと考えて、遊びに誘ったんです」

「え!? ほ、本当ですか!?」

 目を見張らせる朋子。

 瑛里華は真剣な表情で朋子をまじまじと見据えた。

わたくしはあの後、己の存在意義を再度自らに問いかけました。するとやはり一抹の思いがこみ上げて参ったのです。それは、私が紛れも泣く勇者一行の一人であり、そして異世界地球テラから転生者として魔王を討たねばならないと! 今日はそのために、この地へ舞い戻ったのです。お願いです勇者様。それを実行するためには、魔王を………そうですね、駅前のゲーセンへ連れ出す必要があります。だから遊びと称して魔王も誘ったんです」

「そ、そうなんですか!? い、一体どんな方法で」

「それは後のお楽しみです。取りあえず私を信じてください。絶対に魔王をコテンパンにしてみせます。だからお願いします。勇者様も…魔王をゲーセンに誘って下さい!」

 瑛里華の、その真に迫る言動に朋子の心は揺れ動いた。

 この前の土曜日の件の時は正直残念ではあったものの、かつての仲間はちゃんと魔王を討つ策を講じてくれていたのである。

 やはり勇者一行としての矜持を彼女は忘れてはいなかったのだ。

 朋子は喜びのあまり肩を震わせると、一気にテンションを上げ、勇んで魔王と対峙する。

 …よし! サンドラと共に、再度決戦だ!

「直人くん!」

「断る! ゲーセンには行かん!」

「ほわっ!?」

 いきなり魔王に機先を制される勇者の転生者。不意打ちのあまり思考を停止させてしまう。

 …な、なぜ? まだ何も言っていないのに。

「なぜ? の顔してんじゃねえよ。目の前で、やたらでかいヒソヒソ話してんじゃねえよ」

 企てを全く潜ませなかった勇者一行。こんなアホな奴らに前世で敗れたのかと思うと、魔王は我ながら情けなくなる。

 一方、一瞬で魔王に策を看破された朋子は唖然と口をパクパクさせ、瑛里華の方は、悪い顔で舌打ちをしていた。

 と、

「…直人」

 怪訝な呼び声。

 それは二人の傍らにいた阿蘇品のぞみであった。一人蚊帳の外に晒されているようで釈然としていなかったのだ。

「この子誰?」と素直に疑問を口にする。

 瑛里華の方も、のぞみの存在に同様の疑問を抱いたようで、誰? と片眉を上げる。

 直人は互いの疑問顔を見て、説明せねばならんか、とため息をついた…。

 そして、めんどくさがりながらも、瑛里華とのぞみの二人に、互いが何者かをかいつまんで説明してやった。

「へ~、まさか魔王がね…」と瑛里華は妙に意味深に言葉を漏らす。

 対してのぞみは、

「て、転生者って…?」と顔を引き攣かせた。

異世界地球テラの勇者一行の一人? 直人の中二設定の? 生まれ変わり???」

 普通の日本人である、阿蘇品のぞみ。

 彼女はこの場のメンツのつながりを聞いて唖然とする。

 確かに直人は、昔から、異世界地球テラの魔王と言う、やたら凝った中二設定を引きずっていたが、その世界観は実は実際にあったことで、しかも同じ異世界地球テラ世界からの転生者が他にもいるのというのだ。

 それがこの二人、勇者の転生者こと久住朋子。僧侶の転生者こと有藤瑛里華。

 のぞみはにわかに信じられず顔を歪める。

「あなたたち、そんなこと本気で言ってるの?」

 疑心丸出しでその場の者、特に朋子と瑛里華へ問うのぞみ。

 それに瑛里華は「まぁ、信じられませんよね」と肩を竦める。

 朋子は「まさか疑うんですか…」と不機嫌に睨む。

「………ホントにほんとなの?」

 なんとも言えない不可解さを覚えるのぞみ。

 絵空事を本気する者たちが、目の前に何人もいるのだ。

 と、直人がバツが悪いように頭を掻きながら「どうやらそうらしい」と呟く。

「……まぁ無理ねえよな。俺自身も最近は異世界地球テラは妄想の産物と思いかけてたしな。…まともに考えれば転生とかあり得ねえし、昆虫が魔物化して巨大化とか、質量保存の法則どこ行った? って話だしな」

