十章 因縁と真相
因縁と真相①
「——『
彼が放った言葉に、
数ヶ月前、この『
九年前の『
彼は蒼羅と朱羽によって捕縛された後、『
「……冗談だろ。あそこから、簡単に出られるわけがない」
――『伽藍堂』の構造は、一言で言えば
地下へ伸びる支柱とそれに巻き付いた
罪の重い者ほど地下深くへと押し込まれ、下層の方では存在そのものを忘れられ衰弱死する囚人さえいるという。
投獄されることそれ自体が、実質的な死刑執行さえ意味する
そもそも出入り口から通路の一本に至るまで、
拒絶するように首を横に振り、半笑いで茶化そうとする蒼羅の指摘に、龍親は疲労の
「あぁ、全く冗談みたいだよな。奴は最下層にある牢から出て、螺旋階段を
ぞっとするほど冷たい
絶句している蒼羅を他所に、朱羽は
「なんであたしたちにやらせるの。他に
『
「いやぁ、俺だって色々忙しいのよ……事務処理とか事務処理とか事務処理とか。さっきだってお前らを外に出すための面倒な手続きしてきたんだ」
しかし龍親はおどけて肩を
「それに、模倣犯の暴挙のおかげで『伽藍堂』の人員は九割減だ。『旗本衆』の一般兵を囚人の監視に回した都合で人手不足が深刻。お前らの手も借りたいくらいなんだよ。……で、実際どうだ。やれるか?」
「捕らえるのは難しいと思う」
龍親がぼやきながら発した問いを、朱羽は
「出来ても、あたしたちで動きを封じるのがやっとでしょ。……あのとき、二人掛かりでも勝ててたわけじゃない」
数ヶ月前の記憶を
模倣犯を打ち負かせたのは、『旗本衆』訓練兵たちの人海戦術によって彼が
万全の状態で戦うとなると、勝てるかどうか怪しい。蒼羅の我流拳法にしても、二度も同じ手が通じる相手ではないだろう。
それでも、絶対に捕らえなくてはならない。最悪の場合は――
「いざとなったら俺が「死なせないよ」
吐き出す決意は、途中で強く
振り返った先にある朱羽の猫目は、穴が空かんばかりに、視線で
そこにあるのは、
「あたしの目の届く場所で命を投げ出すような真似は、もう絶対にさせないから」
続けようとしていた言葉を見透かされ、口を
「お前たち、すっかり仲良くなって……お兄ちゃん嬉しい……」
「ん、ちょっと待って。なんで受ける感じになってんの?」
そんな二人を見て、龍親は
「朱羽、俺はやるぞ。奴を野放しにはしておけない」
「あんた
「それとこれとは話が別だ」
「お、感心だなぁ。聞き分けの良い部下を持って俺は誇らしいよ」
耳に届いた軽薄な声に、朱羽の
「龍親さん。あんたの頼みを引き受けるのは、これは俺の
「はは、怖いねぇ。引き受けてくれるだけありがたいと思っておくよ。……朱羽はどうする?」
話を振られた朱羽はしばらく黙り込む。
また難しそうに眉根を寄せて首を
「まぁ、蒼羅のこと死なせないって言ったばっかだし……
朱羽は『その前にひとつ』と立てた人差し指を、龍親の顔へ向ける。
「現場で『
「
しかし朱羽はまだ納得いかないようで、引き結んだ薄い唇からは渋るような声が漏れた。
「そもそも龍親、なんで上から目線? そっちは人手不足が深刻で、あたしたちの手も借りたいくらいなんでしょ。だったら、通すべき筋があるんじゃないの?」
「筋なら通したろ。お前たち二人を治療したのは、模倣犯を追わせるためでもある」
「誠意が足りない。……ほら、土下座」
猫目を意地悪い笑みの形に歪ませる朱羽。
・・・・・・
「——どうした、出ないのか?」
開け放たれた格子を前に、蒼羅は立ち竦むまま。その視線は、近くの壁に背を預ける龍親へと向けられている。
朱羽はといえば、真っ先に牢から出た後に彼から紙切れを手渡され――
「ほれ、
「まじで!?」
「まじで」
――『うぇへへへ』と変な含み笑いとともに
残された二人の間には
「暗殺部隊『
朱羽と龍親の間で繰り広げられた異次元の戦闘において、勝負を制したのは彼だ。決まり手となった
蒼羅は一般兵たちを
あれをまともに食らった朱羽が生きていたのは奇跡に近い。恐らく手加減はしていたのだろうが、一歩間違えば殺していた。
第二席だった
それを超える席次に
すると龍親はどこかわざとらしいほど目を丸くした後、仕方なさそうに頭を掻いた。
「あ、やっぱバレた? やー、こりゃ人前で本気なんか出すんじゃなかったなぁ……」
蒼羅も確証があったわけではなく、どちらかというとカマをかけただけに過ぎなかったのだが……こうもあっさり認めるとは思わず、
しかし聞き出す手間が
「朱羽を殺すために元『天照』の
部隊の活動を主導していたのは幕府老中らしいが……最高位の席次にいた彼もまた、
彼ならきっと『天照』の面々にも顔が
なんらかの
しかし送り出した刺客たち――
だから『白い髪の女』の
朱羽に罪を着せて
その後、邪魔が入ってまんまと逃した朱羽を――あるいは不安要素である蒼羅を――消すために、後始末として虎堂琥轍を送り込んだとすれば……
蒼羅の中で現状もっとも黒幕に近い男はしかし、
「傷つくねぇ……確かに血は
殺す理由が見当たらない――蒼羅もそう考えていた。
二人の
だがもし、それが表面的なものだとしたら?
蒼羅と同じようにこの男もまた、腹の中にドス黒い
『嫌い、憎い、
『誰だって持ってんだよ。それを正直に爆発させる奴もいるし、
虎堂琥轍の言葉と、心の内に巣食う
そんな蒼羅の胸中を
「朱羽のことボコボコにしたのを怒ってんのか? 言っとくが
「殺すつもりじゃなかったなら
「夢を見ているようだったから、
「……そんな理由で、死にかけるまで叩き
「そう怖い顔するなって。大切な義妹が道を踏み外しそうなときに正してやるのも、年長者の役目さ」
――道を踏み外す?
しかしそのことを深く考える暇さえ与えないかのように、龍親は性急に言葉を継いだ。
「あんな性格だ、事情聴取だからと大人しく身を預けるわけがないだろ? だから泣く泣く叩き潰した。……難しいんだぜ、死なない程度の重傷を負わせるってのは」それに、と龍親は言葉を続ける。「朱羽が主犯だとすれば、俺がぶっ倒せば犯行は途切れるはずだった」
「……はずだった?」
蒼羅の反応を察した龍親は、首を縦に振り肯定する。
「その日の夜、また一人死んだよ。同じ手口の
「お前が朱羽の肩を持つのは勝手だが、あまり情を移しすぎるなよ。後が辛くなる」
意味を
「……で、他には?」
その瞬間。
これまでどこか軽薄だった龍親の態度が、重みを増したように感じた。
重要な選択を前に、腰を
――見抜かれていたのならば
蒼羅は頭に並べていた前置きの言葉を捨て、単刀直入に切り込んだ。
「……
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