因縁と真相②

鳳仙ほうせん? お前だって知ってるだろう。戦国乱世では『天下三剣』として名を馳せ、現将軍家の統治が始まってからは当主が代々『旗本衆はたもとしゅう』の筆頭を勤めた。だが九年前にある事件で家が潰れ、五年前に滅ん――」

「そんなのことを聞きたいんじゃない」

「裏なんかないさ」

虎堂こどう琥轍こてつから聞いた」


 人智を超えた『異能』を用いた、超常の激闘の後。

 互いに満身創痍まんしんそういで意識すら覚束おぼつかない中、瀕死の重傷を負ってなお笑いながら琥轍は言った。

たのしませてくれた礼に教えてやるよ――


「……『堕神一族おちがみいちぞくを殺したのは、鳳仙家の奴だ』、って」


 拳を強く握り込む蒼羅そら。吐き出すにつれ沸々ふつふつと怒りに煮えていくその言葉に、龍親たつちかの眉が跳ね上がる。


「……確証は?」

「俺だって鵜呑うのみにするつもりはない。 けどやっとつかんだ尻尾しっぽなんだ……なるべく多く情報が欲しい」

「それが、お前を釣るための罠だったらどうする」

「嘘でも罠でも、次につながるかもしれない。とにかく知りたいんだ」


 食い下がる蒼羅。龍親は頭が痛そうにうんうんうなったあと、渋々しぶしぶといった様子で口を開く。


「鳳仙家の人間が『鬼神きしん』と呼ばれた理由、知ってるか?」


 戦場で一騎当千の活躍をせた乱世の豪傑ごうけつたちは、しばしば“鬼”になぞらえられる。

 現将軍家を支えた御三家ごさんけ『天下三剣』――その中で随一ずいいちの武闘派であった鳳仙家も、例に漏れず『鬼神』の通り名を持つ。


「…………『天下三剣』の中で一番の武功を上げたから?」


 それは一般に流布るふされている通説だったが……しばらく考え込んだ末に答えた蒼羅の口調は、疑わしげにくもっていた。

 龍親の顔が晴れないからだ。


「一般的にはそう言われてるが、違う。鳳仙の人間の髪はな——いくさになるとんだ。まるで頭から血を引っかぶったように、髪にまで生き血が通うかのように」

「!!」


 蒼羅は目をく。脳裏に広がる『あの日』の記憶――赤々とした地獄絵図。

 その最奥さいおうたたずむ『真紅しんく剣士けんし』の背中に今、確かに一歩近付いた。


「髪をくれないに染め上げながら、返り血で肌をあかめかしながら、単騎で敵の大群を壊滅させていく。その様相ようそうと一騎当千の剣力けんりき、そして血液を操る『異能』に畏怖いふし……いつからか『鬼神』と呼ばれるようになった」


 脳裏にぼうっと蘇るのは、あるとき泥汰羅でいだらのぞんだ事情聴取の光景。

 あのとき、ひとり生き残った中年のせた男はこう言っていた——


『赤い、だった。まるで血をひっかぶったみてぇに……だが返り血じゃない、んだ』


ちまたの『白い髪の女』のうわさ……あれには続きがある」

「あぁ、泥汰羅から仔細しさいは聞いてる。白髪の女の他にもうひとりいるってんだろ? ……そいつは鳳仙の人間と見て間違いない」


 我知らず口に出していた言葉を、龍親は首肯しゅこうする。

 その裏付けを得てしかし、蒼羅の表情は猜疑心さいぎしんに曇ったままだった。


 ――鳳仙家は五年前に


 ならば、今このときに赤髪の人間なんて存在するわけがない。亡霊として蘇ったわけでもあるまいし。

 そう指摘する蒼羅に、龍親はゆるゆると首を横に振った。

 

「滅亡ってのは言葉のあやだ。確かに家は潰れたが、末裔まつえいは今も、名を変えて生きているだろう」


 それを聞いた蒼羅の目に光が灯る。

 迷い続けた闇の中で、ついに見つけた希望の光。夜の海を渡る船を導く灯台めいた、己のを遂げるための道標みちしるべ

 しかし希望というにはそれはあまりにくらく、燃え盛る炎のようにぎらついている。


 彼自身は知り得ぬその様を見た龍親は、どこか痛ましげに顔を曇らせた。


・・・・・・


 新しい襯衣シャツ洋袴ズボンに着替え、いつの間にやら回収されていた自身の軍刀を革帯ベルトで腰に吊り下げた蒼羅は、街へ繰り出していた。


 目的地は通りにある甘味処。

 暖簾のれんをくぐり店内を見回すと、一番奥の席に朱羽あけはを見つけた。

 周囲の客からの奇異な視線——頭にいただ白絹しらぎぬの髪か、はたまた卓いっぱいに並べられた甘味に対してか——など気にする様子もなく、あれこれつまんでは至福の表情を浮かべている。