「………それ自己否定じゃない」

「ふざけないでください!」

 と、また朋子が唐突に叫んだ。

「何度言ったら分かるんですか!? あなたは魔王で私は勇者なんです! 正真正銘、事実なんです! 異世界地球テラであった出来事がただの妄想なんて冗談じゃないです!」

 そう言って鼻息を荒げ直人へ迫る朋子。それはまた彼が自分の根本を突き崩しかねないことを言ったからであった。

「だから、近いって」

 また香りを感じる程朋子に近づかれ、いつもの如く肩を押して遠ざけようとしたが、

「行きましょう!」

 朋子が直人の手を掴む。

「は?」

「勝負です! 瑛里華さんと一緒に、ゲーセンで魔王を討ちます!」

 そう言って朋子は直人に有無を言わせず、無理やり駅前へ向かおうとした。

「ちょっと!」

 と、今度はのぞみが直人の反対の手を掴む。

「…なんですか」

 朋子は敵意剥き出しでのぞみを睨む。

「直人が言ったでしょ!? 帰って試験勉強しなきゃいけないの! 遊びに行くって、あなたこそふざけないで!」

「先生みたいなこと言わないで下さい!」

「私、クラス委員だし! って、あなたもそうでしょ!」

「これは宿命の対決なんです!」

「宿命の対決なんかより予習復習やりなさいよ!」

「そんなことどうでもいいんです!」

「よくないわよ! だったら、そこの子と二人で勝手に行けばいいでしょ!」

「ダメです! 直人くんも一緒じゃきゃ! 魔王を討たなきゃいけないんです」

「ゲーセンに遊びに行くんでしょ! 討つってどうすつもりよ! 変なことに直人を巻き込まないで!」

「わ、私たちの邪魔しないで下さい!」

「直人の邪魔をしてるのは、むしろあなたでしょ!」

「もう何なんですか!!」

「あなたが何よ!!」

「…お、俺を引っ張り合って口喧嘩すんな!」

 ことほか強い力で直人の腕を引っ張り合い、互いにガルルと睨み合う朋子とのぞみの二人。間で板ばさみに合っている直人は針のむしろであった。

 そして、そんな光景をはたから見ていた僧侶の転生者は、なぜかほくそ笑んだ。

「これは……面白い」

「微塵も面白くねえよ!」

 当事者の一人であるのに、完全に第三者気取りの瑛里華。

 女子二人に牛裂きの刑に処されそうで、直人は気が気ではない。

「いやー、リアルで三角関係って初めて見ましたよ。笑える」

「おめー、意外と性格悪いな!」

「え、瑛里華さん!」

 と、朋子が必死に叫ぶ。

「手伝って下さい! このままじゃ魔王を討てないです!」

 この女が邪魔をして、魔王を駅前のゲーセンに連れて行くことが出来ない。

 朋子は共に魔王を引っ張ってほしいと瑛里華に加勢を頼んだが、

「分かりました! 魔王のズボンを脱がします!」

 しかし瑛里華は何故か直人のベルトに手をかけた。

「なんでだよ!」

 直人は危機を感じ火事場的な力で、朋子らを引き剥がし瑛里華にチョップを噛ます。

 危うく魔王が女子の前でパンツを晒すところであった。

「あ痛でっ!」

「何しやがる!」

「えー、だってこの前、魔王、朋ちゃんのパンツを降ろしたじゃないですか。勇者一行として仕返しを…」

「はぁ!?」

 瑛里華の言葉に激しく動揺するのぞみ。

 年頃の男女がパンツを降ろすっていうシチュエーションって…、と一瞬で不安が過ぎってしまう。

「お、降ろしてねえ! やったのはスカートめくりだ!」

「あるぇー? そうでしたっけ?」とワザとらしく惚ける瑛里華。

「おめぇ、ウゼェ!」

 それに直人は、瑛里華をもう一度ぶっ叩きたくなる衝動に駆られた。

「……ちょ、ちょっと今のどういう意味?」

 と、のぞみはまだ動揺している。パンツがスカートになったからと言って腑に落ちるわけがない。

「いや、それは…」

「もう、そんなことはどうでもいいんです! よくないけど! 早く行きましょ!」

 業を煮やした朋子は、直人の襟首をつかむと無理やり駅前へ引き連れて行く。

「待ちなさいよ!」とのぞみは慌ててそれを追い、ついで瑛里華も面白くなりそうな予感に不敵な笑みを漏らしながら続いた。

 ******

 調布駅前にあるゲームセンター“ドアーズ”調布店。

 レトロゲームから最新の筐体が揃う、老舗アミューズメント施設である。

「さぁ、勇者様、魔王を討ちましょう!」

「は、はい!」

 そこを直人たちは訪れていた。

 結局、魔王の転生者は朋子の強引さに折れてしまい、勇者一行の二人と、そしてあくまで「ダメ!」と道すがら注意していたのぞみと共に、渋々ここに来てしまっていた。

「直人、何で来ちゃうの!」

 と傍らでプンプンしているのぞみ。

 それに直人は苦い表情で返す。

 実は連れて行かれている最中、朋子に逃げられないよう、ずっと手を握られており、それを解くのは偲びないと思ってしまったのだ。

 と、ふとアーケードゲームコーナーの一角に目が留まった。

 どうやら本日導入されたばかりの新筐体があるようで、近くに女魔法使いっぽいキャラの立ち絵ボードが並べられている。

 そしてのアーケードゲームには、直人とのぞみが見知った人物が一人プレイをしていた。

「…添田?」

 のぞみがポツリと呟く。

 そこにいたのは自分らと同じ多摩校生。直人と同じクラスの添田明人であった。彼は私服姿でそのプレイに集中しているようだった。

 それを見とめたのぞみは顔を顰める。明人とてテスト期間中の多摩校生の身の上。こんなところで油を売っていいワケがなく、自宅で試験勉強をしていなければならない筈なのだ。

 生来の生真面目さと、クラス委員としての矜持からのぞみは、勇者一行に先んじてその場へ駆け寄る。

「ちょっと添田! こんなところで何やってんの!」

「ん? げっ、委員長! って、ああ!」

 のぞみの注意に虚をつかれる明人。

 そのせいで、ゲームでミスをしてしまう。何かのキャラの絶命が聞こえプレイの終了音が流れる。

「……くそ。なんだよ、委員長。邪魔すんなよ」

「なんでここいんの!? 帰って勉強してなさいよ!」

「いや、この場にいる時点で言える台詞じゃねえよ」

「う」

 ここはゲームセンターの二階奥。遊ぶ気がなければこんな中枢まで来ないので、万が一見回りの先生などに見つかった場合、言い訳が出来ない。

「わ、私の意志じゃないし…」

「じゃあなんでだよ。真面目な委員長がここいるって珍し…」

 そう言ってのぞみと共にいた面子、四人組を明人は一瞥した。するとある一点で釘付けになってしまい、驚きのあまり目を見開いた。そしておまけのように佇んでいた直人へ、いきなり掴みかかった。

