共振と追跡⑨
湿った
いっとう踏み
鎖の付いた
釣瓶で井戸から水を汲み上げ、別の桶へと移す——淡々と単純で退屈な作業の繰り返し。
その中で取り留めのない思考を
『あんたが手柄を上げるせっかくの機会だったじゃん。あたしなんか
脳裏に浮かぶ朱羽の言葉。勝手に
お前の言う通りだ、本当に馬鹿だよ。
あのとき、
蒼羅は『
利害の一致から始まった朱羽との薄っぺらい協力関係は解消され、手柄も上げられて一石二鳥。彼女よりマシな別の相棒を
そうして出世街道を歩んでいけば、やがては幕府中枢へ食い込み、『あの日』の真実に——『
選択を後悔していない、と言えば嘘になる。
衝動的な行動を
馬鹿な真似だと自嘲していない、と言えば嘘になる。
——だけど。
首を横に振り、思考に
——それでも。
肺一杯まで息を吸い込み、喉奥を
——だとしても。
「俺は、自分が正しいと思ったものを信じていたいんだ」
朱羽に人は殺せないと思った。
そんな彼女を悪者に仕立て上げるのは、間違っていると思った。
だからこそ依智と狒々愧に敵対し、龍親の説得を試みた。そしてそれが叶わなかったから、朱羽を連れて逃げた。
後悔も反省もあれど、蒼羅は自分の選択が誤っているとは思っていない。間違っていたと思いたくはない。
あのとき見捨ててしまったら、きっといつまでも後悔を引き
空を
そのうえ
普段の
無論、今までの彼女が薄っぺらな
己に対する
勝気な笑みを浮かべ、
強く
だが今はただ力なく倒れ、その
今の朱羽には味方が必要だ。誰かひとりでも、彼女を信じて支える人間がいなければいけない。
——誰一人としていないというのなら、俺が味方を張ってやる。
お
――お前がそんな
「!」
不意に、近付いてくる足音に気付いた。鎖を巻き上げる手を止める。
一歩、二歩、土を
蒼羅は自然と全身の感覚を
この足音と歩幅の間隔は—―脳内に眠る記憶を引っ張り出し、高速で検分する。
やがてその正体に
……まさかあの男に、今この場所で
「何の用だよ」
自らの不運を冗談めかして呪いつつ、振り返らずに低い声を投げる。返答は
「
「分からないし、分かりたくないから訊いてんだよ」
背後に立つ男は特に驚く様子も無く、おどけた調子で言ってのける。
「
目当ての
「くはは、んなこたァ知ってるっつの。俺はおめぇに用があるんだ」
その言葉にわずかな驚きを覚えながら、蒼羅は背後の猛獣を回れ右して帰らせることを
「だから何の用だよ……」
人影を睨み付け、蒼羅は
灰を
古傷まみれの隆々とした上半身を包むのは、
元『
凶暴、
「こんな
声の調子を落とし語気を強めた蒼羅は、背を向けて水汲み作業を再開する。
明らかな
「俺だって好きでここに来たわけじゃねェ。後始末なんて
「……後始末?」
意味を
「死にかけの女を殺したところで、楽しくもなんともねぇからなァ?」
「ッ!!」
コイツは朱羽を殺す気だ。思わず噛み締めた歯がぎりッ、と
「おめぇと少し
「——行かせるかよ」
白々しい調子で手を振って
桶を後ろ手に井戸の中に放り投げ、構える蒼羅。振り返ってそれを目にした琥轍の唇が
己が獲物へと向き直ると、掌を上に向けて挑発的に手招く。
「くはッ。良いねェ……来いよ、おめぇのお姫様を
蒼羅が突き刺すように放つのは、
琥轍の身から
冷却。過熱。睨み合う二人の周りで流動する空気が、
放られた桶が井戸の中へ落ちていく。釣瓶の滑車が回り、巻き上げられる鎖がぎりぎりと
滑車の回転速度が上がる度に、
鎖がざらついた金属音を上げる度に、
二人の身から放たれる闘気と殺気に
枝葉を震わす風すら止み、訪れる束の間の
限界まで圧縮された空気は、それを解放するための引き金を欲していた。
その
釣瓶桶が水面にぶつかり
土を
拳と拳がかち合い、
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