 近付いていく。目が合う。全速力で顔をそむけられた。


「おい、なんで他人のフリすんだよ」

「だって極楽浄土にいるときに、見知った疫病神やくびょうがみが顔を出してきたんだもの。他人のフリもしたくなるでしょ」


 あきれながら向かいの席に腰掛こしかけた蒼羅は、手近な大福に手を伸ばし——


 ぺしっ


 と即座に払われた。

 あまりにも一瞬の出来事に、二人の間には奇妙な沈黙さえ生まれる。


「……だめか?」

「……だめ」


 きっぱりと断られ、長い溜め息をひとつ。叩かれた手をさすりながら話を振る。


「なぁ、あれで良かったのか?」

「……なにが?」

「お前なら、龍親さんに対してもう少しキツい真似させると思ってたけどな」


 朱羽は『白い髪の女』にかこつけていきなりぎぬを着せられた上、あわや瀕死の重傷を負うほどに痛め付けられた。

 彼女はかなり根に持つ性分だと思っていたので、発端ほったんのひとつである龍親の謝罪を土下座ひとつで済ますのは意外だったのだ。


「まさか。あんなのであたしが満足すると思う? 龍親にはいつか絶対やり返す。ギッタギタのメッタメタのボッコボコにして、泣かす」


 苦笑した後、どこか清々しそうな色の瞳には、熱い闘志と冷ややかな反骨心が燃え上がる。

 ひとまず溜飲りゅういんは下がったらしい。力強い宣言を聞き届けて、蒼羅も表情をゆるませた。


「……やっぱお前は、そういう顔の方が似合ってるよ」


 強く気高けだかく、時に獰猛どうもうな、一羽の真っ白なからす

 どうやら本調子まで戻ったらしい。これまで少なからず目にして来た彼女らしからぬ醜態しゅうたいをふと思い出しながら、蒼羅は感慨かんがいぶかそうにつぶやいた。


「雷がこわーいって子供みたいに泣きわめくより、ずっとな」


 ——あっ。

 口がすべったと気付いたころには、朱羽の周りの空気は絶対零度にまで冷え込んでいた。彼女の周囲に吹雪ふぶきの幻覚が見えるほどに。

 当人はひどくにこやかな顔で小首をかしげてみせるのが、また末恐ろしい。


「……忘れろ、って言ったはずだけど?」

「ほら、昔の恥ずかしい思い出が急によみがえって、こそばゆくなることあるだろ? あの感じをお前にも味わってもらおうと思って」

「そ、お気遣きづかいありがと。……そういえば蒼羅、甘いものがだったよね?」


 両手に三食団子を持った朱羽の猫目がゆがみ、口角が悪戯いたずらっぽく引き上げられる。それを見て、背には言いようの無い寒気が走った。


「ほーら、貴重な経験させてくれたお礼。たーんとおあがりー、今日はあたしのおごりだーかーらっ!!」


 言うや否や、三食団子が口を目掛けて勢い良く突き出された。伸ばした左右の手で細い手首を掴み、あわや鼻先でとどめる。

 ——串の先が刺さったらどうしてくれる。


「待て、早まるな朱羽ッ!!」

「幸せのお裾分すそわけって奴よ。善意が十割の慈善活動ッ」

「悪意しか感じられねぇんだよ!!」


 などと声を交わしながらしばらく取っ組み合っていた二人は、


「「…………」」


 周囲の客からの冷ややかな視線に気付いて居住いずまいを正した。

 朱羽は小さく頬を染めながら、こほん、と咳払いをする——閑話休題かんわきゅうだい


「その髪って、生まれたときから白かったのか?」

「まさか。ある日突然、真っ白になっちゃったの」

「そんなこと有り得るのか?」

「有り得るからこんな色なんでしょ」

「前はどんな色だったんだ?」

「……なんだと思う?」


 己の髪を一房さらりとすくい取った朱羽は、含んだ笑みとともに問いかけて来た。

 蒼羅は顎に手を添えてしばし考え込む。

 出会った最初こそ奇異きいな色に面食らったが……見慣れた今となっては他の髪色などまるで想像が付かない。まぁいて言うなら——


「はずれ」

「おい、まだ答えてないだろ」

「どうせ教えたって信じないと思う」

「あぁそうかよ。……でも、その色がお前には一番似合ってると思う」

「こんな老婆ろうばみたいな髪が? ……あんたの感性、相当イカレてんのね」


 急にむっとした表情に変わってそっぽを向く朱羽に、蒼羅は苦笑混じりにほおく。


「そうか? 俺は初めて見たとき、白絹みたいな綺麗な髪だと思ったけどな……」

「……え?」


 陶然とうぜんと声を漏らし、きょとんとした顔で振り向いた朱羽と目が合う。顔の脇に垂れた髪に触れながら固まる彼女と、反応をうかがう蒼羅。ふたりの間にはしばしの沈黙。


「あ、いや、だから、すげぇ上質な着物でも織れそうだなって……」


 思わぬ反応に急に気恥ずかしくなり、あわてて冗談めかそうとする蒼羅。それを見て、朱羽はくすぐったそうに小さく吹き出した。


「人の髪で着物をるとか、なにそれ。気持ち悪っ」

「いや、今のはナシだ、取り消――」

「いい、取り消さないで」


 やや食い気味に上擦うわずった声。

 そっぽを向いた朱羽の表情は伺い知れないが……細い指先で絶えずいじられ続ける絹髪は、もだえるようにその身をよじっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る