第18話 アポなし

 都立多摩川高校では、今週、つまり年度早々に実力考査が実施される予定である。

 ただ今回は、期末考査や定期考査などの文科省の教育課程に沿った考査ではなく、多摩川高校独自に実施するものである。そのため全国学力順位などへはあまり影響はない。

 だがそれでも、この学校の生徒たちの単位には、それなり響くもので疎かにはできないものである。

 そのためこの時期、全学年で授業数を減らされ、一部を除き部活動も休止される。

 多摩校生たちは放校後、自宅学習や塾などで試験勉強に励まなければならない…というのが建前であった。

「……それでは続いての議題です。クラスのゴミ出しについてですが…」

 しかし普段より早い放校後の今、ここ多摩川高校小会議室にいて今年度初めてとなるクラス委員会が行われていた。

 それは、多摩川高校は生徒自治を標榜しているため、クラス委員は年間を通して何かと仕事が多く、そのためどうしても年度初めこの時期に、概要説明として委員会を行う必要があったのである。

 参加するのは一年各組のクラス委員と、オブザーバーとして学年主任の和歌月千夏教諭。ちなみ他の学年は別部屋で行われている。

「…文化祭体育祭の実行委員についてですが、主導は生徒会…」

 会議は踊らず、粛々と進む。

 実際、会議内容は討議するような項目は特になく、クラス委員の今年度活動内容の説明補足といったおもむきが強い。

 それに各組の真面目な生徒が務めるだけあって、居眠りをして議事を滞らせるような不届き者はいない。…ただし一部を除いて。

「え~、続いて多摩川高校の今年の生徒会選挙についてですが、一年生のクラス委員の役割は…」

 先から議事を粛々と進めていたのは、一年三組のクラス委員阿蘇品のぞみである。

 彼女は中学三年間学級委員長を務め生徒会活動にも関っており、生徒自治活動に関しては豊富な経験を持っていた。

 そして生真面目で負けん気も強く、正しいことはハッキリ正しいと言える率直さ持つ。

 すべからくリーダーシップにも優れている女子であった。

「…スー」

 ……なので他の皆が真面目に聞き入ってくれている会議の中、寝息が耳へ届いていることが、勘に触った。

 …一体、誰? と怪訝に視線を走らせる。

 すると一組の女子クラス委員が船を漕いでいた。

 …自身がよく知る人物の隣で。

「……それでなんですが」

 議題を読み上げながら、少し不愉快に感じるのぞみ。

 その一組の男子クラス委員の方は蘇我直人である。彼は一応、寝ていない。

 一応というのは、現在彼は睡魔と必死に戦っており、まさに死に体と言ったていでなんとか意識を保っている。

 問題は隣の女子クラス委員の方だ。

 …ガン寝していた。

「…で、ありますので。……えーと」

 二人の様子が気になり少し注意力散漫になるのぞみ。多少、議事進行がたどたどしくなる。

「えー…」

 のぞみは最初、直人がこの場にクラス委員として参加していたことに、正直驚いていた。

 彼の人となりをよく知るのぞみには、予想外のことであったのである。

 …が、それよりも驚いたのは、一緒に小会議室入ってきた女子の存在であった。

 ただの女子クラス委員だったのなら、そんなに気にしてはいない…と思う。

 が、一緒だったのは、今朝の変な子。

 くだんの勇者、久住朋子と言う名の女の子だったからだ。まさか自分と同じクラス委員だったとは。

「……えー、では朝の挨拶運動についてですが…」

 直人の隣に自分の知らない女子がいる。しかも例の子。

 例えそれがクラス委員だからとしても、…正直面白いものではない。しかも委員会で居眠りもしてるし。

「うっぉほん!」

 とその時、オブザーバーとして脇に控えていた和歌月千夏が、ワザとらしく咳払いをした。

 それが小会議室内にいかつく鳴り響き、途端に小会議室の空気を緊張させた。

 直人はすぐさま反応し、ビクつき目をぱちくりさせ姿勢を正す。

 だが朋子は依然微動だにしない。

 直人はそのことに気づき、げっ、と言う顔をする。いまさら隣の不届きな行為に気付いたようであった。

 そんな一組クラス委員の挙動を見て、軽く溜息を付くのぞみ。

 勿論自分も二人の気持ちは分からなくはない。会議を黙って聞いているなんて眠くて当然なのだ。今は議事進行の立場上のため眠気を感じないだけで、もし逆の立場だったなら自分も睡魔に襲われていたかも知れない。自分はそこまで堅い性格では無いのである。

