自分

「ちょっとまて」


 自然とその言葉が口から出ていた。

 歌うことをやめて雪那へと近づこうとして


「おっと! お前の相手はオレだぞ」


 遅れて彼女の接近に気づいていた冴橋が間に入り込む。


 剣先を突きつけられては†ダンテ†も無茶はできない。そうしている間にも雪那はノートを小脇に抱えたまま近づいていく。剣を構える冴橋の後方で足を止める。


 ノートを†ダンテ†へと見せた。


「これがなんだか、わかるよね」


「さて知らぬなそんな書物。私にはなんの関係もないもの」


 雪那の台詞を食い気味で否定する。


「これは誰かが書いていた日記みたいなものだよ」


「知らぬ、知らぬといったぞ私は。

 日記を書く習慣など持ち合わせていない。そもそも我が歴史はいずれ後世の人間が伝説として綴られるもの。自らが書くことなど必要はない」


 目が泳いでいる。相変わらず言葉だけは饒舌に重ねられていく。


「中は日本語で書かれていた」


「ならば我らと同じ配信者のものかもしれないな。なにもこの世界へと来た配信者が我ら3人だけとは限らぬのだからな。文字を書くのならゲーム実況の中でも字幕での実況あるいはゆっくりに喋らせている実況者なのかもしれない」


「私はもう、この中身をある程度読んでいる」


 †ダンテ†の動きが止まった。


 代わりにローブの人物が動き出す。伸ばした指先から炎が飛び出して雪菜を、正確には彼女が持つノートを燃やそうとして、突然積み上げられた壁に防がれる。


「私はどうやら異世界へと来てしまったようだ」


 ノートを開いて1ページ目。書かれている文章を雪那は口に出して読み上げていく。


「やめろ!」


 必死な表情。

 飛んで行く炎が片っ端から壁に阻まれていく。


「ファンタジーでよく見かける景色が広がっている。なぜ言語が共通なのか、あるいはそう感じているだけで実際は別の言語なのかもしれない」


 淡々とした口調で読み続ける。


「私がなぜこの異世界へと召喚されたのか、その理由はわからない。それを説明できるものを探して、少し歩いてみようと思う」


 紙を何枚もめくる。


「私にはどうやら特殊な力が備わっているようだ。自分の歌声で人の心を動かすというもの。これは思うに、私が元の世界では歌声を披露する動画をアップロードしていたからではないだろうか。

 興味深いが、自分だけでそう判断するには早急すぎる」


 さらにページを捲り、ノート一冊分が終わりそうなころにピタッと手を止める。


「私は求められるがまま歌い続けた。聞いてくれる者がいるのであれば、そこが私の歌うべき場所なのだから。

 いま私が歩んでいく先になにが待ち受けているのかはわからない。もしかしたら私は、この世界において魔と呼べるものに仕えてしまっているのかもしれない。

 しかし王は私のことを必要と、そうおっしゃってくれた。その恩義には答えなくてはならない。たとえこの先に私が命を落とすことになろうとも。

 だからこれでこの日記は閉めようと思う。

 もしこの先私の身になにかがあったとしても、私がこの異世界で生きた証拠をここに残そうと思う」


 文章は終わった。ノートを閉じる。


「アンタって、結構まともな人なんだね。

 ちょっと意外」


 ニッコリと笑ってみせた。


「もしかして、誰からも求められないことが一番怖いのかな」


 入り口は少し優しい口調で入っていく。


「一人ぼっちになってしまうのが怖いのかな」


 相手の反応を、ほんのちょっとでも見逃さないようにしっかりと見つめる。

 一人ぼっちの言葉に反応したのを見逃さなかった。


「だから求められそうなことをする。でも多分、歌を歌うことは嫌いじゃないと思う。好きなことをして誰かに求められる。だからうたってみた。

 そのうちに視聴者から、歌声だけじゃなくて本人にも興味を持たれだした。でも自分に魅力を感じられなかったアナタはキャラを作ることにした。それは誰が見ても目を引くキャラ。それが今の†ダンテ†。

 結果的にそれは成功して、今のアナタがいる」


 言葉を区切って相手のリアクションを確かめる。


 †ダンテ†は俯いてしまっていた。髪から覗く耳が赤い。難しい。いつもの生配信なら相手が言葉でリアクションをしてくれる。そこから次に掛ける言葉を探すのだが、黙ってしかも俯いてしまうとそれも難しい。


 考えろ。考えるんだ。ここで黙っていたままではなにも変わらない。それは相手の今までのリアクションや言葉だけじゃない。自分自身が言ってきたことでもいい。誰も口を開かないこの空気のままでいいわけがない。


 雪那の頬を汗が伝っていく。


「†ダンテ†はさ」


 苦し紛れに名前を呼ぶ。そこから続く言葉はまだ浮かんでいないというのに。けれども、†ダンテ†の名前を口にして、まるでそれまで目を閉じていたかのように、視界が広くなったように感じた。


 あっ、そっか。

 誰かに聞かせるためではない声。しいて言うのになら、自分自身への声がけ。


「少し違和感があったんだよね。

 この日記の書いた人と目の前の人とでズレを感じていたのよ」


 日記をパラパラ開く。


「あの王様に求められ続けないと一人ぼっちになると思っていたの?」


 反応は、あった。


「だから無茶な事をし続けてきたの?

 そのキャラで」


 ついに†ダンテ†が顔を上げた。

 泣きそうな寂しそうな、そんな表情で。


「そっか……」


 一方の雪那は優しげな顔をして、一転。


「ふざけないで」


 低く、言い放つ。


 言葉の矛先を向けられた†ダンテ†の表情が恐怖に凍るほどに。


「いいように使われることがファンを作るためなの?

 アナタのファンはそうやって作ってきたの?

 ちがうよね。アナタのファンは、好きなことをしているアナタに惚れてファンになったんじゃないの?

 そのキャラはいいよ。それはアナタが選んだことなんだから。でも違うよね。こうやって暴れることは違うよね。

 選ばされたことと選んだことはぜんぜん違うよね。

 ねぇ教えて。今のアナタは自分で選んだ姿なの?」


 大きく深呼吸。


「いまの自分は、楽しい?」

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