書物

 雪那は自分も参加するべきかどうかを悩んでいた。


 巨人同士は力比べを続けている。ドラゴンとローブの対決は一進一退。冴橋とスケルトンでは若干、冴橋が押されていた。そしてなによりこの闘いにおいて、いま現在†ダンテ†は優雅に闘いを眺めていた。


「でも、私になにができるんだろう」


 唇の端を噛む。


 自分の質問に対する答えを持ち合わせていない。†ダンテ†と同じように自分の能力を鍛えていれば、もしかしたらいまの†ダンテ†と同じように生み出すことができていたのかもしれない。そこまで思って、首を振って考えていたことを消した。今できないことを考えても仕方がない。


 考えなくちゃいけないことは、いまなにができるのか。


『がんばって冴橋さん!』


 声を飛ばすが、ゴーレムが地面へと倒れる音にかき消されてしまった。


「ならもっと近づいて」


 前に出ようとする雪那の腕が背後から掴まれる。


「この闘いの中にユキナ様が入っていっても危ないだけです」


 振り向くまでもなく、声だけで腕を掴んだ人物に心当たりがあった。もう動いても大丈夫なのか、どうしてここにいるのか。振り返った先にいるメイドにはそれよりもまず言わなくてはならないことがある。


「手を離してください」


 睨みつけるように言い放つ。しかしメイドは動じない。


「私は、私にできることをしてきました」


 雪那の腕を離す。


 メイドのエルクは服をごそごそをやると、長方形のものを取り出してそれを雪那へと差し出した。


「なのでユキナ様は、ユキナ様ができることをしてくださいませ」


 長方形のものを受け取る雪那。それの向きが違うことは受け取ってすぐに理解した。それを、雪那はよく知っている。


「ここ数日ツベ国の†ダンテ†の家へと潜り込み、そこで見つけたものがこれです。

 中に書かれている言語は私には読むことはできません」


 それを、ノートを開いて中身を目に通していく。


「ユキナ様にはこれが読めるのですか?」


 雪那は小さく頷いてみせた。


 視線はノートの端から端へと移動して、そのたびに指でページをめくっていく。その食い入りようはエルクが声をかけるタイミングを失うほど。ただ黙って、読んでいく雪那のそばに立つ。


 ゴーレムが一つ目の巨人を相打して崩れるころ、ローブの人物がドラゴンの体を火柱の中に包み込んだころ、スケルトンの剣士が繰り出した剣先が冴橋の頬をかすめ、同時に彼の剣先がスケルトンの首から上を切りはねたころ。雪那は前へと歩き出た。


 誰も止めようとはしない。エルクから受け取ったノートを脇に抱えて止まることなく進み続ける。


 頬を伝う血を手で拭い、荒く呼吸を繰返す冴橋。生み出したもののうち2体が消えてしまい、ようやく前に出た†ダンテ†。もう一度産み出すための歌を歌えば、先ほどと同じあるいはそれ以上の生命創生を行うことが可能。次はなにを生み出そうか。歌詞を考えながら発声練習を行っている。気持よく声を出していざ歌いだそうと顔を上げて、そんな時だった。接近してくる雪那に気がついたのは。


 そんな時だった。雪那の顔を雪那の持つなにかに悪寒を感じたのは。

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