その5

『探偵さんの仰っていることは本当です』


 中年の住職が墓石の前にしゃがみ、持って来た手桶の水を水入れに汲むと、線香に火を点け、線香立てに立てる。


 鼻をくすぐるような匂いが辺りに立ち込める。少しばかり涼しい風が吹いてきた。


 住職は数珠をまさぐり、何やら小声で経を唱えだす。


 俺達二人は黙って後ろに立っていた。


 経を唱え終わると、彼は俺達二人の方に向き直り、合掌をして頭を下げ、


『私は大林五月の身内なんです。とはいっても彼女の姉の息子・・・つまり甥に当たるだけですんで、遠い親戚という程度ですが』


 住職の話によれば、大林五月は結婚歴がまったくなく、生涯独身のままで、つい3年ほど前に他界したそうだ。


 亡くなる二年ほど前にこの寺を訪れて、


『私が死んだらこの寺に葬って欲しい』と言い残し、永代供養料として、全財産を託していったという。


『小説が売れなくなってからは、彼女・・・・叔母は自分の卒業した私立の高校で、講師やら、学習塾を開いたりしてたようですが、いかんせん厳しい人で、言いたいことをはっきり口にするタイプだったもんですからね。どこへ行ってもあまり

評判は良くなかったみたいです』


 今から7年ほど前に卵巣に癌が見つかり、幸い手術が上手くいったのだが、すっかり身体が衰えてしまい、その頃から暫く音信不通だった姉の嫁ぎ先であるこの寺に良く訪れては、長い間姉夫婦と良く話をしていったという。


『その時、叔母さん・・・・いえ、先生は何か預けて行かれなかったですか?』


 住職に次いで墓の前にしゃがみ、手を合わせていた隆介は、頭を上げて振りると、そう問いかけた。


『ええと、そうですね』


 住職は懐から携帯を取り出すと、どこかに連絡を取る。


 待つほどの事もなく、靴音が聞こえ、カッターシャツに学生ズボン姿の13~4の少年が、手に何かをぶら下げて山を上がってくるのが見えた。


『息子です』


 住職は少年を俺達に紹介すると、彼がぶら下げていた黒のボストンバッグを、

”有難う”と小声で言い、受け取った。


『叔母が遺していったものといえば、これくらいの物です。もっとも正確には遺していったというより、亡くなった時、彼女の住んでいた部屋の片隅から見つかったんですけどね』


 かなり大きなバッグだった。


 その中には、紛れもなく白石氏の著作の内、ベストセラーになったものが数冊入っていた。


『どうぞ、御覧になって下さい』


 彼はそれを白石氏に渡す。

 

 俺も何冊か借りて読んでみた。


 そこにはどの本にも、ところどころ赤いボールペンで書き込みが入れてあり、欄外には感想も記されてあった。


 勿論好意的なものばかりではない。


 相当辛辣しんらつな言葉も書いてあった。


 しかし、どれも最後まで丹念に読んでいた様子がはっきりと見て取れた。


『これだけじゃないんです。寺の離れには白石さんの著書がもっと沢山あるんですよ。』

 




 


 

 


 

 

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