「おい直人!」

「な、なんだよいきなり!」

「これはどういうことだ!」

「…な、何がだよ」

「おめー如きがなぜ、女子三人も引き連れている!?」

 その四人組のうち男は直人一人。両手に華にもう一献の状態である。

 直人はいきなり憤然と詰め寄った明人に、お前そればっかだな、と呆れる。

「……ってか」

 明人は言葉をそう切ると、そこにいる華のもう一献を、恐る恐る凝視した。

 それは、この場で唯一の別校の生徒、有藤瑛里華であった。

 瑛里華はその明人の撫で回すような視線に、嫌な顔一つせず、逆ににこりと微笑んだ。

「こんにちわ」

 そして華開くように愛想よく、可愛らしい声で明人へ挨拶する。

 直人とのぞみは、そのキャラ造りすぎの瑛里華の挨拶に、一瞬、寒気を感じるが、

「かっ…」

 と明人は、体に電撃を走らせた。

「誰だこのめっちゃ可愛い子! なぜお前が如きこんな美少女を連れている!?」

 そう言ってさらに詰寄る。

「近い、キモい」

 朋子ならいいが、野郎は嫌な直人。

「その他二人はちんちくりんだが、そこら辺の女子よりずば抜けてレベルけーぞ! 一体どうして何故貴様が! 直人死ね!」

 明人は嫉妬をあらわにし、暴言を吐く。

「「ちんちく…!」」

 聞き捨てならぬ台詞に、その他扱いされた女子二人は顔を歪ませた。

「俺も自分の意思でこいつらと一緒にいるんじゃねえよ! 無理やり連れて来られたっての!」

 あくまで女子側に責任があると、直人は言い張る。が、明人のギャルゲ脳は耳を貸さない。

「んなっ、向こうから言い寄ってきだと!」

「言ってねぇ!」

「なんだそのギャルゲ主人公気取りは! なら目元前髪で隠しやがれ! CVなしのテロップで台詞言いやがれ!」

「なんだそりゃ!」

  *****

「これでまず魔王を討つんです!」

「あ、あのでもこれ…」

「座って座って! 私、でっていう! 勇者様は主人公だから配管工のお兄さん! ……魔王は魔王で!」

「安直にクッパかよ! ってお前がキャラ決めんな!」

「……私はやらないわよ」

「えー。このゲーム三人用じゃないですよ。四人用ですよー」

「……見りゃわかるわよ」

 某堂のレーシングゲームには参加しないのぞみ。

 *****

「…くくくく、まさか貴様らこのゲームで我に勝負を挑もうとは…。まことに愚か!」

「……なんでノリノリなのよ」

「魔王には絶対に負けません! ……で、でも大丈夫なんですか? 瑛里華ちゃん。私こういうゲーム、大の苦手…」

「ご心配には及びません勇者様! この魔法学園に魔王の墓標を刻んでやります!」

 問題。次のうち慶応年間に藩主を務めた人物を選べ。

 一橋慶喜。

 島津斉彬。

 松平春嶽。

 山内容堂。

「こ、こんなの分かるわけないじゃないですか!? え? 誰これ?」

「「松平春嶽」」

 両者正解!

「えっ!」

「……ふんっ。春嶽と容堂で迷う思うたが、よく正解しよったな」

「ふっふっふ。容堂は四賢候と称されるためずっと藩主だったと勘違いされがちですが、彼は安政の大獄に憤慨し隠居しています。……エレメントマスターの称号を舐めないで貰いましょうか。私は歴女属性も保持しているのです」

「よかろう。相手にとって不足はない!」

「雑学魔王の称号、返上してもらいます!」

「……馬鹿じゃないの」

 火花を散らす魔王と僧侶にのぞみは呆れる。

 勇者は全く付いていけず、おろおろしていた。

  *****

 ACTION!

