見知らぬ天井
衣服の一部をちぎって縛るだけの簡易な処置。それでもなにも処置をしないよりははるかにいい。
あの場所から一番近い街へたどり着き、医者のいる家へと運んでその医者に言われた言葉がソレ。それともう一つ。医者は言葉を加える。声をずっとかけていてくれて、支えになってくれたことも要因の一つだろう、と。ベッドの横たわり定期的に呼吸を繰返すエルクの隣には、疲れたのだろう。雪那が彼女の手を握りながら眠っていた。
起きた時、雪那は見知らぬ部屋にいて焦っていた。
「えっと、ここ……どこ?」
はっきりと憶えているのはエルクを助けようとずっと声をかけていて、なんとか医者のいる家まで辿り着いた辺り。そこからは曖昧で
「たしかベットで眠っている……そうだ!」
上半身を起こしてその勢いのままベッドから降りる。白を基調としたきれいな部屋だった。装飾品も派手だが気品があり、主張しすぎないきらびやかさ。それらを見て楽しむ余裕は今の雪那には無かったが。ベッドから降りた彼女はそのまま扉へと向かおうとして、背丈以上の大きな扉のどこに手をかければ開くのか一瞬悩んだ間に、部屋の外側から扉が開けられて慌てて下がる。
「おっ、目が覚めていたのか」
開かれた扉の奥から姿を見せる冴橋。
左右に控えていた兵士が扉を開いて
「入らせてもらうよ」
冴橋が部屋の中に入ると扉が閉められる。
「あの人は大丈夫なんですか!」
詰め寄って問いかける。
「そのことで来たんだよ」
押してくる勢いの雪那の肩を掴んで
「まぁ座りなよ」
手を離してベッドへと誘う。言われるがままベッドへと後退して、腰を下ろす。
冴橋はこの部屋には初めて訪れたのか、内装の様子に感嘆の声を漏らす。
「オレの部屋とはぜんぜん違うなぁ」
そんなことはどうでも良かった。でもなんだか言及したくなくなるような、そんな雰囲気をいまの彼は漂わせていた。言いたいことを口に含んだまま飲み込もうとさえしている。だんだんと浮かんではいけない不安が舞い込んできた。
「ちょっと待って」
声を絞り出す。聞いてはいけないんじゃないか。このまま聞かないままでいれば、少なくとも哀しい思いをせずに
「ありがとう」
突然視界から冴橋の姿が消えた。なんてことはない。その場で土下座をしたために見えなくなっただけ。
「アンタの、その声のお陰でウチのエルクは助かったようなものだ。
感謝の言葉も見つからないほどに感謝している」
やわらかな絨毯に額を押し付ける。
「オレは、アンタに一生かかっても返すことができない恩を感じている。
なんでも力になる!」
そこまでされてはどう返していいかわからず、ベッドから腰を離してしかしなにを話せばいいのかあたふたと。
「わ、わかりました。まずは頭を上げて」
言われたとおり頭をあげる冴橋。押し付けられた額が少し赤みを帯びていた。
「エルクさんは助かったってことでいいんですよね」
「あぁ」
「それでここはどこなんです?」
「ここはオレが仕えている国だ。
安心していい。ここには追手は入ってこられない」
少しの問答でだいたいのことは理解した。その上で最後にひとつ問いかける。
「それじゃあ、私はこれからどうしたらいいの……かな?」
困った表情を浮かべつつ笑うしかない。
「元の国には戻れないし。戻ったら……殺されちゃうんだよね」
今度の問いかけには冴橋は即答しなかった。
「あー、うん、わかるよ。
そういう質問されちゃうと困っちゃう感じなんですよね」
苦笑いを浮かべる。
「かといってここでかばうわけにもいきませんもんね。確かエルクさんも、一言もそんなことは言っていなかったですし。
だから私はただ、ここを訪れただけですぐ出て行くんですよね」
まだ苦い表情。
「いいや、それは違うぞ」
あぐらをかいて冴橋はその場に座り込む。ぱちんと太ももを叩く。
「言っただろう。オレはなんでも力になると」
それは聞いた。それは理解できる。しかしその言葉の前に発した言葉がなにを意味するのかを、雪那はわからなかった。
「それは違うって……なにがちがうんですか?」
首を傾げる。
「もちろん、かばうかばわないってことがだ。
自己解決してもらっちゃあ困るな」
もう一度太ももを叩いてから立ち上がった。
「まずはここの王と会ってほしい。話はそれからだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます