第7話 隣国への旅行(夜)



 あれはまだ幼馴染だった時の話。

 俺はずっとあいつのことが好きだったわけではない。あいつ以外の人を好きになったことだってあるんだ。例えば、そう、

 俺が中学3年生の時とかな。

 今思えば、あれが本当の恋だった気がする。修学旅行でたまたま同じ班になって、それから俺は、あの人しか見ていなかった。あの人の笑顔が眩しくて、ずっと見ていたくて、俺は中学3年生を1年捨てた。友人関係、勉強、趣味、すべてあの人のために俺は捨てた。それだけ覚悟だった。

 俺が全てを捧げた初恋の女の子の名は、


 涼本愛梨


 黒髪ポニーテールの可愛い人だった。足が速くて、負けず嫌いな女の子。体育祭のリレーの第一走者で1位で第二走者にバトンを繋げなかっただけで悔し涙を流していた。俺は、その涙を今でも忘れない。それだけ印象的だった。

 しかし、俺の初恋は実らなかった。

 いや、実るはずがなかった。


 幼馴染が裏で糸を引いていたもんだから


 陽キャのあいつは、その立場を利用して、俺のありもしない悪い噂を涼本に言っていた。だから、俺が卒業式に告白した時に涼本はこう言ったんだ。


「女を弄んでる人とは付き合えないかな」


 俺は当時、彼女なんていなかった。女友達ですら、少なかった。なのに、なんでそんな理由で振られたのか。理解出来なかった。それを知ったのはあいつと別れる時。自分から告発してきやがった。その時、多分俺は人生で1番キレたと思う。


「てめえふざけんなよ!俺がどんだけ涼本のことを想ってたと思ってんだ!あぁ!?俺がどんな思いであの1年捨てたと思ってんだよ!俺のあの1年はなんだったんだておい!泣いてんじゃねえよ!泣きてぇのはこっちだわ!あの1年返せや!おい!おいなんか言えや!」


 それだけは、今でも許しはしない。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 観光を終えた俺は、宿に戻り、飯を食って、自分の部屋でダラダラと過ごしていた。ちなみに、クソ姫は隣の部屋。