「ヒャッハー! キルゼムオール!!」

「げ、うまっ」

 RERORD

「ホントに隠れんなよ!」

「こっちの方が臨場感出るんですよ!」

「…アホか! って痛って! ちっ、この赤ウゼー!」

「二人とも生き生きしてる…」

「もう協力プレイしてるじゃない…」

 時間が危機なガンシューティングで、なぜかコンビを組む魔王と僧侶の転生者。

 二人プレイしかできないためのぞみと朋子は傍観に徹した。

  ******

「……あのさ、もういいでしょ?」

 のぞみはあきれ果てながら、次のゲームに向かおうとした魔王と僧侶に注意する。時間はあっという間に過ぎ、外はもう日が暮れていた。

「……まっ、これくらいにして置きますか。勇者一行対魔王の勝負は三勝三敗。勝負次回に持ち越しですね」

「……まぁ、いいか。ふところもあれだしなー。今日はこれくらいで」

 なんだかんだで楽しんでいた直人。日ごろのストレスを意外と発散できたようでスッキリした顔をしている。

「…あいつまだやってるわね。ちょっと添田呼んで来る」

 苛立ちながらのぞみは明人の下へ向かう。明人はずっと、本日導入されたばかりの新筐体をプレイしているようだった。

「ね、ね。プリクラとろ~」

 と、まだ遊び足りない瑛里華は猫なで声で朋子に擦り寄る。

「あの、その、プリクラとか、その…苦手で」

 戸惑う朋子。色々とコンプレックスのがあるため写真は基本苦手であった。

「……ってか、朋子、得意なゲームとかあんの?」

 ふと直人が問う。ここに来てから朋子は、全部が全部、このゲーム苦手、としか言っていなかったからだ。

「……ロールプレイングとか」

 おずおずと朋子は答える。

「例えばなんですか? やっぱドラクエですか?」

 勇者なので瑛里華は安直に尋ねる。

「例え…と言うか、基本お姉ちゃんがいろんなゲームしてて、それを横で見てるのが好きでした」

「見てるだけ?」

「あ、でもレベル上げは得意でしたよ。よくお姉ちゃんにさせてもらってました。ずっとここで戦ってて」

 素直に得意げになる朋子。ちょっと胸を張る。

 しかし直人と瑛里華は、本物の勇者だったのにレベル上げくらしかできない朋子が、妙に残念に思えてしまった。

「……朋子らしいと言えばらしいな」

 皮肉ったらしく直人。おそらくパズルゲームとかも苦手だろう。

「何か馬鹿にしてます?」

 さすがに今のは皮肉と感じ、朋子はちょっとムッとしてしまう。

「いや別に」

「勇者様の天然属性うらやましいです。…じゃなくて、プリクラ。プリクラとろ~」

「だ、だからそれは苦手で」

「い~い~か~ら~」

 瑛里華は嫌がる朋子の腕を、無理矢理引っ張って行く。直人も仕方なしについて行くが、プリクラコーナーの入り口のところで、

「あっ」

 と朋子が何かに気づく。

「ち、ちょっといいですか?」

 朋子はそう言って、プリクラコーナーに併設されているUFOキャッチャーへ駆け行った。

 直人と瑛里華も後に続き、瑛里華の方が、

「どうしたんですか?」と尋ねると、

「…………ぴかー」と朋子は小声で呟き、中を物欲しそうに眺めた。

 訝しんだ瑛里華が見ると、そのUFOキャッチャー筐体の中には某電気ネズミのぬいぐるみ景品が大量に置かれてある。

 景品落下口には突っ張り棒が張られ、その上になんともユルイ顔で四肢を、ぐでーとしている電気ネズミの景品が、今にも落ちそうに置かれていた。

「……朋ちゃん、この子好きなんですか?」と瑛里華。

「やっぱり同じ電撃使いだからか?」と直人。

 朋子の前世は、雷霆らいていの力を行使した勇者だったのである。その繋がりでか、と安直に思う。

