〜第三章〜
冬休み、三学期が終わり春休みに入る。三学期はうちの高校の授業進度が早い故。自習が多かった。部活が高体連に近いということもあって、自習には真面目に取り組む。後で勉強に追われるのは面倒だからだ。その甲斐あってか。三学期中にあった志望校判定模試はB判定まで上がった。
そして春休み。今日は部活は休みだ。休みの日は基本ゲームや勉強をしている。適度に休みがあるので勉強が疎かになることはない。俺は、机に座って古文単語を覚えていた。すると扉をノックする音と、その直後に扉が開く音がした。今日は親父も優子さんも仕事であることは知ってるので純恋さんであることはすぐに分かった。
「ねぇねぇ、今どうせ暇でしょ?」
「まぁどっちかというと暇ですが。」
「テニスしに行こうよ!」
そういえばクリスマスの時、テニスに行く約束をした。流石にそんな約束を破るほど俺はひねくれてないし、インターハイ出場者の実力も見てみたい。
「いいですよ。」
俺は普通に承諾した。
「やったぁ!じゃあ準備してくるね!」
そう言って純恋さんは部屋を出る。そして俺も単語帳を閉じて服を着替える。汗をかくかもしれないのでタオルと替えの半そで半ズボン、そして大きめの水筒をラケットバッグに入れる。しかしよくよく考えると純恋さんはラケットを持ってない気がした。俺ん家に荷物を運ぶ時、それらしきものはなかった。いったいどうするつもりなのか、でもあの人はああ見えて計画性がある。きっと俺のを借りるかほかのアイデアがあるのだろう。半袖半ズボンの上に自分の名字の刺繍が入ってる長袖長ズボンを着て、ラケットバッグを背負って玄関に向かう。するとそこには純恋さんがいた。あまり外見からは運動部というのは想像しずらかったが、見てみるとそんなに違和感はなかった。長袖長ズボン、そして左腕のところには純恋さんの旧姓の刺繍がされていた。そしてなんと背中にラケットバッグを背負っていたのだ。
「ラケットバッグあったんですね。」
「え?だって荷物運びの時に運んでくれたじゃん。あれ、圭介さんだったかな?」
多分親父で間違いない。だって俺はあなたの教科書見てましたから。
「たぶん、そうだと思います。」
「そっか!じゃあ行こ!」
俺たちは家を出る。外はよく晴れていて絶好のテニス日和だ。気温も長袖長ズボンが少し暑いが全然不快ではなかった。二人でテニスに行ったことないから少し新鮮な感覚だ。そして距離が近い。少し暑苦しい。
「どこのコート行くの?」
「二駅行った後歩いて五分ぐらいのとこです。」
「あー、あそこね!私高校の時よく行ってたんだ、やっぱオムニコートいいよね!」
「そうですね。というか暑いです。少し離れてください。」
「じゃあ脱げばいいじゃん。」
冷静に返される。優先順位が普通に違う。
「脱ぐのめんどくさいので。」
「離れるのめんどくさいので。」
なんか言い方までまねされた感じがした。俺は少し横にずれる。
「あー、離れた!」
すぐ俺の近くに寄ってくる。
「もう、デートじゃないんですよ。」
「これはスキンシップだから。」
「はぁ、分かりましたよ。」
ため息交じりに言う。もうこれ以上は言わないようにした。
「なんだかんだ言って、わがまま聞いてくれるようになったね!」
褒められてるのか馬鹿にしてるのかわからない。でもなんか遊ばれてるかがした。
「仕方なく聞いてあげてるんですけどね。」
皮肉を込めて言う。
「またまた、クリスマスの時とか、まんざらでもない顔してたくせにー。」
ニヤニヤしながら言う。否定はできない。返す言葉を考える。
「過去のことは、どうでもいいんです。」
「あれあれ?否定しないってことはほんとは嬉しかったんでしょ?」
指で俺の方をツンツンしてくる。嬉しいか嬉しくないかは正直どっちとも言えない。というより感謝してるって表現が一番正しいかもしれない。
「それは、分からないです。」
「もぉ、素直じゃないなぁ。こんなに可愛い子とデートして更には手もつないで嬉しくないわけないでしょ?」
さっきよりもニヤけながら言う。可愛いは認めるが、手をつないだんじゃなくて一方的に握られただけだ。
「手は、一方的に握られただけです。」
「待ってたんでしょ?]
「都合よく解釈しすぎです。」
「えへへ、それほどでも。」
「褒めてません。」
しばらく歩いて俺たちは駅に着く。改札にICカードをかざして改札をくぐる。そして乗り場へと移動する。時間帯が時間帯なので人はそこまで多くない。
「ねぇ、ここでいいの?」
「はい、よく行くので曜日ごとの時間も全部把握してます。」
小学校から電車で行ってたので、大体の時間は覚えている。
「流石、記憶力いいね!」
「ありがとうございます。」
そしてすぐに電車が来たのでそれに乗る。女子と一対一で乗ったことはないので少し緊張する。二駅で、たまたま快速だったのですぐについた。車内にいる間なぜかかなり視線を感じた。乗り場から改札口へ向かう。そしてICカードをかざし改札を通過する。なんか別世界へ踏み込んだような感覚だ。テニスコートはここから近く普通に肉眼で見えるくらいの距離だ。
「めっちゃ懐かしい!現役時代に戻った気分!」
大きな瞳をさらに見開く。
「早く行って打とうよ!」
そして俺の手を引いて走り出す。なんだかテニスを始めたばかりのころを思い出す。
「そんなに急がなくてもいいと思いますよ。」
多分純恋さんには聞こえてない。よっぽど楽しみなんだろう。純恋さんのペースに合わせて走ってコートに着く。そして受付のところに行くが、やけに人が多かった。俺は受付の人に声をかける。
「テニスコート開いてますか?」
「あと三十分しないと開かないね。」
「じゃあその時間に予約しておきます。」
「はい分かりました。」
そして料金を払って予約をする。学生証があれば少し安いのだが、忘れてしまったので俺も大人料金で払う。そして待ち時間俺たちはすぐ隣にある公園みたいなところで時間をつぶす。公園には何人かの親子が遊んでいた。意外にも少ないと感じた。
「ねぇ、ブランコ行こうよ!」
「いいですよ。」
公園に来るやいなや俺は半強制的にブランコに連れていかれる。でも俺は座ったまま特に何もしないつもりだった。というより何もできない。ブランコがこげないからだ。その隣で純恋さんはずっとブランコをこいで遊んでいる。よく気分が悪くならないものだ。すると彼女はブランコを止めた。
「ねぇ、どっちが高くこげるか勝負しようよ!」
「いえ、気分が悪くなるので。」
「えー、ノリが悪いなぁ。まさか、こげないから?」
少しニヤニヤしながら言う。図星だから何も言えない。
「い、いや打つ前に体調崩したらよくないので。」
「動揺してるのバレバレだよぉ、ほんとにこげないの?可愛い!」
事実だから反論の仕様がない。適当なこと言っても仕方ない。少し黙り込んでいると。
「ねぇねぇ、押してあげよっか?」
そう言うとブランコから降りて、俺の背後に行って、両端の鎖をつかんできた。
「いやいいですよ。酔いやすい体質ですし。」
「よちよち、ぶらんこがこげないんでちゅねー。」
急に頭を撫でられる。何も言えないのが悔しい。しかも逃げるようなこと言っても絶対拾われてしまう。
「子ども扱いしないでください。」
「そんなにおこらないでくだちゃいねぇー。」
「もう、帰りますよ?」
「あぁごめんなさいごめんなさい。」
意外に効いた。というよりあっけなかった。
「態度の変わり様、面白いですね。」
「むー、なによ!涼太くんのくせに生意気!」
「それはそっくりそのままお返しします。」
今のは俺の勝ちだった。というよりさっきの冗談なのに真に受ける純恋さんがなんか子供みたいで可愛らしかった。多分おそらく傍から見ればただいちゃついているカップルと思われてるはずだ。そう思うと急に恥ずかしくなってきてしまい、俺はブランコから立ち上がる。
「ほら、そろそろ行きますよ。」
「はーい!」
俺たちは受付に戻る。するとタイミングが良く、いま開いたばかりらしい。そして俺たちはコートに入る。やっぱりテニスコートに来るとテンションが上がる。センターベルトを外してネットを上げる。そのあとシューズに履き替えて軽くストレッチして、長ズボンだけ脱いでラケットとボールを取り出す。
「よし、じゃあ乱打しよ!」
純恋さんも、長袖半ズボンだった。足は思ってたよりも長く、白くてかなり綺麗だった。まるでアニメのヒロインみたいだった。見とれそうになったことに気付きすぐに視線を上げる。
「はい。」
そして俺たちはそれぞれ、コートのベースラインの少し後ろまで下がって。俺の球出しから乱打が始まる。最初は軽い打ち合いなのでそこまで実力はわからない。それから球をだんだん強く打っていく。そしてそれに合わせて純恋さんも強く打ってくる。この辺からミスが出始める。でもさすがのインターハイ出場者ってとこだった。球筋は安定してて打ちやすく落下点があまりばらつかない。俺の頭の中に少し試したい気持ちが出てきて、思いっきり打って打ち負かせてやろうという考えがよぎる。俺は帰ってきた球を思いっきり全身を使って打った。俺の戦術はパワーで押し切る系のタイプだからボールのスピードと重さには自信がある。案の定純恋さんは打ち負けて、ボールはネットにかかる。大人げないとわかっていてもなんかスカッとした。そして俺はポケットに入れていたボールを取り出して、それを打つ。すると純恋さんはそれを打ち返しながら
「ねぇ、久々なんだから少し手加減してよー!」
と言う。何だかおもしろくなってきたのでもう一度同じように打つ。そしてまた打ち負けてネットにかかる。純恋さんはネットにかかったボールを拾いに行く。ネットのボールを拾うと、純恋さんはほっぺを膨らませて俺のほうを見る。
「もぉ、女の子相手に思いっきり打たない!押されるにきまってるでしょ!」
「僕からすれば大人ですけどね。」
「細かいことは気にしないの!」
俺は一瞬なんて言おうか迷う。
「結構大事ですよ。」
「むー。じゃあシングルスで勝負ね。乱打対決は勝てるわけないから。」
純恋さんが勝負を仕掛けてきた。
「いいですよ。」
考える間もなく即答した。むしろこっちがしたいくらいだったかもしれない。
「よし、じゃあ負けたら一個私の言うこと聞いて。その代わり私が負けたら涼太くんのお願い一個聞いてあげる。どう?」
少し考える。多分負けたら恋人つなぎで帰ろうとかそういうことを言ってくるのはもうわかってる。いくら数年ぶりと言ってもインターハイ出場者だし、乱打である程度取り戻している。でも結局迷った末、試合したい欲が勝る。勝てばいいのだから。
「わかりました。」
「交渉成立だね!じゃあ始めよっか、こてんぱんにしてあげるね!」
「それは、どうでしょう。やってみないとわかりませんよ。」
遊び感覚で来てたのにいつの間にか熱くなる。少し風が吹いてきてネットが俺の方へなびく。サーブレシーブを決めてゲームを始める。今回は7ゲームマッチ、つまり4ゲーム先取だ。割とあっさり勝てるかもと思っていた自分がどこかにいたが結局ファイナルゲームまで持ち込んでしまって、ギリギリのところで勝てた。
「あぁもう、あと少しだったのにー!」
ベンチに座ってわずかに息を切らしている純恋さんが嘆く。正直かなり危なかった。今までしてきた相手の中では普通にトップクラスに入る。これで数年ぶりとは恐ろしいものだ。
「まぁ、ブランクがあるので仕方ないですね。」
俺も少し息が切れていた。シングルスは動く距離がダブルスに比べ全然あるので普通に疲れる。俺は水筒のお茶を少し飲む。試合後に飲んだ時のように美味しかった。
「もぉ悔しい!」
「大丈夫ですよ、全然強かったです。」
「なんか、上から目線でむかつくー。」
不満そうな顔の中に悔しさがにじみ出てた。
「そんなことないですよ。」
「ほんとかなー?まぁいいや。それで、何してほしいの?」
すっかり忘れてた。正直今これと言ってしてほしいことはない。負けた時のことを考えすぎて、勝った時のこと考えてなかったっていうのもある。
「それなんですけど、また今度お願いします。」
「はぁ、なにそれ?」
なぜか少し不満そうだ。そこは普通喜ぶところのはずだ。
「いま特にしてほしいことないんですよね。」
とりあえず今は試合が楽しかったからいいやって感じだった。
「ふーん、まぁいいや。ていうかもう一回やろ!」
「もう少し休憩します。」
「ダメダメ、時間が無くなる!ほら、早く準備して!」
俺の腕を引っ張る。時間と言ってもまだ一時間ある。多分勝つか時間が無くなるまでやらされる。意外にも負けず嫌いだったのか。でもまだ体力的にも余裕はある。さっきと同じようにすれば勝てると思った。
「わかりましたよ。」
「次こそは勝つからね!」
次はサーブレシーブを逆にして始めた。すると今度は緩いボールで決めに来るのではなく、とにかく振り回してきたのだ。俺が体力がそんなにないということを見抜かれてしまったようだ。結果、またファイナルまで行って、負けてしまった。完全に戦略で上回られた
「どうだ?参ったか?」
純恋さんは、どや顔で俺の横に座ってきて水分補給する。さっきと比べて少し息が切れていた。それに対して俺は相当動いたので、かなり息が切れている。汗も結構かいていて暑い。
「暑いです、少し離れてください。」
「おっと!悔しいのかなぁ?」
俺の顔をニヤニヤしながら覗き込んで言う。悔しいがそこまで惨敗と言うわけではなかったので、そこまでだった。
「そこまで悔しくないです。」
「おやおやー?負け惜しみですかー?」
なんだか今日は一段と純恋さんが子供っぽい気がする。
「なんだか今日は子供みたいですね。」
すると純恋さんは不満そうな顔になった。
「どういう意味よ?それ。」
「そのままの意味です。」
「なんか、今日涼太くん生意気。」
少し笑顔になっていた。俺はそれの意味が分からなかった。
「それはどうも。」
「褒めてないよー。じゃあ残り時間なんかしよ!」
さっきよりも笑顔になる。そして俺たちは残った時間はボレーボレーや乱打して、コート整備を済ませて、テニスコートを出た。それから受付のとこに更衣室があるので各々着替えを済ませる。そして俺たちは駅に向かう。なんかいき道と帰り道は同じ道なのに違うように感じる。
「ねぇ、お腹すいたからどっか寄ろうよ。」
改札の少し前で純恋さんがそう言う。今は金欠でもないので行くことにした。
「いいですよ。」
純恋さんの提案でファミレスに来た。特に食べたいものとかはなかったので、適当に美味しそうだと思ったものを注文する。純恋さんはまだ決まってないようでずっとメニュー表を見ている。俺はぼーっと外の景色を眺めていた。
「決まったよ!」
二分くらいたったところで横から声が聞こえた。
「じゃあ呼びますね。」
店員さんを呼んで、それぞれ決めたものを注文する。
「ねぇ、ソフトテニス始めたきっかけって何なの?」
「普通に面白そうだったからですね。」
「へ-、硬式しようとは思わなかったの?」
ソフトと硬式だと競技人口は硬式のほうが圧倒的に多い。だからテレビにもソフトテニスの中継などはほとんど見ることはない。しかも硬式の世界のトップ選手を見ることはたまにあるが。完全にセンスの塊だろって人が多い。そういうのもあってか、ソフトの方がやり甲斐がある気がしたというのがある。
「なんかソフトのほうが見てて楽しそうだったんですよね。」
「私と始めた理由似てるね!」
「そうなんですね。」
すると携帯が鳴り始めた。音的に俺ではなかった。
「あ、私だ。」
純恋さんだった。
「もしもし?」
電話に出る。おそらく優子さんか友達だろう。俺は電話が終わるまで携帯をいじることにして、ポケットから携帯を取り出す。すると俺の頭の中にある考えが浮かぶ。純恋さんは試合した感じ普通に只者ではなかった。だからもしかしたらソフトテニス界である程度名が知られてるのではないか、そう思い俺は検索サイトを開く。そして検索欄に
『山本純恋 ソフトテニス』
と打って検索ボタンを押す。名字を打つときに『辻元』と打ち間違いそうになった。すると検索結果が出てきて、その一番上に
『関東大会優勝ペアの後衛が可愛すぎると話題に!?』
と書いてあるサイトを見つけた。恐る恐るそのサイトをタップして開く。すると優勝旗を持っている純恋さんと賞状を持ってるペアの人の写真があった、写真の純恋さんは髪が今より若干短かった。そして年代が近いからかさらに可愛く見えてしまった。隣で写ってるペアの人が可哀そうに思えてしまう。俺は画面をスクロールして、その写真の下の文章に目を通す。
『2018年関東大会個人戦女子の部はK高校が優勝、U高校は惜しくも三連覇を逃す。
今年の関東大会は、大番狂わせが印象的な大会となりました。決勝なんか特に、私だけでなく会場のほとんどの人がU高校が勝つと思ってたと思います。しかしその時の決勝戦のK高校の後衛の子が可愛すぎると話題になってますが……』
俺は夢中になって文章を見ていた。そして最後のネットユーザーの反応を見てみると。
『こんなん試合後絶対ナンパするわw』
『男子全員を味方につけたなw』
俺はそのページを閉じる。少し信じられなかった。こんなにもネットやソフトテニス界で話題になってる人が自分の目の前にいるなんて。俺は他のページにも目を通す。書いている内容はやはりどのページも同じようなものだったが、ずっと開いて読んでは閉じてを繰り返していた。
「涼太くん、おーい。」
すると前から声が聞こえてきた。前を見ると純恋さんだった。一瞬別人のように見えてしまった。
「うわっ!」
思わずびっくりした。少しあたりを見渡す。よかった、あまり大きい声は出てなかったようだ。
「どうしたの?早く食べないと冷めちゃうよ。」
見ると、テーブルの上に注文してた料理が置かれていた。
「あ、ごめんなさい。ぼーっとしてました。」
慌てて食べ始める。
「珍しいね、涼太くんがそんな携帯に夢中になるなんて。何見てたの?」
さすがに純恋さんのこと調べてましたとは口が裂けても言えない。
「いや、あの、ゲームの攻略調べてました。」
何とか適当なこと言ってごまかす。
「そうなんだ、てっきりそういう年頃だからそっち系のサイトかと思った。」
少し笑いながら言う。笑い方が馬鹿にするときの笑い方と違うので、ばれてないか不安になる。
「違いますよ。」
「ほんとかなー?」
ニヤけるような顔になる。見透かされてるのかそうでないか怖い。
「断じて違います。」
少し強めに言う。
「冗談だよ、やっぱ涼太くん面白いね!」
見透かされてないようで安心した。でも、また彼女に遊ばれている気がした。俺は少し急ぎ目に料理を食べる。その結果俺の方が純恋さんよりも早く食べ終わってしまった。そして会計するためにレジへ向かう。
「今日僕おごりますよ。」
クリスマスの時に色々おごってもらったので今日は俺がおごるべきだと思った。俺はバッグから財布を取り出す。
「いいよいいよ、私が寄ろうって言ったんだし。」
純恋さんもバッグから財布を取り出す。
「大丈夫ですよ。クリスマスの時、映画代や夕飯代もだしてもらったので。」
「そう?ありがと!」
「いえいえ。」
会計を済ませて、駅の改札口に行く。ICカードをかざして改札を通り駅の乗り場へと向かう。乗り場にはそんなに人は多くなかった。少しして電車が来る。中もそんなに人はいなく、簡単に席は確保できた。席に座ると俺はさっきのネットページを開こうとしたが、隣に純恋さんがいてリスクが大きいので見ないことにした。すると俺はコートに行く途中を思い出す。行き道や駅の乗り場、そして電車の中、俺はやけに視線を感じていた。今になってようやくわかった。その視線の理由は純恋さんにあったのだ。そう考えるとなんだか少し不安になってしまう。盗撮でもされてネットに彼氏がどうとかで取り上げられてたらどうしようなんて思ってしまう。