「柄にもなく昔のことを思い出しちまった」

 昔のこととは、あいつと付き合っていた時のこと。思い出したくもない思い出だけど、シンクの汚れのように、こびりついて、なかなか取れない。

「あいつはもう忘れてんのかな…」

 首にぶら下がった、姫と連絡を取れる、水晶のような球体型の魔道具を指でいじりながら俺は呟いた。やっぱ俺には未練というものがあるのかもしれない。

「未練と言えば、涼本だよなぁ」

 涼本愛梨。俺の初恋の相手。幼馴染に邪魔された、俺の大切な人。

「日本で幸せに暮らしてんのかなぁ」

 修学旅行でもんじゃ焼きを食って、美味しいと言って笑った涼本。俺はあの笑顔に一目惚れしたんだったな。もんじゃ焼きってのがなんか引っかかるけど。

「……ちっ」

 その笑顔は、幼馴染によってだんだん見せなくなっていってしまったんだ。恨んでも恨みきれないな。あれだけは、謝罪してくれないと気がすまねぇな。

 突然、魔道具が光り始める。姫からの連絡だ。

「何か用か?」

 俺はぶっきらぼうに言い放つ。すると、クソ姫も感情のこもってない声で返してくる。

「…ちょっと来て。言いたい事がある」

「んだよ。ここでいいだろ?さっさと言え」

 するとクソ姫が真面目な声で言ってきた。

「いや。ちゃんと顔みて伝えたいから。それじゃ」

 それだけ言って、魔道具の光が消えていった。

「ちっ、なんだよあのクソ姫」

 俺は重い腰を起こして、自分の部屋を出る。そして、隣にあるクソ姫のドアをノックした。すると、すぐにドアが開き、クソ姫の不機嫌な顔と目が合った。

「なんの用だよ」

「とりあえず入って」

 そう言うと、俺の手を引いて部屋に引き込み、ドアを閉めた。

「そこに座って」

 淡々と言うクソ姫が指を指した椅子に、俺はどかっと座る。それに続いて、クソ姫も対面の椅子に腰掛けた。

「んで、話ってなんだよ」

 俺が不機嫌にそう言い放つと、クソ姫は急にモジモジし始めた。

「……ちっ、俺は今機嫌が悪いんだよ。早くしねえと帰るぞ」

「わ、分かった!ちゃんと言うから帰らないで!」

 クソ姫は両手を前に出し、ストップというようなポーズをする。やがて、クソ姫は腕を下ろし、顔を上げる。その顔は、今まで見たことないくらい、真剣な顔をしていた。

 そして、姫は話し始めた。

「あの時、いや中3の頃、覚えてる?」

「忘れるわけねえだろ。それがどうした」

 俺はさらに不機嫌にして言う。自分から言い出すかよこいつ。

「そうだよね。忘れるわけないよね。私があんたの初恋、邪魔しちゃったんだよね…」

「あの時のてめえの神経はどうかしてたな」

 確か理由は俺を取られたくなかったからだっけ。自分勝手にも程がある。

 するとクソ姫が立ち上がり、椅子から1歩、横にずれ、床に座った。

 そして、急に姫が土下座して、謝罪をした。

「あの時は、本当にすいませんでした」

 俺は、急に土下座して謝りだしたクソ姫に、内心驚きつつ、クソ姫を黙って見下す。

「謝ったら戻ってやり直せるわけでもないし、謝って済む問題でもないし、許してもらえるとも思ってないけど、これだけは言わせてください。本当に本当にすいませんでした」

 姫は心底反省しているようで、ずーっと頭を下げている。俺はそんな様子のお嬢様に言った。

「……確かに俺はあの時のお前の言動を許す気はない。ないけど、あの時のお前の言動に気づかなかった俺も悪かったと思っている」

 そこで初めて姫が顔を上げて言った。

「そんなことな」

 しかし、それは俺に遮られる。

「そんなことないってか?俺はずーっとお前の隣にいたんだぞ?あの時の俺は、涼本しか見えていなかった。あの時の俺がもう少しだけ周りが見えてたら、お前のことなんてすぐに気づけたはずだった。だから、幼馴染なのに、1番近くにいたのに、お前に見向きもせずに、気づけなかった俺にも非があるんだよ。だから、顔を上げろ」

 それを聞いたかつての幼馴染はしばらくの間、固まっていたが、やがて泣きながら俺に抱きついてきた。

「ちょっ!お前抱きつくな!」

「あんたはお人好しが過ぎるのよぉ!そんなんだから好きになっちゃうんじゃない!ばかぁ!」

「ちょっ、分かったから離せ!」

「やだぁ!離さない!うぅ…」

 子供のように俺に抱きついて泣く姫。

「ったく。お前は昔から変わんねえな」

 俺は泣き続ける姫の頭を撫でてやる。こいつは昔からこうしてやると泣き止むんだったな。

「えへへ、ありがと唯斗」

 ほらな。こいつは昔から変わらねえからな。そして、俺はこんな時には、毎回そろって、こう言ってやるんだったな。



「いいってことよ」



 俺は昔の頃を思い出し、ふっと笑う。


 それを見た姫も、くすりと笑った





 ────ふわぁあぁぁーー!ゆーくん!




 ────うおっ!おまえきゅうにだきつくなよ!




 ────だってぇ!すなのたわーがたおれちゃったんだもん!ふわぁあぁー!




 ────そんだけでなくなよー!まったく、あーちゃんはおれがいないとだめだなぁ。よしよし。これでなきやめあーちゃん。





 ────えへへっ、ゆーくんありがと!だいすき!





 ────へへっ!いいってことよ!






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