贈る言葉

 あった。


 でも違う。


 人の生死が関わる選択肢に出会ったことはない。けれども人のここから先の出来事に干渉したことならあった。


 好きな子に告白をするかどうか、進路で悩んでいる、雪那さんみたいに人気者になりたい。今の仕事をやめていいものかどうか。


 死は関わらない。けれども重要さに大きいも小さいもない。どれも等しく、その人の未来を決めること。


 今まで生配信で何度も受けてきた問いかけだ。いつも真剣に答えてきた。生半可な気持ちで受け答えしたことはない。ありがとうございます。この間の言葉で告白をしました。大学受験頑張ります。お礼を言われたこともある。もちろん、失敗をしてそのことを言われたこともある。そのことで落ち込んだこともある。そんな時に言われた、


『でも雪那さんに言われなければ今でも悩んだままだと思います。結果はどうあれ前に進めました。ありがとうございます』


 その言葉にどれだけ救われただろうか。救うつもりで声をかけた相手の言葉に、どれだけ助かったことだろうか。


 なにもしなければ結果は生まれない。


 雪那は頷いた。


「逃げても誰も怒られたりしないんですよね」


 将軍を見上げる顔色には今までとは違い、生気が宿っていた。


「あぁ、もちろんだ。

 連中の目をこっちに向かわせている分だけ、ここを囮にして進軍した別働隊が助かるんだからな」


 腕組みをして答える。


「じゃあ!」


 決意の込められた瞳を将軍へと向けた。


『生きてみんなで帰りましょう!』


「ひとつ、よろしいでしょうか」


 雪那が生き残っている兵士の前で言葉を紡ぐ中、人の資格に立つメイドが将軍へと話しかける。


「そこまでしてあの人を守るのにはなにか理由があるのですか」


 話しかけられた将軍は視線だけは雪那へと向けて


「ん? あぁ。

 なにか裏があるとでも思われているのか?」


 メイドからの返答はない。


「なぁに。大した理由じゃないさ。

 俺もな、前に彼女の言葉に助けられているんだよ。城下町での爆発騒ぎの時にな。それ以来彼女の声のファンなんだ。

 これじゃあいけないか?」


 メイドからの反応はただ一言。


「理解は、できます」


 体力と勢いのある兵を殿に集めて相手の追撃を止め、それに劣るがまだまだ戦える兵を前方へ集めて前からの攻撃に備える。そしてケガの重い兵を真ん中に集め逃走は始まった。


 相手の軍もそれを追い始める。一般的に逃走する側と追う側、士気だけで見るのなら追う側のほうが高くなる。実際に追いかけている側の士気は高く、なんとしてでも相手を殲滅させる感情で溢れかえっている。しかし今だけは違った。


「オラオラどうしたぁ! もっとかかってこいよ!」


「逃げてんじゃねぇぞ!」


 それを逃げる側が叫んでいる。


 一番後方で殿を務める小隊は背後を向きつつ後ずさりをしている。こちらから攻めることはしない。しかし相手が踏み込んできたら応戦するべく突撃を始める。ある程度踏み込んだところでそれ以上深入りをせずに下がり始める。


 ぎりぎりのバランスを保ちつつ雪那のいる軍は後退を続けていた。相手の勢いに本来は背後から攻めるつもりであった援軍も、うかつには攻め入れられない状況にある。


 自軍領地まではまだ遠い。

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