第4話 夜空


 あれはまだ幼馴染だった時の話。

 林間学校、というものが存在するのはご存知だろう。幼馴染の時というもんだから中学と高校で1回ずつあるのだが、今回は中学の頃のお話である。

 俺は星が好きだった。夜空に数え切れないほどの光が散らばっている光景がとても綺麗で幻想的だった。俺は林間学校でそれだけを楽しみにしていた。飯盒炊飯はんごうすいはんやらキャンプファイヤーとやらが終わり、宿に帰ってきた。みんなはきっとメインイベントが終わったと思っているが、俺にとってはこれからがメインだった。みんなが寝静まり、先生の見回りが来なくなったのを見逆らい、俺は布団から出る。そしてこっそりと部屋から抜け出し、俺は外に出た。山の夜は少し肌寒いので上着を羽織って入口の柱にもたれ掛かる。そして空を見上げると、そこには満天の星空が広がっていた。俺はこれが見たかった。むしろそれ以外ここに来る意味がない、とまで思っていた。俺が星空を見上げ、感慨深い気持ちになっているとふと、後ろから声が聞こえた。

「こんなところで何してるの?」

 聞き慣れた少し高い声。後ろを振り返ると俺の幼馴染がそこにはいた。

「いや、ちょっと星が見たくてさ。すぐ戻るよ」

「ふーん。実は私も星、好きなんだ」

 そう言うと綾華は俺の隣にきた。

「そ、そうなのか。初めて知ったわ」

 俺は、突然現れた綾華にドキドキしながら答えた。

「まぁ言ってなかったからね〜。うわぁ〜!満天の星空!綺麗だね!」

 そう言って空を見上げる綾華。俺は星空そっちのけで幼馴染の横顔に見惚れてしまった。

「お、おう。そうだな」

 しばらく俺達は肩を並べ、無言で星空を眺めていた。

「うぅ〜ちょっと肌寒いね」

 綾華が肩を震わせてそう言った。俺は着ていた上着を脱ぎ、綾華の肩に掛けた。綾華は驚いた顔をしていたが、やがてふふっと笑った。

「ありがとね、唯斗」

 そしてまた星空を見上げて口を開く綾華。

「私、女友達はいっぱいいるんだけど、気軽に話せる男の子が唯斗しかいないんだよね。はぁ〜いつか私を守ってくれる男の子が欲しいなぁ」

 そう言って寂しそうに星空を眺める綾華。そんな綾華を見て、無意識に俺は言った。

「…俺が守るよ」

「えっ?」

 綾華は少し頬を赤くさせた。

「幼馴染としてな」

 それを聞いた綾華はキョトンとしていたが、やがて嬉しそうに微笑んだ。

「…んじゃあよろしくね、唯斗」

「ああ、任せろ」

 そして俺たちは宿の方に体を向け、肩を並べて部屋に戻った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 お風呂から上がったクソ姫は部屋のソファーでくつろいでいた。

「ねぇ」

「あぁ?」

「お腹空いた」

 俺は肩を竦める。

「…はぁ。太るぞ王女様」

「それは女性に対してのタブーだよ?知ってる?」

「そうかそうか悪かった!その貧相な胸を大きくしなきゃいけないもんな!タブーだったな」

「なんですと!?」

 そう言ってクソ姫はソファーから勢いよく立ち上がる。うわぁこっちに来るよ。来んな来んな。俺がシッシッと手を振っていると、クソ姫は何を思ったのかその手を取り、その手を自分の胸に押し当てた。

「………何してんのお前」

 尋ねると顔を少し赤くして俯いているクソ姫が言った。

「……前よりは大きくなったでしょ?」

 元カレになんつーこと聞いてんだよこのバカ姫は。俺の手にはしっかりとその柔らかい感触があり、むにっと胸に食いこんでいる。

「……そうかもな」

 …………。

 ほれみろ気まずい雰囲気になってんじゃねえか!!2人して無言になっている中、先に口を開いたのはクソ姫だった。

「ね、ねえ!そ、その…久しぶりに星でも見ない?」

 星か。日本にいた時は好きだったなぁ。そう誘うってことは、ここでも星が見れたりするのか。

「お、おうそうだな。お前、星好きだったもんな」

 そう言うと窓を開け、部屋のバルコニーに出る。先にクソ姫が出て、俺はそのあと窓を閉め、クソ姫の方へ歩く。

「ここの星も綺麗だね。日本にいた頃を思い出すよ」

 俺は、手すりにもたれて星空を眺めているクソ姫の隣に立ち、同じように手すりにもたれ掛かる。

「……懐かしいな」

 俺は星空を眺めるクソ姫を見る。あの時のような黒髪を後ろで束ね、寝巻き姿の綾華ではなく、肩下まで伸びた金色の髪に、王女にふさわしい高価なドレスを着ているクソ姫。あの時とは違う横顔を俺は見ていた。

「……覚えてるか。中2の初夏」

 俺は思わず呟いた。そんな俺の呟きにクソ姫が反応した。

「……覚えてるわよ。むしろ、忘れたくても忘れられないわね。皮肉なことにね」

 そう言ってふふっと笑うクソ姫。俺はクソ姫の横顔から目を外し、星空を眺めながら、あの時とは少し異なるセリフを言った。

「俺が守るよ、として」

 それを聞いたクソ姫は、何をとも、誰をとも聞かずに微笑みながら言った。

「あんたじゃちょっと頼りないわね」

「んだと?俺がそんなに頼りない男に見えるか」

「助けようとして一緒に死んだのは誰でしたっけ?」

「………俺ですね…」

 むしろここにいること自体が、俺が守れなかった事実になってしまう。俺が肩を落としていると、クソ姫は勝ったと言わんばかりにふふんと鼻を鳴らした。そしてまた嬉しそうに口を綻ばせて言った。

「…んじゃあよろしくね、頼りない側近」

「っ!ちっ、任せてくださいお嬢様」

「ふふっ、よろしい」

 そう言って俺たちは部屋へと歩く。俺が先に窓を開け、クソ姫が先に部屋に入る。俺はもう一度だけ、夜空を見上げ、部屋に戻った。

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