傷と過去②
「なにやってんの全く……」
「悪かったって」
「あたしのことバカにした
言葉を交わす間にも、
その手際の良さに関心していると、朱羽は背中側に包帯を巻き付けるため、布団の上に座っている
肩の上に顎を乗せるようにして、背中を
まるで抱きつくような格好と不意に近くなる距離に、思わず少し仰け反る。
「ちょっと、動かないでよ」
「……悪い」
「?」
耳元に
蒼羅は
「これ、お前がやったのか?」
「止血と応急手当だけね、医者を呼ぶお金も時間も無かったし。身体の中に入った
淡々とした返答を聞きながら、己に
いや待てよ、と違和感を覚える。
包帯にしては
それに、肌触りはまるで
そこまで考えて、はっとした様子で顔を上げる。
蒼羅の視線から疑問を察したのか、朱羽は苦笑とともに口を開いた。
「そう。あたしの着物。
「いや、そうじゃなくて……」
「気にしなくていいって。
いつになく真剣な様子で、こちらの目を真っ直ぐ
なんだか
「……ありがとうな」
朱羽の日頃の行いを
感謝を述べて笑む蒼羅に、朱羽は小さく鼻を鳴らして視線を逸らした。
「別に。目の前で死なれるのが嫌だっただけ。……次に死にかけるときは、あたしの目の届かないところでやって」
相変わらず冷たい調子の言葉に苦笑していると、朱羽は
「……申し訳ないなー、とか思ってるなら、後で新しいの買ってよ。それより上物のやつね」
「冗談よせよ。今の俺にそんな余裕あると思うか?」
蒼羅の身体に巻かれた包帯―になった自分の着物―を指差す朱羽。思わず
「冗談に決まってるでしょ。そんな余裕なさそうだから言ったの」
「お前ほんと嫌な奴だな」
「それはどうも」
呆れがちな半眼で睨み付ける蒼羅に、朱羽は得意そうに笑い返す。
「でもこれは貸しにしとくから。後でちゃんと返してよ」
「あぁ、分かったよ。この借りは必ず返す」
「絶対だからね。……はい、終わり。また傷が開くと面倒だから、安静にしてて」
朱羽による手当が終わり、不意に会話が途切れた。
不自然な沈黙が場に
「……………………なぁ」
「……………………ねぇ」
重くぎこちない空気に耐えかねて、二人が口を開いたのは同時だった。
共に言葉に詰まり、妙な間が生まれる。蒼羅が顎で指して続きを
「……その、
切り出された話題に、蒼羅の脳裏にはこうして安静を余儀なくされている原因となった出来事が
訓練兵時代の恩師、
彼が最後に目撃されたという廃寺へ向かった蒼羅と朱羽は、そこで浪人たちの待ち伏せを食らう。
結果としてそれは、
「あんたをここに運び込んで、手当を少し手伝ってもらった後、祟木さんには
言葉を
視線の先にあるのは
「あの人には悪いことした。それに、あんたにもひどいこと言った……ごめんなさい」
「……俺も、感情的になって悪かった」
やがて向き直って頭を下げる朱羽に、蒼羅も目を伏せる。
崇木の無罪を主張する蒼羅と、犯行を疑う朱羽の間で意見が衝突したとき。
恩師を
朱羽はまだなにか言いたげに口を開くが、しかし言いよどむ。
「なんだよ?」
その反応が気になって問い掛けると、珍しく朱羽は人目を
「見たの……あんたの身体」
「……あぁ、“これ”か?」
朱羽が気まずそうにするその理由に得心行った蒼羅は、着物の左袖から腕を抜く。
腕の筋肉を模したような流線型をしたそれは―どういうカラクリなのか―健常な人間と
元は滑らかであったろうその表面は、
朱羽にこれを見られたと知っても、蒼羅は驚きも焦りもしていなかった。
目覚めた瞬間から予想はしていた。これだけの手当てをしたのだから、バレないはずがない。
手足、と言っていたから、同じように
罪悪感に
蒼羅はその意思を
「昔、家に入って来た強盗に斬られたんだ。すんでのところで姉ちゃんが助けてくれたから、もう片方の腕と命までは取られなかったけど……もし間に合ってなかったらと思うとぞっとするよ」
蒼羅は義肢から目を離して天井を
「いや、むしろその方が良かったのかもしれないな」
「……ごめん、辛いこと思い出させた」
朱羽はどこかよそよそしい視線を向けてくる。それは気遣うような、おもんぱかるような、同情気味の
視線を受けながら、蒼羅はもどかしそうに眉根を寄せた。
朱羽が向けてくる感情が気に入らないからではない。そういう目で見られることには慣れている。
彼がもどかしく思っているのは、普段の朱羽らしからぬ、ひどく
「これをおおっぴらにして歩くのは
蒼羅は己の左手―機械の五指をしばらく眺めた後、それを強く握り込んだ。
「でもこれは、俺にとっての希望なんだ。立ち上がる力すら失った俺に、その力と生きる意味をくれた大切なものなんだ。……だから、そんな顔で見ないでくれよ」
「そう……だよね。分かった」
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