「ピカチュウ、10まんぼるとだ!」

「……別に前世とは関係ないです。保育園のころから単純に好きだったんです」

 そう言って、瑛里華をスルーし、ガラス越しのぬいぐるみを物欲しそうに眺める朋子。本当に好きなようであった。

「……そんなに欲しいなら、やってみればいいじゃん」と直人。

 朋子はその言葉に少しハッとするがすぐに顔を俯かせる。

「いや…いいです。こういうゲームも苦手ですし。どうせ取れません」

「…ホント、苦手なゲームばっかだな」

「……うるさいですね。別にいいですもん」

 そう言ってぷいっとそっぽを向く朋子。

 と、直人はポリポリと頬を掻いて、

「……俺、取ってやろう?」

 目を逸らし気味によそよそしく提案する。

 それに「え?」と朋子は目を見開かせた。

「取れるんですか?」

「こんなの簡単だろう」

 直人はそう言って筐体に100円硬貨を投入した。

 その某電気ネズミのぬいぐるみは、景品落下口に既に乗っかっており、今にも落ちそうなのである。

 一回では無理でも、二,三回もやりゃ取れるだろう。

 直人は安易にそう思い、左移動ボタンと上移動ボタンを押してアームを、ここぞ、と言う場所へ持って行った。

 そしてアームはちゃっちい8ビット音楽を鳴らしながら降り、

 スカッ

 と、景品をなぞっただけで空気を掴み、それを景品落下口に落として元の場所へ戻ってしまう。

 ぬいぐるみは予想以上に微動だにしなかった。

「あぁ…」

「……」

 心底残念な声を漏らす朋子。少し期待をしていたようである。それが余計に直人の神経に障った。

「まっ、こんなもんですよね。それより朋ちゃ~ん、プリクラとろ~」

「…お前もしつけーな」

 若干苛立っている直人。……何これ、詐欺じゃん。

「こんなのそう簡単に取れませんてば。プリクラ、プリクラ」

「うるせー、絶対取ってやる!」

 直人はそう息巻いた。

  *****

 1000円分入れた時点で、直人はあることに気づいた。

 このUFOキャッチャー筐体は、1プレイ100円だが500円なら6プレイできる。つまり最初から500円ずつ入れていれば200円分浮いたのだ。

 今更そのことに気づき、直人は地団駄を踏みそうになる。

 それに実際このぬいぐるみ景品を掴んで獲得するにはアームの握力設定が低すぎた。むしろ皆無に等しい。

 そのことにも薄々気づき歯軋りする直人。

 これは明らかに戦術ミスだ、と己の迂闊さを悔いる魔王の転生者。

 だが対応策は既に見出していた。

 それはこの景品の重心軸線から僅かにずらして、アームで上から押さえるのである。そうすれば戦局(景品)は僅かずつだが動くのだ。

 そのことに気づいてからは、直人は、己を知り敵を知らば百戦危うからず、の孫子の兵法を実行するつもりで、筐体のガラスにヤモリのように張り付き、他方向から景品を眺め、形状、重心、位置を確認し、さらにアームの移動可能位置、その稼動範囲内で効果的に狙うポイントを目を凝なして索敵する。現状の懐具合を鑑みるとチャンスは、もう2,3回しかない。

「…無理、しなくていいですよ? お金結構使ってますよね」

 朋子が心配そうに尋ねてくる。

「別にいいよ」

「でも…」

「いいから!」

 朋子へ慳貪けんどんに返す直人。

 最初は、朋子にいいとこみせようと挑戦したのだが、途中からだんだんと本気になってしまい、直人は既に意地で、この景品を取ろうとしていたのだった。

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