「もう着くよ。」
突然純恋さんが体をゆすってきた。
「え、あ、はい。」
「ずっと下向いてたけど、眠いの?」
少し笑っていた。自分では下向いていた実感はなかった。考えすぎていた。
「あ、いやちょっと考え事してまして。」
「そうなんだ。」
電車が到着する。電車を降りて乗り場から改札に行き、改札を通って駅を出る。空はまだ昼のように明るかった。
「いやー、久々のテニス最高だった!」
純恋さんが伸びをして、清々しそうな顔で言う。
「そうですね。」
「ねぇ、そういえば電車の中で何考えてたの?」
急に真面目な顔で聞いてくる。確かに俺は考え事はしていたが何があっても本当のことは言えない。
「いや、大したことではないので。」
俺の中では動揺は抑えたつもりだった。
「んー?なんで慌ててるのかなぁ?」
すると、ニヤニヤしながら俺に顔を近づけてきた。あの時眠いで済ませとけばよかったと後悔する。
「慌ててないですよ。」
「隠さなくてもいいんだよー、ほらほら言ってごらん。」
「言う必要ないので。」
「なーんだ、つまんないの。」
少し不満そうな顔をして、顔を離す。なんとかばれずに済んだ。
「それじゃあ行きますよ。」
俺は話題から遠ざけるように言って歩き出す。
「え、ちょっと待ってよ!」
追いかけるように走ってくる。そして追いつくと俺の手を握って笑う。ほんと変な情報が流れるかもしれないからやめてほしいものだ。
「今はやめましょうよ。」
「なんで?」
その返答に一番困る。本当のことは言えないし、ほかのこと言っても変な解釈されそうだし。俺は少し迷う。
「学校の人にばれたら困るので。」
「細かいことは気にしない!」
やはり無理だった。何とかしないとあまりよろしくないことになりそうだ。
「じゃあ、家の近くまで我慢してください。」
「はーい!」
よかった、割とあっさり承諾してくれた。でも手は放したものの、距離は近かった。これも言おうか迷ったが、見逃すことにした。逆効果になるかもしれなさそうだから。
「帰ってお風呂入りたいなぁ。」
純恋さんが独り言のように呟く。俺もこれには共感だった。運動した後の風呂は気持ちいいものだ。
「同じです。」
「だよね!じゃあ一緒に入ろうよ!」
「いやですよ。」
一瞬嘘かと思ったが、嘘だと高を括っているとほんとにやりかねない気がしたので敢えて真に受けて返事をする。
「いいじゃん!たまには子供みたいにさ!」
「無理です。」
「別に隠すなとか言わないからさー。」
そういう問題ではない。完全に着眼点が違う。
「そこじゃないんですよ。」
「じゃあ何がダメなの?」
真剣な顔で聞いてくる。ほんとにわかってないのか逆に不安になってしまう。
「言わなくてもわかるはずです。」
言葉での説明のしようがないので、投げやりになってしまう。
「なんか、青春って感じがするじゃん?」
「そんなの理由になりません。」
しばらく、こんなやり取りをしていると、家が見えてきた。すると純恋さんは俺の手を握る。
「自分で言ったもんね?」
「わかってます。」
「意外と素直じゃん!」
「僕そんなひねくれてないので。」
俺はあんまりノリはそんなに良くはないが、約束や自分で言ったことを守らないようなひねくれものではない。家に着くと俺は自分の部屋に行き荷物を置いて、着替えを持って脱衣所に向かう。純恋さんがいないので安心して扉を閉めようとすると。
「ねぇ、待って!」
扉を抑えてきた。まだあきらめてないようだ。
「だから、無理ですよ。」
「いいじゃん!一回くらいさ。」
「何回でも同じです。」
少し閉める力を強くする。すると純恋さんは両手で扉を抑える。
「じゃあ私が体洗ってあげる!」
論外だ。せめてもう少しマシな提案をしてほしかった。
「尚更いやです。」
「ねぇお願いお願い!」
こんな感じで純恋さんが粘ってくる。もうそろそろ決着つけようとすると、リビングの扉が開く音がした。
「おい、なんか騒がしいな。」
親父の声だ。そういえば今日は日曜日で親父は休みだった。すると案の定親父は脱衣所に来てしまった。もちろんこの光景は見られてしまった。
「おいおい、イチャイチャするなら部屋に行けよ。」
「いや、違うよ。」
「はーい!」
だめだ、完全に誤解された。今後親父との接触を減らそう。
「反論してくださいよ。ほんとにそうだと思われるじゃないですか。」
「別にいいじゃん!」
この人やっぱりどこか頭のネジが外れている。
「もうきりがないので閉めます。」
俺は少し本気で閉める。あっさりと閉めれてしまった。鍵をかけて服を脱ごうとすると。
「もぉ、つまんないの!」
扉越しに声が聞こえる。多分あの声は不満な顔してる時だ。それ以降は特に何もなく俺は浴室に入り、頭、顔、体を洗って湯船につかる。その時に脱衣所でのことを思い出してしまう。すると少し薄ら笑いしてしまった。
春休みが終わり、各部活は高体連に向けて気合がより一層入る。高体連は本当に何が起こるかわからない。だから何があっても対処できるように、一日一日を大切に練習する。そして練習後は、ペアの奴と少し打ったり、はしったりする。さらには体調管理も徹底する。当日休んでしまうと、すべての努力は水の泡となってしまうからだ。しかし俺はそんなに体調は崩さないほうなので、そこまで心配することはなかった。そしていよいよ迎えた地区予選当日。
朝目が覚めて起き上がる。しかし目覚まし時計は鳴ってなった。目覚まし時計を手に取ると、その短針は5、長針は12を刺していた。セットした時間は五時半なので三十分も早く起きたことになる。緊張からなのか。流石にこの時間帯には誰も起きていない。俺は静かに下へ降りて朝飯を作りに行く。するとリビングがわずかだが明るかった。こんな早起きする人はいない。多分親父がリビングで寝落ちしたのだろう。静かにリビングの扉を開けると、台所にエプロンをした純恋さんがいた。
「え!?」
大声を出さないように口を押える。
「あ、おはよう!」
「何してるんですか?」
思わず聞いてしまった。
「ん?普通に朝ごはん作ってるだけだよ。今日から高体連でしょ?」
よくこんな時間に起きれるものだ。自分の大会でもないのに。そして俺はテーブルの椅子に座る。
「あ、そうなんですね、ありがとうございます。」
「よし!できたよ!」
そう言うと純恋さんはお盆に朝飯をのせてテーブルに持ってくる。ごはんとみそ汁と焼き魚だ。結構手が凝った朝飯だ。いったい何時に起きたんだと聞きたくなるくらいだった。
「あ、いただきます。」
そう言うと、純恋さんは俺の向かい側の椅子に座ってきた。俺は焼き魚を最初に一口食べる。あっさりしてて美味しかった。
「どう?美味しい?」
正面を見ると純恋さんがテーブルの上で腕を組んでて少し前のめりになって俺を見つめていた。
「はい。」
「よかった!」
俺はまた食べ始めようとするが視線が気になって食べずらい。俺は純恋さんのほうを見る。
「そんなに見つめられると食べずらいです。」
「そう?なんかいいなぁって思ってさ。」
微笑んでいた。何だか実母を思い出す。
「はい?」
「いや、なんでも!じゃあ洗い物してこよっと!」
そう言って、純恋さんは台所へ行った。気にせず食べ進めるが、さっきの言葉の意味はいまいち理解出来なかった。そして、俺は食べ終わって食器を流し台に持っていく。
「あの、ごちそうさまでした。ありがとうございました、こんな早く。」
俺はわざわざ早起きしてくれた彼女に感謝を伝える。
「どういたしまして!」
「はい。」
俺は部屋に戻ってユニフォームを着る。そしてその上に長袖長ズボンを着る。それから洗面所へ行き、歯磨き洗顔を済まして再び部屋に戻り、前日までに荷物整理をしておいたラケットバッグを背負って下に降りる。玄関で靴を履いていると、
「あ、ちょっと待って。」
純恋さんに呼び止められた。
「はい?」
「これ、向こうでお腹すいたら食べてね!」
と言って俺に小さな保冷バッグのようなものを渡してくれた。
「ありがとうございます。」
「じゃあ頑張ってね!」
「はい。」
俺は玄関の扉を開ける、純恋さんは俺に手を振っていたので閉める直前に少し頭を下げる。外に出ると早朝なのでやっぱり寒かった。俺は震える手で自転車のカギを開けて、自転車に乗る。俺は仮にも地方でもそこそこの成績を残している。地区大会は正直只の通過点に過ぎない。結果今日の団体戦は準優勝で、次の日の個人戦ももちろん優勝だった。しかし二年生は一ペアも都大会へ進めなかった。あたりが悪かったというのもあるが、少しショックだった。
次の都大会までは少し日にちが開くので、それまでは自分の試合でできなかったことを徹底的に克服することに専念した。都大会もいつもの力が発揮できれば問題ないだろう。しかし問題は団体戦だ。団体戦は自分だけが勝っても意味はない。三ペア出場するので、勝利には二勝が必要、つまりもうひとペア最低でもでも都でも通用するように鍛え上げないといけない。というのも今年の二年は、全員中学から始めてるので上位を狙うとなると普通の練習じゃ厳しい。なので、都大会まで二年生と部活後も残って練習をした。
そして都大会前日、会場が遠い関係で近くのビジネスホテルに泊まることになった。部屋は二人部屋なので、それぞれのペアで泊まることになった。また少し離れたとこに女子もいる。女子は団体準優勝、個人は木下のペアのみがベスト4で都大会進出らしい。
「なぁ涼太。」
「どうした?」
「シングルスの大会とかないんかな?」
風呂を終えてベッドで寝そべっていると、隣のベッドで横になってる高村が急に聞いてきた、こいつは高村翔太で俺のペアでありソフトテニス部唯一の同級生だ。こいつも小学生のころからソフトテニスをしていて、かなりの実力者だ。去年も俺はこいつと組んでいて関東大会まで進めた。高村は理系なので学校であまり会うことはなく、プライベートでもテニス以外ではあまり遊ばないが連絡は結構取ってるし仲もいい。
