終章
配信始めました。
「さて始まりました雪那のひとり語りラジオ。
ずいぶんお久しぶりになっちゃったけど、みんな元気だった?」
マイクへ向かって話しかける。
数秒後、画面のコメント欄には多数のコメントが書かれ、人の目に止まらぬ速度でスクロールしていった。
「おーおー。みんな元気みたいだねー。
うんうん。そうだよそうだよ。私だよ雪那だよ。って、誰が偽物よまったくー」
ピックアップされるコメントの一つを拾う。
「でもまぁ仕方ないよね。なにも言わずにいなくなっちゃった感じだもんね。むしろこうして迎えてくれるだけでも満足だよ。
怒られても仕方ないことだもん」
するとコメント欄は
『そんなことないよ』
『怒ってるやつなんかいないだろ』
と複数書き込まれていく。
純粋に嬉しかった。
まだWEBカメラを起動させていなくてよかった。みんなの前では笑顔でいたかったから。
「さて今日はなにを話そうかな。
やっぱりみんな聞きたいのは、今日までなにをしていたかってことだよねー」
思ったとおり、詳細を求めるコメントが多い。
「だよね。うん、そうだよね」
覚悟は決めていたつもりだった。放送開始のボタンを押すまでに何度も覚悟は決めてきた。放送をするのであれば必ず聞かれることであろうことを。でも実際に聞かれると、話そうとしていたことを躊躇してしまう。
自分が聞く立場だとして、果たしてすんなりと信じるだろうか。
「大丈夫」
マイクが音声を拾う。それは誰にでもない自分へ向けた言葉。
「私ね、前回の放送のあとに異世界へ飛ばされちゃったんだ」
目に見えてコメントが減ったことを雪那は理解している。それでも書かれているコメントも明らかに戸惑いの色が見える。中には直接的に、頭がおかしくなったのかと書かれもいた。
苦笑してしまう。
もう一段階の覚悟を決める。
「みんなにも見せちゃうね」
マウスを操作して備え付けのWEBカメラを起動させた。
「これがいま私がいるところだよ」
石造りのテラスが映しだされて、雪那は小さく手を振ってカメラの背後へと回り込んだ。
ノートパソコンを持ち上げてテラスの縁へとゆっくりと向かう。
「ここの王様がね、どうして私のことを知っていたか不思議だったんだ。そしたらさ、ウンエイって人たちからこのパソコンを貰ったんだって。
でも不思議なんだよこれ。充電もしていないのに使えるんだよ。どうなっているんだろうね」
パソコンを後ろ側から持ち上げているのでいまの雪那にはコメントが見えなくなっている。コメント欄は勢いを復活させていた。しかし誰もが頭のなかにもコメントも『!?』の文字を浮かべていて状況を把握できているリスナーは一人もいなかった。
やがて、城下町が映しだされた。テラスの縁の部分にパソコンを置こうとも考えたが、風でも吹いてノートパソコンが落下したら大変なので持ったまま話を続ける。
「ん? 海外っぽい? んー。それだったら良かったんだけどね。帰ってこられるし。元の世界に帰りたいけどね、こっちの世界でいろいろと巻き込まれちゃって、それを放っておいてじゃあ帰りますって状況じゃなくなっているっぽいのよね。
いつかは帰るよ。ちゃんと帰るよ」
縁から離れる。
台にもう一度パソコンを置いて、前に回り込む。
「というわけで配信者で初めて? なのかな?
の、異世界からの生配信でした~」
背中の後ろで手を組み合わせて
「どうだったかな?」
少しだけ前かがみの姿勢を取る。
「ん? 私? 大丈夫だよ。元気元気」
雪那の事を心配するコメントに返答する。
「いろいろあったけど大丈夫。
大変なことはまだまだあるけど、なるようになるんじゃないかな。そこら辺はまた報告するね」
ゆっくりとパソコンへと近づく。右手でマウスを操作しながら
「それじゃあ、また今度ね」
笑顔を浮かべて
「以上!
雪那のひとり語りラジオ、でーした!」
マウスのカーソルを配信終了のボタンに合わせる。
「じゃあね、ばいばーい」
左手を振りながら右手でマウスをクリックした。
異世界から生放送中~雑談配信で鍛えたトークで勝ち上がる~ 桐生細目 @hosome07
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