 しかし今は真面目な会議の真っ最中。よろしいことではない。

 実際、直人の方も同じく思っていたようで、慌てて「起きろっ」と彼女の脇腹を軽く小突いていた。

 のぞみはそれで、さらに不愉快なものを覚えたが。

「…スー」

 しかし朋子の方はそれでも全くの無反応。

 熟睡しすぎでしょ、とまた呆れるのぞみ。直人も朋子の別の意味の頑固さに呆れるが、和歌月千夏のメドゥーサの睨みもあり、次は彼女の身体が揺れるくらいきつく小突いた。

 するとやっとのこと、

「ま、魔王のバカっ!」

 と意味不明な雄叫びを上げて、朋子は目を覚ました。

 真面目な生徒が多いためか、怪訝になる委員会の空気。

 直人は「げ、おま」と思わず口に出し呆れている。

「お目覚め? 久住さん?」

 と、千夏が不機嫌な声を小会議室に響かせ、一瞬空気が凍りつく。息を呑む各クラス委員たち。

 しかし名指しされた当の本人は、よだれの跡を付けポカンとしており、何が起きたか理解していない。

 …和歌月先生の前なのに意外と肝太いのね、と変に感心するのぞみ。

「………久住さん、今の議題どう思う?」

「ふぇっ?」 

 千夏は朋子の虚をつく。

 彼女が話を全く聞いていない事は分かっている筈なので、ちょっとした意地悪のつもりのようだ。

「えっ、そ、その」

 と、当然、何のことか分からず朋子は狼狽うろたえる。

 直観的に直人へ視線で助けを乞うが、直人の方も話を眠気で聞き流していたため、分からんと首を振るだけであった。

 困り果てた朋子は、のぞみへふと目を合わせ、声なく…助けて、と哀願の視線を送った。

「……」

 その愛玩犬のような弱々しい視線に、のぞみは呆れ返ってため息を付き、

「……今度予定されてる、朝の挨拶運動についてですけど」

 と、おもむろに助け舟を出してやった。

 ちょうどやっていた議題は、朝、校門前で行う挨拶運動のことであった。基本は生徒会主体で行われる運動であるが、各学年各組から代表者を出すことになっている。後日、各組のホームルームで代表を取り決める予定であった。