「まぁな、それはわからんこともないが。」
基本ソフトテニスはダブルスがほとんどなのでシングルスの大会は圧倒的に少ない。
「ていうかお前さ。」
「ん?」
「めっちゃ可愛い姉ちゃんいるんだろ?」
急に真面目な顔から、一気におふざけ顔になる。
「は?お前なんで。」
「木下がさ、言ってきたんだよ。」
あの野郎、まじでふざけていやがる。あいつにばれたのが運の尽きだった。
「やっぱあいつか。んで、あいつ変なこと言ってなかったか?」
「なんか、クリスマスにショッピングモールでイチャイチャしてたとか。」
もうだめだ、歯止めが利かない。つぎあいつに会ったら口止めしよう。
「一応わかってると思うが真に受けるなよ?」
少し高村を睨む。
「んー、見てないからなぁ俺は何とも言えないなぁ。」
ニヤニヤしながら言う。
「お前なぁ。」
「安心しろ、俺は優しいから誰にも言わない。」
少し安心する。これ以上広めるやつがいると大変だからな。
「じゃあ俺ジュース買ってくる。」
高村が起き上がる。
「わかった。」
そして高村は部屋を出る。俺は仰向けでずっと天井をただ眺めていた。すると机の上に置いていた携帯が鳴る。多分翼だろうと思って、起き上がって机の携帯を手に取ると。翼からではなかった。着信中の文字の下には『純恋』と表示されていた。純恋さんから電話が来たことはほとんどなく、メールもそんなにやり取りしない。少し新鮮な感覚を覚えながら電話に出る。
「もしもし。」
「ねぇ、調子どう?」
陽気な声、いつもの純恋さんだ。
「まぁいいですよ。電話してくるなんて珍しいですね。」
「だって、涼太くんの声が聞きたくなってさ!」
大体想像ついた。
「そうなんですね。」
「私寂しいよぉ。涼太くんが家にいないなんて。」
「なんか気持ち悪いです。」
「どういう意味よ?」
「そのままの意味です。」
「ねぇビデオ通話にしようよ!涼太くんの顔が見たい!」
もはや付き合いたてのカップルのようなノリだ。しかし今は高村もいないのですることにした。
「少しだけですよ。」
「やったぁ!」
そして俺はビデオ通話に切り替える。画面に笑顔の純恋さんが映る。
「ヤッホー!見える?」
こっちにむかって手を振っている。
「見えてます。」
「涼太くんがいる!イェーイ!」
喜びすぎというのは、画面越しにも伝わる。
「はしゃぎすぎです。」
「だって涼太くんとビデオ通話なんて夢みたい!」
相変わらず子供っぽい。ただする必要がないだけなのに。
「そんなことないと思いますが。」
「それよりさ、明日いけそう?」
話の切り替えが早い。何事もなかったように進めていく。
「まぁ、いつも通りの力が出せればと思いますが。」
「頑張ってね!応援してるよ!」
満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。」
「インターハイ行ったら!私がいいことしてあげる!」
間違いない、これは自分がしたいだけだ。
「いや大丈夫です。」
「もぉ、すぐそんなこと言う!」
ほっぺを膨らます。感情の入れ替わりが激しい。
「だってだいたい自己満足じゃないですか。」
「そんなことないよ。涼太くんのためを思って、だよ!」
語尾を強調してきたとこが少し気になる。今までの行動からして説得力はない。
「説得力に欠けますね。」
「なんで?どこが?」
わかってるのかわかってないのか微妙なラインだ。
「日々の言動です。」
すると、部屋のドアをノックする音が聞こえる。
「ちょっとまってください。」
「はーい!」
俺は消音にしてドアの外を覗き穴から見ると高村だった。俺は消音を解除する。
「ごめんなさい、切ります。」
「なんで?もっと話そうよ!」
「失礼します。」
「え、ちょ…」
電話を切った、そして扉を開ける。
「遅かったな。」
「いや、ちょっと友達と電話しててさ。」
そういって、高村はベッドに仰向けに寝転がる。
「そっか。」
俺も仰向けでベッドに横たわる。
「お前も電話してただろ?」
少し横を見ると笑いながらも真面目な表情。適当ではなく根拠があるっぽいな。
「なんで?」
「部屋の近くきたら、なんかお前以外の声が聞こえてきたからな。」
気付かなかった。さすがにそこまでは注意が行き届いてなかった。
「まじかよ。」
「女の声だったぞ。まさかその人が?」
ニヤニヤしながら聞いてくる。でもここに関しては隠す理由はないので素直に言うほうがいい気がした。
「まぁそうだよ。」
「仲いいんだな。」
仲いいとは断定できない気はするが、仲は悪くはない。
「なんか、返答に困るな。」
薄ら笑いしながら言う。
「いいじゃねえか、俺なんか妹から毎日罵声浴びせられるからな。」
それ捉えようによっては、めちゃくちゃ仲いいともとれる。
「それじゃいいか悪いかわかんねぇよ。」
少し笑いながら言う。
「そうだな。」
高村も笑い返す。そして俺たちはしばらく雑談と軽い作戦会議をして消灯した。多分いつも通りの力が出せれば行ける。自信を胸に俺は眠りにつく。
翌朝、俺はアラームの音で起きる。そして寒さを我慢してユニフォームを着てその上に長袖長ズボンを着る。それから歯磨き洗顔を済ませる。そして寝てる高村の掛け布団をはがす。
「寒いー、やめてくれー。」
震えながら寝ぼけたような声で言う。
「おい、早く起きろ。」
「わかったわかった。」
そういって目をこすりながら起き上がる。高村が準備してる間俺は携帯をいじる、するとメールが届いていた。開いてみると純恋さんからだった。メッセージをみる。
『明日頑張ってね!終わったらまたビデオ通話しようね!』
多分時間帯的に俺が寝た後に来たのだろう。
『ありがとうございます』
と返事をした。それから少しゲームをする。するといいところで高村が準備を終えたらしい。
「おい、終わったぞ。」
「ちょっと待ってくれ。」
「なんだよ。」
結局俺待ちということになってしまう。それから荷物を持って、朝飯を食べに行く。食事処に着くと、二年の女子が何人かいた。よかったゲームは長引いていなかったようだ。しかし他校の生徒らしき人が結構いた。なので俺たちはあまりしゃべらずに、手短に食事を済ませ食事処を出る。それからロビーで俺たちは先生と二年が来るのを待つ。普通逆だと思うが、特に気にしなかった。
「今回の試合順どうする?」
俺は高村に聞く。去年から顧問が変わり、経験者から未経験者になったので、試合のペアや組み合わせは俺たちで決めている。
「俺らが崩れるのもありだが、一番を倒しにくくなるからな。」
「だよなぁ、どっちがいいとは断定できないからな。」
「じゃあ関東決めまでは崩すことにするか?その方がある程度あんていはする。決めは一か八かで託すしかない。」
「それでもいいが、大丈夫か?関東決めは準決勝だぞ、あいつらが勝てるかと言われるとかなり厳しいと思うぞ。」
「わかってるが、一本確実に取れたほうが相手にもプレッシャーになるはずだ。しかもお前結構遅くまで残して練習させてたじゃないか。」
「まぁな。」
「それは、あいつらに期待してるってことだろ。」
もう返す言葉はない。俺は高村の案に賛成する。
「そうだよ。わかった、関東決めは俺らで組むか。」
「決まりだな。」
それから俺たちは雑談を始める。するとしばらくして、顧問と二年が来た。
「それぞれ三人ずつに分かれてタクシーに乗ってくれ。」
顧問の指示で、俺たち六人は外に止まっているタクシーに分かれて乗る。するとガラス越しにロビーで他校の生徒が集まって、顧問の話を聞いていた。俺はそれをなぜかずっと眺めていた。
「おい、行くぞ。」
高村に呼ばれて、慌ててタクシーに乗る。タクシーに乗ってる間、俺は少し不安だった。毎日遅くまで練習に付き合わせて、結果が出なかったらなんて言えばいいのか、俺はわからなかった。しかしその不安は現実となってしまった。結果は去年が準優勝なのでシードがもらえるはずだったが、地区大会で優勝できなかったため、シードなしで第一シードの小山に来てしまったので、一回戦は通過したものの、二回戦で圧倒され、負けてしまった。あっけなさ過ぎてショックも何も来なかった。俺と高村は明日の個人戦相手の偵察のため少し残ることにして、二年はその場で解散にした。
「おいおい、元気出せ。終わったわけじゃないだろ。」
「あぁ、すまん。」
俺は只々申し訳ない気持ちでいっぱいだった。あんなに毎日遅くまで練習付き合わせてたのにも関わらず、成果を出させてあげられなかった。
「気にすんな。あいつらは次もある、そのための練習だと思え。」
「そ、そうだな。」
「俺らが結果出そうぜ。絶対あいつらもお前に期待してる。俺もあいつらもお前が一番頑張ってることは知ってるから、な。」
「ありがとう、そうするよ。」
そして俺は降り積もるマイナスの感情を振り払い、プラスに切り替えようとした。それから、しばらく気になった選手を偵察して、その後、タクシーでホテルに戻った。そして部屋に入るやいなや俺はシャワーを浴びることにする。その間、高村は隣のコンビニで昼飯を買っている。昼飯と言ってももう二時半すぎているので少し遅いが。シャワーを浴びて、着替えを済ませると俺はベッドの上に座り、メールを開く。そして二年全員にメールを送る。
『すまなかった、俺のやり方が悪かった。』
それから横になり、検索ページを開く。他県の情報を少し仕入れようとした。
『ソフトテニス 高校 関東 2020』
で検索をかける。すると検索結果の一番上に目を疑う見出しが視界に入ってくる。
『U-15のエースペア、いづれも神奈川の高校に進学!?』
少し背中に寒気が走るが、それを無視して俺はその記事を開いた。
『この時期は新入生が入ってくる時期です。ところでU-15の皆さんの進学先が気になりますね。おそらく大半の人が関西の強豪校に進むのではないでしょうか?
