その3

 ”大林五月。昭和三十一年一月生まれ。中学の頃から小説を書き始め、高校卒業後、S女子大の文学部に入学、そこで自ら同人誌を立ち上げ、友人らと共に同人活動を行う。


 大学卒業後、高校の教師をする傍ら小説を書き続け、二十七歳の時、N賞の候補となり、最終選考まで残ったが、この時は次席となる。


 その後も二度に渡って候補となり、三度目にして晴れて入選を果たす。


 しかし四十代に差し掛かったころから、次第に寡作になり、五十代を過ぎると一切の新作発表を止めてしまった・・・・。”


 これが、俺が調べた大林五月の簡単な経歴である。


確かに依頼人の白石隆介が述べたように、彼女の作品は今どこに行っても見かけない。

 名だたる出版社は、文庫本まで悉く絶版になってしまっていた。


 神田の神保町にある、絶版作家の本を好んで扱う店を何軒か周ってみたが、そこにさえないと来ている。


”古臭いですからね。一時はそれこそ大人気だったんですが"

 彼女の事を割と知っている古書店の主や、出版社の社員でもこの程度なのだから、

 若い世代から、

”大林五月ねぇ・・・・そんな名前の作家、知りませんね”

 などと、素っ気ない答えが返ってきても無理からぬところだ。


 折しも首相が例のウィルス問題で、

”緊急事態宣言”とかいうお触れを出したものだから、外を出歩くのも憚られる空気になってきている。


 流石の俺も折れかけた。


 しかし、あるところにはあるもんだ。


『ああ、彼女ね。知ってますよ。』


 その男は、俺が神田を歩き回ってやっと見つけた彼女の著作に載っている『著者近影』を指差して言った。


 上野の端っこにある、小さな出版社だ。


 かつてはかなり威勢が良かったのだが、今ではご存知の通りの、

『出版不況』とやらで、来月には倒産の憂き目に遭うというさ中であった。


 事務所の中は散らかり放題。


 返本の山と化している。


『大林先生でしょう。ウチでも何冊か本を出させて貰いましたよ。確か・・・・』


 頭の禿げた、冴えない丸顔の六十過ぎと思われる男は、十文字に縛られた本の山を崩さないように這いずり回りながら、やっと数冊を引っ張り出してきた。


『これです。彼女の最後の本も、ウチで出したんです。お世辞にも売れ行きは良くありませんでね。初版で一万部、出たか出ないかと言ったところでした』


一応新書版の体裁であった。


タイトルは、

彼女かのひとは薔薇の如く”


というもので、一応恋愛物・・・・それも男女ではなく、女性と女性、つまりは今俗にいう『百合物』に属するらしい。


夫との関係に上手く行かず悩んでいた一人の中年女性が、ある日電車の中でふとしたことで知り合った年下の女子高生と恋に落ち・・・・と、まあ、俺からすると30年、いや、もっと前なら大ヒットしたかなというような、陳腐とまではいかなくとも、さほどパッとしないお話になっている。


『彼女は、物書きとしては意外と真面目でしてね。自分の書くものに自信を持って、世の中に媚びるようなことはしませんでした。それがいけなかったんでしょうなぁ』


 六十男は禿げ頭を掻き、またそこらの整理にかかりだした。


『この本が出た後、手紙のやり取りを何度かしましてね。私個人としては、彼女の本は好きだったんですが、何せこっちも商売なもんですから』


『で、今どこに住んでいるか分かりますか?』


 男は俺の言葉に少し困ったような顔をしながら、


『教えていいものかどうか分らんのですが』と言いながら、一通の古びた封書を取り出した。








 

 

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