 …取りあえず適当そうな意見を言さっさと言って、会議を滞りなく進めて欲しいのだが…。のぞみがそう思った瞬間であった。

「け、結構なお手前だと思います!」

 ………何がだよ。

 と満場一致で呆れるその場面々。

 朋子はパニックのあまり、本当に適当なことを言ってしまっていた。

 と、

「…わかりました」

 和歌月千夏は、一体何を納得したのか神妙に紡いだ。

「結構なお手前だと思うなら、一組の挨拶運動の代表はクラス委員の二人からやってもらいます。運動が始まったら一週間、毎朝7時半には登校するように」

「「ええっ!?」」

 まさに寝耳に水で叫んでしまう一組のクラス委員二人。

 千夏は、朋子の適当発言を強引に解釈し、直人と朋子にいきなり一週間早起き命令を下してしまった。

「「ちょ、ちょっとっ待ってください!」」

 と二人は当然慌てるが、

「拒否権はないわよ」

 千夏は二人の抵抗をバッサリと切り捨てた。

「じゃあ、続けて頂戴。阿蘇品さん」と、のぞみへそのまま議事進行を促す。

「……は、はい」

 二人を哀れむ間もなくのぞみはおずおずと答え、その後、委員会会議はつつがなく進行した。

 ******

 委員会終了後、「遅くなって悪いけど、皆帰って大人しく試験勉強するように」との、和歌月千夏の有り難い御達し付きで、一年のクラス委員たちは遅めの放校となった。

 仕事が残っている和歌月千夏自身はさっさと職員室に戻り、クラス委員たちも帰り支度をして学校を出て行く。

 直人もとっとと帰ろうと小会議室を後にし、玄関で靴を履いている時であった。

「直人っ」

 と背後から呼び止められる。

 今朝のシチュエーションと同じく阿蘇品のぞみであった。

「なんだ委員長?」

「一週間早起き、ご愁傷様」

 白々しくこれからのねぎらうのぞみ。

 そんなのぞみに直人は苦虫を噛み潰すが、それを飲み込むようにため息をつく。

「……仕方ねえか。そもそも誰かがやんなきゃなんねぇことだしな」

「あれま」

 直人の言葉に意外そうな顔をするのぞみ。

「ものぐさ男が、珍しく前向きじゃない」と驚き気味に続ける。

「五月蠅いな。生徒の模範となるべきクラス委員だからしょうがないだろ」

 ある意味観念した表情の直人。クラス委員なったことは、素直に受け入れているようだ。

「相変わらず……変なとこ真面目ね」

 のぞみはポツリと呟く。

 ふざけることの多かった直人だが、そう言えば任せられたことはキチンとこなしていたように思える。

「あのさ、わかってるとは思うけど、俺はやればできるけどやらない子なんだよ」

 そう言って見栄を張る直人。

「自分で言うか」と呆れるのぞみ。

「…というか一組のクラス委員だったの?」

 続けて意外そうに尋ねた。

 直人は中学時代、事あるごとにメンドくさがるものぐさ男だったのだ。それが面倒の塊のクラス委員をやっているのは、正直意外過ぎたのだ。

 そしてそんなのぞみの疑問に直人は、

「…我らが担任、和歌月千夏先生の御指名だ」

 と、ぼやき気味に答えた。

 ああやっぱりね、少し苦笑して納得するのぞみ。

「案の定、嫌々なのね」

 のぞみはそれで逆に安堵する。

 なぜなら、直人はやはり自分から進んで動くタイプでないのだ。

 いくら高校生になったからと言って、いきなり変わるワケがない。彼はやはり中学の時のままなのだ。

 そんな思いがのぞみの頭に浮かぶ。

 しかし直人はそんな思いをよそに、

「存外、そうでもない!」と居丈高にと突然独白した。

「我はかつて異世界地球テラに覇を唱え、億を超える一大勢力を率いた魔王であるぞ! たかが公立高校の四十名一クラス指揮することなぞ造作もない!」

 魔王の転生者はそう言って、自信たっぷりに鼻を鳴らした。

 実は彼はクラス委員の仕事に意外とやりがいを感じており、そして内申書評価が上がることを期待していたのだった。

 いきなり変なやる気の出し方を見せられ、のぞみは変に唖然とする。

「………クラス委員如きで何を偉そうに」

 と直人の誇大発言に野暮を入れる。

 とりあえず直人は、クラス委員に意外とやる気を起こしているようだ。

 …しかしとなると、とのぞみはふと気づく。

 生徒自治を何かを謳っているこの学校では、別クラスの直人ともクラス委員として何かと絡む機会が多い、ということだ。

 もう少し、直人と付き合い長くなるのかな?

 ふと、そんなことが脳裏をぎった時だった。

「あなたの思い通りにはさせません!」

 決意を秘めた渾身の叫びが、多摩川高校一年用玄関に鳴り響いた。

 その叫びに直人は呆れ、のぞみが「えっ」と驚くと、

 勇者の転生者久住朋子が、二人の背後に立ちはだかっていた。

 のぞみは委員会終了後、うっかり教室に忘れてものをしてしまい、急いで取りに戻っていたのだ。

 そんな朋子は、中学時代の同級生二人を前に緊張した面持ちでこちらをギリッと睨み、鼻息を荒くしていた。

 のぞみは、朋子の唐突な発言に真意を見いだせず訝しむ。

 そして同時に、またこの子か…と暗に警戒した。

 この女生徒…確か久住朋子という女子は、今朝、直人に妙な絡み方をして来たのである。よくわからないことも言って。

 ……また突拍子もないことでも言うのだろうか?

「魔王の一組支配の野望! 勇者たる私がはばんでやります!」

 案の定だった。

「野望、小っさっ」

 思わず口に出すのぞみ。

 ……世界でも日本でも、ましてや一町内の学校ですらない。一クラスだけなの?