調べてみたところ、やはりほとんどが関西の高校でしたが、一つすごいことが判明いたしました。なんと今回のU-15のエースの二人は神奈川の高校に進学するそうです。全中優勝、アジアベスト4という輝かしい実績を持ってるだけかなり驚きでしたね…』
俺は記事を読み進める。名前や写真、試合の様子の映像が載っていた。しかし最後までは見ずに途中でページを閉じた。何だか嫌なものを見た気がした。俺は気を紛らわすために動画サイトで佐藤先輩の試合を見ることにした。地方の上位や全国レベルとなると、動画は調べればすぐに出てくる。俺が見てるのは関東大会準決勝、つまりインターハイ決めの試合。見てるうちになんだかその場にいるような気分になっていく。佐藤先輩は普段はドジなとこがあったりして面白いが、こういうときは人が変わったようにオーラをまとう。そのギャップがほんとにかっこいい。多分俺が女子だったら佐藤先輩を好きになっていたと思う。しばらく動画を見ていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた、高村が帰ってきたのだろう。俺は鍵を開けると高村がビニール袋片手に入ってくる。俺は再びベッドに戻る。
「気持ちは切り替えれたか?」
笑いながら聞いてきた。
「まぁできたよ。」
「そっか。」
そういって、高村はベッドとベッドの間にビニール袋を置く。
「じゃあ俺シャワー浴びてくるわ。」
「はいよ。」
そして高村は風呂に行った。俺はその間飯を食おうとベッドの上からビニール袋の中をあさる。俺はおにぎり二つとメロンパンを取って小さな机に置き、椅子と言っていいかわからないような丸椅子に座り、飯を食べる。食べながら俺はさっきの動画の続きを見る。俺もこの年は関東大会に出ていたのでこの試合はその場で見ていたのだが、何だか初めて見るような感覚だ。試合が進むたび、点を取った時の完成はどんどん大きくなっていく。こっちも少し内心盛り上がってしまう。結末は知ってるのに。第五ゲームが終わる。次のゲームで佐藤先輩は勝利する。ちょうどそこで俺はそこで飯を食べ終わったので、ベッドに移動しようとする。
「何見てんだよ?」
急に高村が後ろから携帯を覗き込んでくる。
「あー、佐藤先輩の動画か。」
「そうだよ。」
そして俺はごみを捨てる。そして机に置いていた携帯を取ってベッドに寝そべる。
「まだ不安なのか?」
高村は、ビニール袋から俺と同じくおにぎり二つとサンドイッチ一つ取ってさっき俺が座ってた丸椅子に座る。
「いや、そうじゃない。なんか懐かしいなって思ってさ。」
動画を見ながら答える。
「まぁな、割とあの時あそこまで残るのは想像してなかったからな。」
「ふっ、だよな。」
少し思い出し笑いする。
「お前過去に戻りたいとか思ったことあるか?」
高村が聞いてくる。こいつはたまに都市伝説やオカルト話を持ってくる。大体こういうのは根拠がないから基本俺は信じない。
「特にこれといって。」
「なんだよ、ノリがわりぃな。」
「だってそんなの迷信だろ?」
「まぁ確かに決定的な根拠はねぇけど。」
「そんな藁にも縋ってまで戻りたい過去は今はない。」
だいたいこんなこと聞いても役に立ったことはない。なので聞く意味は無かった。
「まぁ聞きたくなったら言ってくれ。もしかしたら聞きに来る日が来るかもな。」
「もしかしたら、な。」
おそらくしばらくは聞きに来ることはないだろう。俺は動画を閉じて携帯を置いて天井を眺める。すると、部屋の扉をノックする音が聞こえる。この時間に来るとしたら先生だろう。俺はベッドから降りて、扉に行き、鍵を開ける。すると扉を開けたのは先生ではなく木下だった。
「なんだ、お前か。」
「なんだとはなによ?」
不満げに言う。
「というかお前、高村に純恋さんのこと話したろ?しかも少し盛って。」
咎めるように聞く。すると木下は少し狼狽える。
「え、何のこと?うちじゃないよ。」
笑っているつもりだろうが、引きつった顔してる。ばればれだ。
「本人が証明したんだ。異論はないな?」
終止符をうつように言う。木下も観念する。
「ごめんって、つい口が滑っただけだよ。」
どうせならもう少しうまい嘘を言ってほしかった。
「今度学食代おごれ。」
「わかりました。」
意外と素直に受け入れてくれた。
「それで、何しに来たんだ?」
「暇だから来た。」
こいつに悔しさはないのかと少しむかついたが、こういうすぐに切り替えれるのはある意味つよみなのかもしれない。
「いいけど、お前らどこまで行ったんだ?」
「三回戦で負けっちゃった。」
笑いながらも真面目な顔、木下には似合わない。
「そっか、というか何も用がないなら帰れよ。」
「だって、戻っても恵が爆睡してるから一人とほぼ変わらないの。」
恵というのは木下のペア、こいつと違って真面目で硬派な人間だ。ペアでこんなに正確違ってもめごと起きないか心配なくらいだ。
「知らねぇよ。起こせばいいだろ。というか夜眠れなくなって調子狂うぞ。」
「あ、確かに。じゃあ起こしてくるね!」
「へいへい。」
と言って自分の部屋に戻る。俺は扉を閉めて、ベッドに再び寝そべる。高村は食べ終わってたらしく、携帯をいじっていた。
「なぁ、今年すごい新星が神奈川に来てるらしいぞ。」
急に高村が言ってきた。おそらく俺が今日見た記事と同じ記事を見てる可能性がある。
「あぁ知ってる。全中優勝だろ?」
「そう、すげぇな。なんで関西に行かなかったのか不思議でしょうがない。」
「進学優先させたかったんじゃね?」
「確かにな、というかそれ以外ないと思うぞ。都会暮らししたいとかならこっちくればいいからな。」
「だよな。」
すると、俺の携帯が鳴る。携帯を手に取り画面を見る、純恋さんからの着信だ。
「わりぃ、ちょっと電話する。」
「わかった。」
俺は電話に出る。
「もしもし?」
「涼太くーん!今日はお疲れ様!どうだった?」
いつもの陽気な声、何だか落ち着く感じがする。
「二回戦であっけなくって感じですね。」
「そうなんだ、それは残念だったね。でもまだ終わってないからね!元気出しなよ!」
なんだか心の内を見抜かれている気がした。
「はい。」
「じゃあ今日もビデオ通話ね!」
さすがに今は無理だ。和樹の前ならまだしも、高村の前ではできない。
「今は無理です。」
「えーなんで?」
「状況的に無理なんです。」
「そんなの関係ない。涼太くんだって私の顔見たいでしょ?」
顔が見えないからどんな気持ちで言ってるかわからないが、何となくマジで言ってる気がする。
「それは、どうでしょう。」
「とにかく、ビデオ通話しようよ!」
子供のおねだりする時みたいに言う。そういうとこもいつもの純恋さんっぽい。
「明日帰るので我慢してください。」
「えー、しょうがないな。でも帰ってきたら、たっくさん可愛がってあげるね!」
可愛がるというよりは俺に一方的に突っかかってくるの方が正しい気がする。
「それは知りません。」
「とにかく寂しいの!こっちの身にもなってよね!」
なんか急に素直になる。
「お気持ちお察しします。」
うわべだけの言葉を送る。
「あー!全然思ってないでしょ?」
あっさりばれた。ちょっとばれないかと期待してたがお見通しだった。
「ばれましたか。」
「ほんと、涼太くんのばか。」
声だけでも分かった。画面の向こうで彼女は笑っている。
「それはどうも。」
「明日頑張ってね!緊張せずにね!」
「はい。頑張ります。」
「うん!じゃあね!」
「失礼します。」
そして電話をきった。すると高村はいつの間にかベッドに寝そべっていた。
「ようやく終わったか。」
そう言うと高村は寝たまま伸びをする。
「そんなに長話してたか?」
言い方からして結構長話してた感があったので一応聞く。
「いやそこまで。」
少し安心した。流石にここで長話は迷惑だからな。
「そっか。」
「にしてもお前、やけに他人行儀だったな。誰からだ?」
笑いながら言ってくる。本当のことを言おうと思ったが、少し濁すことにする。
「まぁ、年上の人だな。」
「なんだよ、隠すことねぇだろ。」
「まぁな。」
薄ら笑いしてごまかす。何とか乗り切った。言及してこなかっただけ高村に感謝する。それから夕方になって俺たちは夕飯の買い出しに行き、部屋に持ちかえって食べる。その後は風呂に入り、明日の作戦会議と起床時間を決めた。そしてタクシーの来てほしい時間を顧問にメールで連絡する。明日は、今日より三十分早く起きることにした。そして明日に備え俺たちは就寝することにした。明日はふがいない結果に終わることは絶対にできない。
迎えた個人戦当日。今日は高村もちゃんと起きてくれた。素早く着替えを済ませ、歯磨き洗顔をして、荷物整理を終えて、部屋の片づけを少ししてから部屋を出る。それから食事処で朝飯を食べた。それから部屋のカギをフロントの人に返し、外に出る。見るとタクシーが一台止まっていた。運転手が昨日の人と同じだったのですぐにわかる。俺たちはタクシーに乗りこむ。顧問には、自分たちは先に行きますと連絡してるので来るのは先だろう。というよりいてもいなくてもどちらでもいいのが本音だが。俺は移動のあいだ、そんなに不安はなかった。やることもやって睡眠もとっているからいつもの実力は発揮できるはずだと、むしろ自信のほうが大きくなっていた。会場に着いて。タクシーを降り、適当な場所に荷物を置く。そして俺は高村に声をかける。
「絶対、優勝するぞ。」
「もちろんだ。」
高村もやる気満タンだった。そして結果は有言実行で優勝を果たす。表彰式を終えて、顧問の話を聞いて解散となり、俺たちは駅まで歩いていく。空は綺麗な夕日で赤く染まっていて、地面も赤く染まりそうなほどだった。駅に着き電車に乗ると、人があふれかえるほどで、今にも押しつぶされそうだった。しかもそれが十駅以上続いたから、降りたときは外の空気が心地よくて仕方なかった。高村は電車通学で乗り換えなので、必然的にここでお別れとなる。
