九章 雷神と狂獣
雷神と狂獣①
「――おおおおおッ!!」
白地の
墨を塗ったようなクマのある顔を苦痛に
「――くははははッ!!」
頬に刻まれた二条の傷をよじらせて狂笑を浮かべながら、
闘気と殺気で
二人がそれぞれ繰り出す技は全く真逆の性質ながら、どこか似通っていた。
――受け、止め、弾き、護る。
――突き、刺し、穿ち、殺す。
現在の『
現将軍家による天下統一後。人々が待ち望んだ平穏な世にあっても、
だがその鎮圧のために武力や暴力を用いるのは、数え切れぬほどの屍山血河を築き上げた戦国の世の再現でしかない。故に相手の攻撃を受け流して動きを封じることに重きを置いた、護身と無力化のための格闘術が生み出された。
しかし旧式軍隊格闘術は、戦国の世で生み出され扱われた代物だ。そこに護身や無力化という甘えは存在しない。
その本質は、
ただそれ一点のみに究極化された、徹底的に相手を破壊するための——
理論化された暴力である。
対極する二つはさながら
故事に伝わる
ぶつかり合う肉弾、連鎖する打撃音、一進一退の攻防。
制式格闘術は、あくまでも護身のためのもの。相手の力を受け止め受け流す
足りない破壊力を補うために組み込もうとしていた我流拳法は、しかし相手の攻勢の前に封じられていた。
相手の無力化ではなく、殺害を目的とした攻撃的な体術。
そこに琥轍の破壊意志が乗った
互角に見えて、わずか劣勢。この
表情に
「おらァ、どォしたッ! そんなもんかァ!?」
「ご、は……ッ!!」
数十合の打ち合いの果て、
返答の代わりに
「くっはは……せっかく小細工なしで遊んでやってんだ、もっと愉しませろよォ!!」
全身の痛みに怯んでいる暇も無い。愉悦を含んだ
今の琥轍は己の得物——回転式拳銃を用いていない。
故に徒手の勝負なら
以前に相対した銃技と格闘技の合わせ技は、彼にとってはただの余興、お遊びだったらしい。そんな小細工を
力が——琥轍の攻勢さえ打ち破り、ねじ伏せるための力が要る。
ひらりはらりと降る
『決して人前で“力”を使っては駄目』
瞬間、待ったを掛けるように母の最期の言葉が蘇る。
思案と苦悩の果てに、蒼羅はそれを否定するようにかぶりを振った。
出し惜しみをしている場合じゃない、そんな甘い考えで倒せる相手ではない。
この状況を打破するためには、“この手”しかない――覚悟を決めろ、俺。
哄笑と共に距離を詰めてくる琥轍。
蒼羅は黒手袋を取り去った右手を振り上げると、握り込んだ拳を地面へ
――瞬間、周囲に放たれたのは蒼光。
周囲の
予想だにしない一撃に、琥轍も思わず目を
突如として放たれた蒼光の正体——それは雷電。
十数条もの複雑な軌道の光線が絡まり合い、結界めいて周囲を一瞬のうちに駆け巡ったのだ。
驚愕に染め上げられていた琥轍の目には、蒼羅の右手―
雲もない
しかし、意図的にそれを生み出す超常の『異能』を操る者たちがいた。日の目を見ることのない歴史の暗部に、確かに存在していた。
『地に堕ちた神』や『神の落とし子』と
「……お前、堕神の人間か。てっきり五年前に滅んだとばかり思ってたが」
しばし
「なにがおかしいんだよ」
「そうかそうか、お前と『
蒼羅の
「まぁいい、そんな
「お前と遊んでいる暇はない。これで決めさせてもらうッ」
姿勢を低め
間合いが接触、始まる打ち合い、拳打の応酬。
琥轍の正拳を受け流しながら背後を取った蒼羅は、彼のうなじ目掛けて右の手刀を叩き込んだ。
瞬間、手に
響く確かな
常人ならば、即刻気絶するほどの電圧を一気に流し込んだ。流石の琥轍も——
「あァ?」
——ひどく
気絶どころか意に介してもいない彼に、蒼羅は目を疑った。
浮 遊 感 。
驚愕の声を置き去りに、蒼羅の身体は大きく吹き飛ばされていた。
回り巡る景色の中で、裏拳を放ったまま残心する琥轍が見えたのも束の間。地面に
「おい、なんだァ? ……今の
向こうから苛立たしげな声が聞こえた。
手を突いて立ち上がり、口の中に入った
「温い、だと? 普通なら間違いなく気絶するはずだ」
琥轍の身に起きた明らかな異常に、蒼羅は顔を
雷は一度落ちれば大地に穴を空け、田畑を焼き、木々を薙ぎ倒すほどの凄まじい威力を誇る。それこそ人の身で受ければ命の保証は無い。
蒼羅の操る雷電の威力は、やはり自然の雷には劣る。
しかしそれでも、常人がまともに受ければ気絶は
「くは、あの程度で俺が気ィ失うわけねェだろ。……もっと強く打って来いよ」
「そんなことしたら死ぬぞ、お前」
「あァ、だからそう言ってんだ。殺す気で来い――じゃなきゃお前に俺は倒せねェ!!」
駆けた琥轍は、間合いが交わる一歩手前で跳んだ。
助走に加え、跳躍の勢いまで乗せて打ち下ろされる拳。蒼羅は半身になりながら左の掌底を叩きつけて背後へいなす。
真後ろで
振り向きざまに脇腹を殴り付け、次いで来る左拳に
数歩下がる琥轍。口から漏れたくぐもった苦鳴は、間もなく
「なにを
琥轍は笑みを浮かべたまま両手を広げてみせる。 体当たりの瞬間に右肘を
「俺の力は誰かを護るためのものだ。殺すためじゃない!!」
痛みに顔を歪める蒼羅に、
「野暮が。そんな
その言葉を
顔を上げた瞬間、見えたのは
直感的に後ろへ跳ぶと、鼻先を靴裏が
「
苛烈な攻勢を間一髪のところで捌きながら、蒼羅はその言葉に顔を歪めた。
両者全く同時に放った上段回し蹴りが
――復讐のためだけに剣の腕を磨いて、一族郎党を皆殺しにした女だぞ。
――後悔するでしょうね、その女を助けたこと。
格闘の最中に生まれた間隙、わずか一瞬の『
「だとしても俺は、誰かを護るためにそれを使う。力の使い道は俺が決める」
覚悟を込め
「……
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