「って、小さいって何がだ!」

 突然、吠える直人。

 どうも聞き捨てならないワンフレーズだけ捉えたようだ。

 そう言えば、彼はやたらと、身長を気にしていたことをのぞみは思い出した。

「いや、身長の事じゃなくて」

「悪かったな! お前より1㎝低くて!」

「まだ根に持ってんの!?」

 ほぞを噛む直人。中学最後の身体測定で、のぞみの161㎝に抜かれていたのだ。

「…だからその小さいじゃなくて」

「じ、じゃあ、…わ、私ですか!?」

 と、あらぬ方向から焦り出す朋子。キョドって胸を抑えている。

「なんでおっぱいに手をやってんの!? 違うから!」

「委員長の方は今、いくつだよ」

「え? C」

 直人にあまりに自然に尋ねられたので、思わず答えてしまうのぞみ。

「…って何言わす! このセクハラっ!」

「痛って!」

 勝手に愕然としている朋子を傍目に、のぞみは直人の肩をぶっ叩いた。

 やられたらやり返さないと気が済まない性質たちなのである。

 その仕返しを喰らった当の直人。白々しく弁明する。

「別に胸のサイズとは言ってないだろ」

「流れで言っとっでしょが!」

「言ってませーん。委員長が勝手に勘違いして、無実の俺に暴力振るいましたー」

 その小学生のような返しに、またムカッとしてしまうのぞみ。

「小学生ね!」

「…って委員長、訛り」

「ぅ!」

 もごもごと口を押えるのぞみ。

 良くも悪くも昔から変わらない直人のおちょくりに、のぞみは「…なんね」とムスッとふくれた。

「何、目の前でイチャついてるんですか!?」

 と、朋子が突然、見た目不相応な怒気を込めて放つ。

 それは、勇者として魔王、にではなく、朋子としてのぞみ、へ向けられていた。

「え?」と、のぞみは思わず後ずさった。

「何なんですか、あなた! 直人くんの前に突然現れた思ったら、いきなりちょっかい出して!」

「……」

 それ、そっくりそのまま私の台詞なんだけど。

 と、内心思うのぞみ。

 ややっこしいことになりそうなので口には出さない。

「あなた……やはり夢幻四天王だったんですね」

 朋子は神妙に紡ぎ、新たなる敵の出現に警戒を崩さない。

「だから夢幻四天王って何?」

「一組支配に飽き足らず三組にもその魔の手を忍ばせるつもりでしょ!」

「いや話聞いてよ!」

 のぞみは朋子の突っ走りに顔を引き攣らせる。

 どうも、この久住朋子と言う女生徒は、直人以上に脳内ファンタジーに溢れているようだ。

 …本当この子何なの?

「…朋子、あのさ。さっきも言ったけど…委員長はただの中学の同級生で、普通の日本人だから。巻き込むなって」

 直人が朋子へ諭すように言う。本当にのぞみを巻き添えにしたくないようである。

 だがそれが返って朋子の癪に障り、むぅっー!とさらに態度を頑なにさせる。

「嘘です!」

 と叫び、あくまでも我を通す朋子。

「…だからなんで」

 と溜息交じりに返す直人。

「だって、なんか変な言葉喋ってました! “とってでしょ?”ってなんですか!? 魔族語ですか!」

「熊本弁っ! 日本語だから!」

 思わずツッコむのぞみ。自分の出身地をよりにもよって異世界扱いされるのは堪らない。

「あのね、興奮すると少し方言出ちゃうの! 私は熊本出身なの! 五年前にこっちに越して今は狛江在住!」

 自分の厄介な癖を述べるのぞみ。

 のぞみは引っ越してきた当初、かなり訛りがひどくクラスで浮いていた。それで同じく魔王の転生者とのたまってクラスで浮いていた直人とそれとなくつるむようになり、それで直人と一緒に、方言を直したことがあったのだ。