「じゃあな、次も頑張ろうな。」
高村が駅の出入り口までついてきてくれた。
「おう、じゃあな。」
俺は駅を出て、学校へ行って自転車を取りに行く。その途中携帯を取り出し、メールを開くとやっぱり純恋さんからメールが来ていた。俺はそれを開く。
『今日どうだった?』
意外にあっさりした文章。少し何だか違和感を感じてしまう。
『優勝しました』
と返事をして、携帯を閉じる。外は薄暗くなっていて、早く帰ろうと俺は走って学校まで行き、自転車を取って飛ばして帰った。今日はかなり充実した一日な気がして、自転車に乗ってるときにそう思って、少し口角が上がってしまった。
翌日から部活は関東大会に向けて俺たちメインの練習がほとんどになってきた。日にちはかなりあるので、ここでできるだけ多く練習をしておくことが結果を大きく左右する。なので俺たちは平日は部活後も残って練習したり、休日はほぼ一日練習やトレーニングに時間を費やし、勉強はほんとに最低限しかしなかった。しかしそんな生活を続けていたらもちろん体調が心配されるが、大丈夫だと高を括っていた。
朝、目が覚める。しかし起きた瞬間にいつもと違う感覚だった。異様に寒く頭痛がすごくくらくらするのだ。しかもアラームはなってない。外は雨が降ってるっぽく、ざあざあと音が聞こえる。目覚まし時計を手に取ると、その短針長針ともに4を指していた。布団から出ようと思うが頭が痛いのと、寒すぎて布団から出れない。自分の中で何となく察しがついた、これは間違いなく風邪だと。思い当たる節がありすぎて、考えるまでもない。俺は念のため体温を測りに行こうと。寒さと頭痛に耐えながらゆっくりと布団から出て、部屋の電気をつける。そしてウィンドブレーカーを着て体を震わせながら階段を降りる。まだ深夜か早朝かわからない時間帯なので、誰も起きてないし真っ暗だ。踏み外さないように一段一段確かめながら降りる。そしてリビングの親父の仕事関係のものが入っている引き出しから体温計を取り出す。それから部屋で測ろうと、階段を上がる。寒さで体が震えるし頭もかなり痛いし今にも倒れそうだった。体調は全然崩さない人だから、あまり経験のない苦しみだった。最後の一段をのぼった直後、俺は手から体温計を落としてしまった。体温計は大きな音をたてて床に落ちる。俺は体温計を拾おうと頭痛ときつさの中その場にしゃがむと、足音が聞こえてきた。おそらく体温計の音で起きたのだろう。また足音は俺の部屋の横から聞こえたのでおそらく純恋さんだろう。
「もぉ、だれ?」
部屋の扉が開く。急いで体温計を拾って立ち上がろうとしたが、頭痛のあまり、ゆっくりとしか立てなかった。結局純恋さんは俺に気付いてしまった。
「あれ?涼太くんじゃん。どうしたの?こんな朝早く。」
「いや、ちょっとトイレに行ってて。」
「顔赤いけど、なんかあるんじゃないの?」
俺が下に行ったとき部屋のドアを開けっぱなしにしてたせいで、俺の顔色は丸わかりだった。
「ちょっと、角に顔ぶつけただけです。」
もうこんな体調で即興でまともな言い訳はできない。
「はぁもう、隠さなくてもいいのに。」
ため息交じりに言われた、純恋さんにこんな言われ方をしたのは初めてだ。
「かくしてませんよ。」
「風邪ひいてるんでしょ?」
冷静に見抜かれてしまった。でも確信かはわからない。
「どうしてそうなるんですか?」
「私を甘く見ない。顔赤くして、手に体温計なんてもう風邪以外のなにものでもないでしょ。」
確信だった。もう俺はこれ以上は何も言えない。
「は、はい。でもまだ測ってないので風邪かどうかは。」
「じゃあ早く測ってごらん。」
「わかりました。」
俺は部屋に戻って、ベッドに座り体温を測る。純恋さんもついてきた。
「寝てていいですよ。」
「だめ、涼太くんこういうことは嘘つきそうだから。」
まさに言う通りだった。多分40度超えたりでもしないと俺は間違いなく嘘を言っているだろう。すると俺のわきに挟んであった体温計が鳴る。俺はわきから体温計を取る。
「何度だったの?」
もう嘘ついても無駄だ。俺はほんとのことを言う。
「39.2です。」
俺は体温計を渡す。
「やっぱり風邪じゃん。」
またため息交じりに言われる。
「はい、でも自分で何とかできますし、寝てていいですよ。」
「だめ、涼太くんってさ、なんでも自分で抱え込みすぎ。」
まさか純恋さんにこんなことを言われるとは思ってもいなかった。
「は、はい。」
「少しはさ、私を頼ってほしいな。」
ちょっと微笑む。何だか普段のあほな言動からは全く想像できないことなので、別人のように見える。
「わかり、ました。」
「まぁ今言ってもしょうがないね。ほら、横になって。」
言われるがままに俺はベッドに横になる。
「じゃあお布団かけるね。」
そう言って優しく掛け布団をかけてくれた。
「最近頑張ってたもんね。帰るのいつも遅かったし。」
「そうですね。」
「頑張るのもいいけど、適度に休むのも大事!」
いつものような子供っぽい笑顔ではなく。大人の微笑みで、どこか実母を見てるようだった。
「はい。」
「じゃあ、冷えピタ持ってくるから待っててね。」
「ありがとうございます。」
「おとなしくしてないとだめだからね。」
「はい。」
そして純恋さんは部屋から出る。それから俺は机手を伸ばし携帯を手にする。そして仰向けで携帯を開く。時刻は4:52と表示されていた。いつもならまだ寝てる時間帯だった。意味もなく携帯の画面を見続ける。結局何もせずに、ロックして机に置く。それからずっと天井を眺めていた。どうしてこんな時期に体調を崩すのか、自分に咎めるように尋ねる。自分が無理して遅くまで残って練習やトレーニングして体調を崩すなんてまさに自業自得だ。そんなことを思いながら天井を眺めていると、部屋の扉が開く。
「冷えピタなかったから、買ってくるね。」
扉の所に純恋さんがいる。というかこんな時間にわざわざ買いに行ってもらうのは悪い気がする。
「いや、まだ暗いですしわざわざ行かなくてもいいと思いますけど。」
すると純恋さんはほっぺを膨らます。
「むー、さっきも言ったでしょ。私を頼ってよって。」
「あ、はい。」
「うん!じゃあちょっと時間かかるかもしれないけど待っててね!」
いつもの笑顔に戻り、部屋を出る。俺は少し仮眠をとろうと思い電気を消そうと思ったが。布団に出た瞬間の寒さに負け、そのまま寝ることにした。起きたら熱が下がってることを祈って。
目が覚めると、何だかおでこに違和感を感じ手でおでこに触れる。するとヒヤッとするような感覚が来た。それと同時に頭にズキズキと痛みが走る。そしてまだ雨は降っているようだ。
「あ、起きたみたいだね。」
横から声が聞こえ、上から声のするほうへ顔を向ける。視界の先には俺を見つめている純恋さんがいた。
「おはようございます。」
「よく寝てたけど、どう今の体調は?」
「まだ、そんなに良くないって感じですね。」
「一回熱測ってみようか。」
そう言うと、机の上に置いていた体温計を手に取る。
「じゃあ測ってごらん。」
「はい。」
そして俺は純恋さんから体温計を受け取り、脇の下に挟む。純恋さんは俺の顔をずっと見つめている。
「な、なんですか?」
そこまで見つめられると恥ずかしい。
「いや、涼太くんが可愛いなって思っただけ。」
「はい?」
意味が分からなかった。しかも表情もいつもと違う笑顔だからなおさら謎だった。すると脇に挟んでいた体温計が鳴る。俺は体温計を取り出す。
「何度だった?」
「38.5です。」
俺は純恋さんに体温計を渡す。
「まぁさっきよりは下がったけど今日は学校は厳しそうだね。」
「そうですね。」
「あ、後脱水にならないようにスポーツドリンクも買っておいたよ。ちゃんとこまめに水分補給するんだよ。」
そう言ってビニール袋からスポーツドリンクを取り出して机の上においてくれた。
「はい。」
「今お腹すいてない?」
「大丈夫です。」
そう言って俺はベッドに横になる。
「わかった。お腹すいたときはいつでも言ってね。今日は私ずっとここにいてあげるから。」
看病してくれるのはありがたいが、今日は平日だ、純恋さんは大学があるはず。
「ありがとうございます。でも大学は…」
「大丈夫!一回休んだだけで影響なんてないから、今日は休むことにする。」
どうしてここまで俺のために色々してくれるのかわからなくなる。それは今日だけでなく今までも含めてだ。
「あ、あの。」
「どうしたの?」
俺は思い切って聞くことにする。体を少しずらして純恋さんに視線を向ける。
「どうして、僕にこんなに優しくというか、自分のことを後回しにしてまでいろいろしてくれるんですか?」
おそらくこういうまともな質問を純恋さんにするのは初めてだろう。
「涼太くんが初めてまともな質問してくれた!」
幸せそうに満面の笑みを浮かべて言う。そんなに感激することでもない気はする。
「んー、秘密!」
すこし迷った挙句何も答えてくれなかった。せめてヒントになるものだけでも欲しかった。
「隠さないでくださいよ。」
「だって言いたくないんだもん!」
無邪気な笑顔で言う。でも何だかこっちのほうが純恋さんっぽい気がした。
「いつか教えるつもりだから安心してね!」
なんだか取ってつけたような言い方で怪しかった。
「後付けした感半端ないですよ。」
「そうかな?」
笑顔で首をかしげる。これはほんとなのか嘘なのか見わけがつかなかった。
「まぁ、どちらでもいいです。」
「そっか。」
「はい。」
「そういえばさ、どうして涼太くんは今の高校受けたの?」
いきなり話の方向性が変わる。俺は少しそれに戸惑う。
「どうしてですか?」
質問の意図が分からなくて聞き返す。
「だって、涼太くんぐらいだったらもっと上のとこ行けたはずなのにって思ってさ。」
俺はこれが原因となって離婚になったのであまり答える気にはなれなったが、純恋さんはおそらくそれを知らない。だから本当のことは言わないことにした。
「僕、中学の時はそこまで頭よくなかったので。」
「うそだー、絶対頭よかったでしょ?」
笑いながら言ってくる。悪気はないのだろうけど、言及されると部が悪くなる。何とか話題をそらしたいところ。
「いえいえ、ほんとですよ。それより今何時か分かりますか?」
本当に頭が働かない。そらし方が下手くそすぎなことはわかってるが、考えれない。しかし純恋さんは特に何も言わずに携帯をポケットから取り出す。
「十時三十三分だよ。」
怪しまれなかったので結果オーライだ。それにしてもさっきまで結構寝てたのがわかる。
「ありがとうございます。」
「涼太くんってさ、女の子のこと好きになったことあるの?」
突然話題を変えてきた。笑顔だが真面目な感じが伝わってきている。
「ないですね。」
即答した。
「なんでなの?」
すぐに聞いてきた。
「女の人に興味がないというか、あんまりそういう目で見れる人に会ったことがないというか、付き合いたいって欲が無いんだと思います。」
女に興味がないと断言してしまうと純恋さんを否定することにもつながりかねないので、オブラートに包むことにした。
「へー、気になったこともないって感じ?」
「まぁそんな感じですね。」
特に何かトラウマになるようなことをされたわけではないが、告白は何回かされたことあったが全部即断っていた。
「青春しなよー。一生に一度なんだからさ!」
「楽しみ方は人それぞれですよ。」
でも確か今年初詣、翼が彼氏できたことあるか聞いたら、俺の聞き間違いじゃ無ければ純恋さんはないと答えていた。しかも告白されたけど断った的なことも言っていた。
「でも初詣の時、彼氏いたことないとか言ってましたよね。」
「あ、そういえば。」
「人のこと言えませんよ。」
「確かにね。でもまともな人いなかったからさ。」
少し苦笑いしているそれは嘘だろう。ただ、純恋さんと釣り合う男は多分ほんとごく一部、いやそれ以下な気がする。
「何回告白されたんですか?」
「なんでそれを?まさか涼太くん私のこと?」
顔を近づけてニヤニヤしながら言ってくる。ただ興味本位で聞いただけなのに。
「ち、違います。」
遮断するように言うが、一瞬言葉が詰まってしまう。
「えへへ、そう言うと思った。えーっとね何回だろう?」
そう言って上を向いて数えはじめる。多分十後半ぐらいな気がする。
「覚えてないけど、大体中学高校で四、五十くらいだったと思うけど。」
再び純恋さんはこっちを見る。
「え…?」
思わず言葉を失う、ありえない数字だ。だって仮に五十と仮定して単純計算で中学高校それぞれ二十五人に告白されていることになる。しかも記憶上で五十だから実際はもっと多いはずだ。しかもそれを全部断るとはなかなかなものだ。
「でも大体告白する前と後で態度が急に変わる人ばかりだったから、大変だったね。」
少しうつむいて言う。
「大変だったんですね。」
「でもその反面、女の子の友達は結構いたからそんなに学校は苦ではなかったかな!」
再びこっちを向いて笑顔になる。確かにこんな性格だと友達が多いのは納得だ。
「そうなんですね。」
「だから、青春の楽しみ方は人それぞれ!」
「さっき僕が言ったことです。」
「そうだっけ?まぁ細かいことは気にしない!」
ほんと自由すぎるが、こっちのほうが純恋さんって感じがする。すると机の上の俺の携帯が鳴った。俺は携帯を手に取ろうと手を伸ばすと。
「いいよ、私が取ってあげる。」
そう言って立ち上がって携帯を手に取って俺に渡してくれた。それからまたさっきのとこに座る。
「ありがとうございます。」
画面を見ると和樹からの着信だった。俺は電話に出る。
「もしもし?」
「おう、元気か?」
「まぁ元気と言えば嘘になるが、明日には回復しそうな気はする。」
「そっか、良かったな。」
「いま、昼休みか?」
「ああ、ちょうど今翼と学食行こうとして、お前に電話したってことだ。」
「なるほどな。」
もう昼になっていたようだ。まだ雨が降ってて空色が明るくないからわからなかった
「おい!おまえまさか純恋さんに看病してもらってないだろうな?」
翼の声だ、ということはおそらく外でスピーカーで話しているのだろう。というかこいつ完全に心配する気ない。
「そうだがなにか?」
「お前ふざけんなよ!お前が純恋さんの手厚い看病受けるなんて百年はえぇよ!」
「お前少しは心配してやれよ。」
和樹の声が聞こえる。
「俺はなりたくて風邪になったわけじゃねぇよ。」
「お前、次あった時覚えとけよ。」
完全に意味が分からない。どうすればそれに至るのか不明だ。
「どうしてそうなるんだよ?単なる八つ当たりじゃねぇか。」
「とりあえず、早く戻って来いよ。」
急に口調が変わった、案外心配してくれてると思い安心する。
「ありがとな。」
「そんじゃ俺たち今から学食行くから、またあとで電話する。」
再び和樹の声が聞こえる。
「わかった。じゃあな。」
そして電話を切って机に携帯を置く。
「今の誰から?」
携帯を置くやいなや、純恋さんが尋ねてくる。
「和樹と翼です。」
「あー、あの二人ね。わざわざ電話かけてくれたんだ。」
「はい。」
「優しいんだね!」
「そうですね。」
自分の親友を褒められると、何だか自分を褒められている気がする。
「そういえば、もうお昼だね。私何か作ってくるよ!」
「あ、ありがとうございます。」
そう言って純恋さんは部屋から出る。すると、雨の音が耳に入ってき始めた。こんな体調だから、まともにゲームとか読書してもどうせすぐに頭痛が来るだけだし、特にできることはない。なので一人になると暇すぎてしょうがない。俺は携帯で音楽をかけてそのまま天井を眺めることにした。携帯を手に取り、音楽を流す。携帯の時刻は12:55と表示されていた。意外にも時間の進みは早いものだ。それから携帯を自分の顔の隣に置いて、仰向けになり天井を眺める。よくよく考えてみると、俺が起きた時間から逆算すると大体三時間くらい起きている計算になっている。三時間ゲーム読書禁止でこの部屋で過ごせなんて言われたら、かなりきついだろう。そう思うと純恋さんがいてくれることへのありがたみがますます心にしみる。寝ようと試みるが、睡眠時間は大体十時間は超えているから眠れるはずもなく、雨の音と音楽を聴きながら天井をながめるだけだった。今頃和樹たちは飯を食いながら雑談でもしてるんだろう、なんだか無性に学校に行きたくなる。暇とは恐ろしいものだ。すると、隣からメールの通知が鳴る。俺は携帯を手に取り、音楽を止めてメールを開く。何となく翼な予感がしたが意外にも送り主は木下だった。
『元気かい?』
こういう心配のメールは誰であってもありがたい。
『ありがとう。元気とはいいきれんが、明日にはこれそう』
送るとすぐに返信が来た。携帯を見ながら飯食ってるのだろう。
『今一人なの?』
『いや、純恋さんがいる』
『いいねー、あんな可愛いお姉さんに甘々に看病してもらえるとは、お主幸運の持ち主じゃの』
ほんと翼や木下はなんでこうも純恋さんにメロメロなんだ。ただこいつは女子だしクリスマスに恩があるから多少はまともなきがする。ただ翼は完全に下心丸見えだ。
『あのなぁ、俺だってなりたくてなったわけじゃねぇから』
『わかってるよー、これでも心配してるから』
『ありがとう』
『そんじゃうち今からゲームするから』
『はいよ』
『じゃあね』
『じゃあな』
やり取りはこれで途絶えた。心配してくれてるのはわかるのだが、複雑な気持ちになる。でもこういうやり取りは暇つぶしになるから何もしないよりは全然いい。俺はメールを閉じて再び音楽アプリを開こうとすると、部屋の扉が開く。こういう体調だし、看病もしてもらっている。今日は何も言わないことにして、俺は携帯を机の上に置く。
「できたよー!」
純恋さんが茶碗が二つのったおぼんを持って入ってきた。そしてそれを机の上に置く。
「ありがとうございます。」
「あんまり食べれないかもしれないから少な目にしておいたよ。」
「わかりました。」
俺は体を起こして、おぼんを少し自分の手前に寄せる。
「一応おかゆとみそ汁作ってみたけど、どうかな?」
一見すると普通のおかゆとみそ汁だが、すごく食欲を引き立てる匂いがする。
「いただきます。」
俺は、おかゆの入った茶碗とスプーンを手に取り、食べようとすると。
「あ、待って!」
突然呼び止められ、俺は手を止めた。
「え?」
「最初の一口目だけ、あーんさせて!」
こういう時にもスキンシップは忘れない。
「いいですよ。」
俺は茶碗とスプーンを純恋さんに渡す。それを受け取った純恋さんは、スプーンでおかゆをすくう。
「ちょっと熱いかな?ふー、ふー。」
そして、すくったおかゆをふーふーする。
「よし、じゃあ口開けて!」
そう言ってスプーンを俺の近くまで持ってくる。俺は言われるがままに口を開け、おかゆを口に入れる。程よい温かさで、食べやすくて美味しかった。
「どう?美味しい?」
「はい。」
「よかった!」
幸せそうに笑い、俺に再び茶碗とスプーンを渡す。俺はさらに何口か食べた後、次はみそ汁を飲む。塩分はちょうどよく、野菜がたくさん入っていて普段のみそ汁より圧倒的に美味しかった。そして俺はじっくりと味わいながら食べ進めた。
「ごちそうさまでした。」
食べ終わった俺は、食器を戻す。
「口に合ったみたいでよかったよ!」
