急襲

 足が重い。


 道無き道を、先頭を歩くエルクがかき分けて雪那が続いて歩く。そんな道だから足が重く感じるわけではない。時々来た道を振り返ってもそこには森しか無い。


「いまから戻ってももう誰もいないと思いますよ。それどころか、敵軍と遭遇してしまう可能性もあるので、おすすめはしません」


 気になって振り向いただけだったが、たしなめられてしまった。


 さらにどれだけ歩いただろうか。幸いなことに追手がやってくる気配はなかった。先を歩くエルクが無言なため、続く雪那も一言も喋らずに歩き続ける。


 やがて、森が終わった。


「ユキナ様はこちらで待機を」


 森を出る前に雪那を森の中に待機させて、エルクのみが森を出て辺りの様子をうかがう。

 念入りに探索をしてエルクが帰ってきた。


「伏兵の姿は見当たりませんでした。

 では行きましょう」


 森から出る雪那。そうは言われてもどうしても辺りが気になって、きょろきょろとしてしまう。


「お疲れかもしれませんが、もう少々我慢をしていただきます。少なくとも、私の国の領土に入れば、ある程度の安全が保証されますので」


 後ろの雪那を気にしつつ、またエルクは先導して歩き出す。


 エルクの選んだ道は悪い道ではなかった。大きな道はなるべく避けて通り、しかし普段は誰も通らないような道もまた避ける。


 一昼夜、休みつつ歩き続けてようやく目的の地が見えてきた。この小山さえ越えてしまえばそこはエルクの仕える国の領地。


 そこを越えさえすれば。


「あやまろう。この喜びの極地に邪魔者がいてしまったことを」


 エルクの行動は早かった。小声で雪那に


「なにかあったらお一人で駆け抜けてください」


 そう言いつつ、自分は太ももの位置に隠し持っていたナイフを降りだして構える。


 山の頂上を陣取っていたのは3人。3人だけだった。それがごく一般的な兵士だけならば、3対1のハンデがあっても抜けられる自信がエルクにはあった。しかし、中心に立つ人物が†ダンテ†だとそうはいかない。


 自分の身になにがあってもこの御方だけは領地に届けなくては。険しい表情で唇の端を噛む。


「あぁ怖い怖い。

 こちらとは話しをするつもりもないと、そういうことなのか? 姿は仕える女神、メイドをしていても中身は狂気を隠せないということか。

 哀しいなぁ」


 警戒を高めるエルクとは違い、肩の力を抜いて両腕をぶらぶらさせる†ダンテ†。


「別にこちらは」


 目を閉じながらくるくると、その場で回転をしているその間に右にいた兵士が太ももにナイフを受けて、その場に崩れ落ちた。


「話し合いをするだけでも」


 攻撃を受けている。そう認識したもう一人の兵士が腰に下げていた剣を掴んで、構える間もなく手の甲を切りつけられて剣をその場に落とし、さらにはエルクの回し蹴りを食らって小山を転がり落ちていった。


「構わないんだけどね」


 †ダンテ†の立ち位置が元に戻った時、左右にいた兵士は二人とも立っていられない状況になっていたが、†ダンテ†自身はそれを特に気にすることなく右手を胸元に、左手をエルクへと向けて歌い出した。


 距離を取るエルク。耳を押さえて歌を遮断しようとしたが遅かった。両腕に力が入らなくなり、意識が混濁を始める。なんでもない普通の歌なのに、歌声がその歌詞が頭のなかに入り込んでくる。視界が揺れ始めて、いま自分がどこに立っているのかもあやふやになってきた。誰かの声がする。もしかしたら自分の名前を呼んでいるのかもしれないが、認識できない。


 いま、認識できるのは手に持ったままのナイフを、自分の体に刺すことだけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る