「く、熊本って……くまモンですか!?」

 出た。と顔が歪むのぞみ。

 実はのゆるキャラにのぞみ自身はそれほど思いれはなかったのだ。

 自分が熊本出身と言えば、くまモンに繋げられることが多かったので、のぞみは正直うんざりしていたのだ。…熊本に野生の熊いなし。

「ゆるキャラグランプリ取った事あるからって調子乗らないで下さい! この熊本県民め!」

 東京都民の朋子はそう唸るが。

「私、もう東京都民だし!」

 のぞみの戸籍は既に東京都に移っているため、県民言われる筋合いはない。

 …何なのこの子、と顔をしかめるのぞみ。どうも、人の話を聞かない性質たちのようだ。

 直人の方も、毎度ながら朋子の突っ走りに頭を抱えてしまっていた。

 と、

「あなたたち」

 突然、背後から渇いた声が響く。驚いて三人が見ると、

 呆れ果てている和歌月千夏が、下駄箱の影に立っていた。

「げっ」と嫌そうな声が正直に出る直人。

「げっ、て何よ」

「…いや別に」

 バツの悪い顔をしている直人と、緊張している女子二人に、千夏は呆れ気味にため息を付く。

「玄関がやたら騒がしい思って来てみたら、案の定あなたら二人だったわね」

 どうしてあなたたちは、と首を捻る千夏。と、もう一人意外な人物がいるのを見とめる。

「…阿蘇品さん?」

「は、はい」

 ビクつくのぞみ。

 直接怒られたことはないのだが、色々耳にする噂で千夏に対し恐怖を抱いていたのだ。

「…今度はトリオで東京03?」

「「違います!」」

 首を振って必死に否定する朋子とのぞみ。それぞれコンビ扱いされるのは頂けなかった。しかし慌てる二人と違い、直人は動じない。彼は千夏を苦手としてはいるが、別に畏怖の念は抱いていない。そのため、

「調布は042っすよ」

 と平然と野暮を入れた。

 結果、直人のその態度が千夏の不機嫌さに、さらに火に油を注いでしまう。

「騒いでないでさっさと帰って勉強しなさい!! とっと学校から出て行け!!」

「「は、はい」」

 千夏の一喝に女子二人は慌てて靴を履く。

 そして直人も「俺、何もしてねえのに」とボヤキながら、三人は玄関をいそいそと退散した。

  *****

「もう! 直人くんのせい、でまた先生に怒られたじゃないですか!」

「おい、どの口が言う。きっかけ全部お前じゃんか!」

「……」

 和歌月千夏に追い出され、玄関から校門へ並んで歩く三人。

 直人と朋子はいつものように言い争い、のぞみの方顔を青ざめさせている。

 一組の二人は毎回のことなのでケロッとしていたが、真面目を通してきた三組のクラス委員には、この学校で一番怖い先生に怒鳴られたことは、結構こたえたのだ。しかも巻き添えに近い形で。

「……………」

 おまけにその主たる原因である朋子は、依然直人に絡んでいる。何か釈然としないのぞみ。

 そんな不愉快な思いをのぞみは隠せずにいたが、騒ぐ直人と朋子に気づく様子はなかった。

「あ!」

 と、朋子が突然何かに気づいた。途端、小走りで校門の方へ駆けた。

 何事? と直人とのぞみがそちらへ視線をやる。するとそこには、校門を背に割と背の低い制服の女の子がスマホを弄っている。

 知り合いなのだろうか? と思うのぞみ。

 それはどうやら正しかったようで、朋子が近づくとその子も気づき、顔を破顔させキャッキャワイワイと喜び合い始めていた。

 のぞみが確認するに、ここらへんではあまり見ない制服。別の街から来ているようだ。

 そう思ってふと直人の方を見ると、なぜか妙に嫌そうな顔をしていた。

 今度は何? と訝しむのぞみ。

 向こうもこちらの存在に気づき、朋子と二人して駆け寄って来た。

 近づくにつれ、のぞみはその子がすごい美少女であることに驚いた。お人形さんみたいですごく可愛い。しかし注意がどうも直人のほうへ向いていた。

 のぞみは妙に胸がざわつく。

 どうしてか、直人の周りにまた自分の知らない子が出現してしまっている。本当にどうして?

 その子はのぞみの不安をよそに、直人へどんどん近づいた。そして、開口一番、

「てへっ。来ちゃった」

 と、テヘペロのポーズを決めた。

「「…………」」

 のぞみは初めて知る。

 リアルでそれをやられると、マジで寒々とすることを。

「いや、何しに?」

 と、直人が顔を引き攣らせる。

 するとその子は、さも心外と頬を膨らませた。

「えーっ、こんな美少女が会いに来てるのに! 何、彼女が仕事帰りにほんの悪戯心でアポなしで彼氏のアパートに遊びに行ってドアを開けられた瞬間、互いの温度差を感じてしまうようなこと言ってるんですかっ!」

「例え具体的過ぎだろ!」

 大仰に呆れる直人。

 それもその筈で、

 魔王の転生者には敵に値する勇者一行が一人。

 僧侶サンドラ・イアキフの転生者。

 エレメントマスター、エリリカ・アリドーこと有藤ありどう瑛理華えりかが、

 何故かまた、調布へと現れていたからであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る