満面の笑みを浮かべながら言う。
「それじゃあ私洗い物してくるね。」
「わかりました。」
そして、純恋さんはおぼんを持って部屋を出る。再び俺だけとなった部屋に雨の音が入り込んでくる。また暇な時間の始まりだ。また音楽かけようと、俺は机の上の携帯を手に取る、画面の時刻は13:36と表示されていた。今頃学校では授業があってるだろう。音楽アプリを開こうとすると、メールが一見来てることに気付く。誰かと思い、開くと翼からだった。
『授業だるい』
送られた時刻は三分前、つまり授業中。こいつほんとに受験生なのか疑いたくなる。
『まじめにやれよ(笑)』
しかしこれ以降返信はこなかった。多分見つかったのだろう。でも俺は暇つぶしになるので、少し残念だったと内心笑いながら思う。俺は、音楽アプリを開き好きな曲をかける。そして純恋さんが戻ってくるまでずっとぼーっと待つことにした。大体三十分強して純恋さんが戻ってきた。でも体感時間は一時間以上な気がした。
「おまたせ!」
入ってきて、さっきまでの定位置に座る。
「はい。」
「顔色は朝よりも結構良くなったね。熱測ってみよっか。」
「はい。」
そして純恋さんは机の上に置いてある体温計を取って俺に手渡す。俺はそれをわきに挟む。体感では七度台な気がする。多少寒気がするが、頭痛は収まっている。するとすぐに体温計が鳴り、取り出して確認する。
「どうだった?」
「38.0です。」
まだ回復とは言えないが、かなり下がった。
「だいぶ良くなったね!」
「そうですね。」
「後は、安静にしてたら治りそうかな。」
「はい。」
「ところでさ、なんで涼太くんってT大に行こうと思ったの?」
急に全然方向性の違う話題を振られる。しかも特にこれと言って理由はない。
「特に理由はないですね。」
「えー意外!涼太くんのことだから昔から理由がはっきりしてるかと思った。」
「行きたい学部はあるの?」
「一応文学部です。」
「確か現代文得意だったよね!作家にでもなりたいの?」
なぜT大に行きたいかは、特に深い理由はないけど、文学部に行きたい理由ははっきりしている。
「いえ、教師になろうかなと。」
「そうなんだ!将来の見通しは立っているって感じ?」
はっきりと決まってるわけではないけど、高校か大学のどちらかで迷っている。
「はい。」
「私と同じだね!」
「どの学部なんですか?」
「一応医学部だよ。」
誇らしげには言わず、はにかみながら言う。きっと俺と同じ感じだろう。というより、何となくでT大の医学部に行くとはやっぱり次元が違う。
「ということは、医者ですか?」
「そう!覚えてる?初めて会った日の夕飯の時、この話したの。」
俺ははっきり覚えている。当初はほんとに純恋さんを拒否してた。ただ一方的に話しかけてきて俺が流すだけだった。
「はい。」
「あの時は、なにも聞いてくれなかったのにね。」
「そうですね。」
よく考えると今まで、俺は勉強を教えてもらう以外自ら純恋さんに接近したことはない。しかも俺は女に興味がないのに、どうしてここまで彼女に心を開いてるのか不思議だった。何だか胸の奥が複雑な感覚に襲われる。それからしばらく俺は純恋さんと話をする。夕方になり空が暗くなり始めたとき、部屋の扉をノックする音が聞こえた。扉が開くとそこには親父がいた。珍しく早く帰れたみたいだ。
「おい涼太、今日夕飯どうする?」
どうやら今日の夕飯は親父が作るらしい。
「いや、今日はいいよ。」
「そうか。純恋ちゃん今日はわざわざ大学休んでまで涼太の面倒みてくれてありがとう。」
親父が純恋さんに微笑みながら言う。親父は意外にも純恋さんにでれでれというようなことはない。割とまともな人で安心する。
「いえいえ、私がしたくてやってるだけなので。」
笑顔で応える。好きで人の看病とは、医者になりたいのも納得できる。そして親父は部屋を出る。
「ほんとに夕飯いいの?」
「はい、あまり食欲はないほうなので。」
「それならいいんだけど、無理はだめだからね。」
心配そうな顔をしてこっちを見ている。心から気遣ってくれてるんだなって思うと、何だか安心感に近い何かを感じる。
「わかってますよ。」
それからは、二人で親父が夕飯を作り終わるまで雑談をした。純恋さんは、夕飯のついでに風呂に入るといっていたので、長い暇タイムが始まる。雨の音は入ってこない、きっとやんだのだろう。時間帯的にも高村や翼も帰ってきてない可能性があるし、和樹は基本返信が遅い。なので、俺は昼のように音楽をかけてぼーっと待つことにした。ちょこちょこ携帯の時刻を確認しながら。そのせいか、体感時間は圧倒的に遅く、まるで小学生の時、嫌いな教科の時間で早く終わらないかとずっと時計を見てるみたいだった。
すると一時間過ぎたころに純恋さんが戻ってくる。風呂上がりで髪が少し濡れていて、パジャマを着ている。何だかいつもより大人っぽく見えた。
「ごめんね、急いだつもりだったんだけど。」
「いえ、大丈夫です。」
「どう、体調は?」
今は特に頭痛はなく寒気も引いている。
「なかなかいいですよ。」
「ほんと?じゃあ熱測ろっか。」
そう言って机の上から体温計を取り出し、俺に手渡す。俺は体温計をわきに挟む。正直治ってる気がするので、明日のことを考えていた。体温計が鳴り、俺はわきから取り出す。
「何度だった?」
「37.3です。」
思ったよりはあるが、全然明日には行けるレベルだ。
「お!だいぶ良くなったじゃん!」
「はい。」
「後はしっかり睡眠取るだけだね!」
「はい。」
「どうする?明日いつもの時間に起きるの?」
「一応そのつもりです。」
課外に間に合ええばいいのだが、なんか人が多い教室に入るのが苦手な故俺は先に早く行くことにする。
「じゃあ、今日は早いけど寝よっか。」
「そうですね。」
やはり何もできることがないときは、寝るのが一番時間の流れが速い。
「じゃあ電気消すね。」
そう言って純恋さんは、立ち上がって部屋の電気を消し、それからまたさっきいた場所に戻ってきた。
「もう戻っていいですよ。」
さすがに一人で寝れるし、あまりこれ以上自由時間を奪うのは申し訳なかった。
「だめ。言ったでしょ?今日はずっとここにいてあげるって。」
確かにそれを言ったのは事実だが、ほんとにここまでしなくてもいいのに。しかも、彼女は俺の顔のすぐ横にいるから寝がえりがしずらい。俺は目を閉じて眠りにつこうとするが、やはり気になってるからかわからないが、寝付けない。するとしばらくしてると、横から寝息のようなものが聞こえてきた。恐る恐る横を見ると、純恋さんが今にも寝そうになっていた。体制的にはきついだろうし、起こそうとした。
「涼太くん、…い………よ。」
すると彼女は何か言い始めた。よく聞き取れなかったが、俺に何か言ってるようだ。
「あ、あの。」
「へ!?あ、なんでもないよ!」
慌てて起きる。というか寝てたことを否定せずに、何か言ったことを否定するのが少し気がかりだ。
「やっぱり戻ってください、体調崩しますよ。」
「いや、ちゃんと言ったことはする。」
「はぁ。」
言っても無駄だった、ほんとに体調崩しても責任が取れない。
「ほらほら、早く寝て。」
言われるがままに仰向けに戻り目を閉じた。なんかますます寝れそうにない。すると純恋さんが布団の上から俺の腹の上あたりをトントンしてきた。
「眠れるまで、こうしてあげる。」
なんだか感謝より罪悪感が出てきてしまう。俺はこれ以上負担をかけないように、早く眠るようにする。何だか純恋さんのトントンが俺の波長と合うのか、いつの間にか眠気がやってくる。俺はその眠気に流されるように眠りについた。
そして翌朝。俺は自然と目が覚めたおそらくいつもより早く起きたのだろう。まだ外も真っ暗だ。俺は電気をつけようと起き上がろうとした。
「あ、おはよう!」
すると突然声をかけられびっくりするが、すぐに純恋さんであることはわかった。
「おはようございます。」
「はやいね。」
そう言って純恋さんは立ち上がって部屋の電気をつける。やけにまぶしかった。
「まさかずっと起きてたんですか?」
「まぁね。」
どや顔で言われても困る、もう感謝よりも罪悪感のほうが勝っている。
「ほんと無理はしないでください。」
感謝半分あきれ半分で言う。ありがたいが少しは自分の身の心配をしてほしいものだ。
「わかってるよ!それより体調は大丈夫?」
「もう大丈夫ですよ。」
そう言って俺は、机の上の体温計を手に取り、熱を測る。もう寒気も頭痛もなく、案の定熱は完全に下がっていた。
「どうだった?」
「36.5です。」
「よかったね!」
「はい、とりあえず休んでください。」
とりあえず体調が治ったし、純恋さんを休ませるようにする。
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
そう言って純恋さんは自分の部屋に戻っていった。それから俺はしたにいき、朝飯を作って食べる。もちろん早朝なので親父や優子さんも寝ているので静かに済ませる。それから洗面所で歯磨き洗顔を済ませ、部屋にもどり制服に着替えて荷物を準備して部屋を出る。玄関に向かおうとしたが、純恋さんが心配になり、扉をちゃんとノックして純恋さんの部屋に入る。すると純恋さんは、布団で気持ちよさそうに寝ていた。なんだかこの寝顔が今までの純恋さんの中で一番可愛く、そして大人っぽく見えた。
「昨日は、ありがとうございました。」
心からの感謝を伝える。その時自然と俺の口角が上がっていた。それから俺は部屋を出て、玄関に向かう。
その途中、胸の奥が締め付けられるような感じがした。
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