選択肢
囮という話はすぐに全体に広がってしまった。
もちろん雪那の耳にも。
なんとなく、心に思っていたことがある。国王にとって自分はもう不要な存在なんじゃないかということを。しかし不要だからといって他国に与えていいようなものではない。だったらどうするか。始末をするしか無い。しかし自分一人のためにこんなことはしないだろうと、浮かんだ考えを捨てる。
ふと、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえて雪那は顔を上げた。最近、気がつくと地面ばっかり見ているなぁとひとりごちる。
「それで、今日はどういう御用なんですか?」
顔を上げた先にメイドが一人立っていた。あまり表情の優れないメイドが一人。
「お久しぶりです」
メイド姿のエルクが小さく会釈する。
戦場であまりに場違いな格好だったが、密偵でもある彼女ならどこに現れてもおかしくはない。
「こんなところでもその格好なんですね」
一度聞いてみたかった。
「はい。私はなによりもまず、メイドですので」
「はぁ……」
わかるようでよくわからない。
「今日はお一人で?」
「はい。あまり人目についてもよろしくはないので」
メイドの格好のほうが目立つんじゃ。そう口にしたかったがやめておいた。
「本日はお伝えすることがあり、ここまで参りました」
改まってそう告げる。
「現在のこの状況は故意に起こされたと裏が取れました」
若干のめまいがした。
「ある程度はご存知と判断をしています。この隊を別働隊への囮として利用しているということ。目的はこの先の国を攻め落とすことで間違いはないでしょうが、もう一つ。それは雪那様です」
椅子に座ったままでよかったと、しみじみ雪那は思ってしまった。もし立ったままだったら、立っていられなくなって倒れていたかもしれない。
「雪那様が仕える王は、雪那様をこの闘いで亡き者にしようと考えています」
一度は捨てたはずの考えが非情にも蘇ってきた。
頭を抱える雪那。それでもまだエルクは話を続ける。伝える言葉はまだまだあった。
「この混乱にまじりすでに刺客が送り込まれています。ここに辿り着くまでに数人、邪魔者になると判断されて私を狙ってきましたが、まだいるはずです。お気をつけ下さい」
「で、私はどうすればいいの?」
訊ねてしまう。考えることを放棄したくなってしまう。
「色々と頼まれて、私もそれにできるだけ答えてきて、それで最後は捨てられるって。捨て駒ってことだよね。……ううん。捨て垢なのかな。人気が出たら運営に好きな様に扱われて、人気がなくなったらいつの間にか消えている。
どこも変わらないなぁ、こういうのはさ」
「それでも応援を続ける奴はいるんじゃないかな」
雪那でもエルクでもない声が会話に入り込んできた。
声が聞こえてきた方角から死角に手を置き、とっさに構えるエルク。
「将軍さん」
雪那の言葉に死角から手を出した。しかしまだ警戒は解かない。
「すまないね。
アンタに用があってきたんだが、少しばかりタイミングが悪かったようだ」
バツが悪そうに頬を掻く。
「いやね、聞いてしまうつもりはなかったんだよ。
オレだって秘密の話を聞く趣味は持ち合わせていない」
「い、いえ、いいんですよ。
こんなところで話しているんですから、誰かに聞かれたっておかしくはありませんし」
それでも誰か接近していないか、エルクは常に警戒をしていたが。
「お気遣い痛みいる」
軽く会釈。
「許されついでにもう一つ」
顔を上げると、いままでの爽快な笑顔は消えていて
「ひとつ、提案を持ってきたんだが話を聞いてくれるかな。
もちろん、そちらのお嬢さんもご一緒に」
子供好きなのに浮かべる笑顔は子供を遠ざける。そんな笑顔を浮かべても今日ばかりは誰も逃げない。
「提案……ですか?」
「あぁ、ユキナさんには悪くはない提案だとは思うぜ。なにしろ。アンタをこの戦場から生きて帰すための提案なんだからな」
「それは本当ですか」
メイドがずずいと前に出てくる。
「おっ、ようやく食いついてくれたのかい」
ニヤリと笑う。エルクはリアクションをしてしまったことに頬をほんのり染めて後ろへと下がる。
「場違いなメイドさんがどこの誰かは聞かないが、少なくとも目的は合致するんじゃないか?
そうであろう?」
冷静さを取り戻したメイドはなにも答えない。
「オレももちろん、ここにはアンタの声に救われたものが多い。
ここだけじゃねぇ。他を攻めてる隊の中だってそう思っている連中は多いだろうよ。
そのおかしな力の実力じゃ、確かにあの†ダンテ†のが上なのかもしれないが、オレたちの背中を今まで押してくれたのは間違いなくアンタだ。あの男ではない」
褒められすぎて雪那が若干気持ちの悪い笑顔を浮かべてしまっている。
「だからユキナ様をお逃がしになられると?
こちらの掴んだ情報通りですと、アナタの仕える国の王はユキナ様を亡き者にしようと考えているのですが。それなのに逃がそうとするのは背信行為では?」
「生憎とその命令はオレには来ていない。オレが王から承った命令はここを突破して敵国へと攻めこむこと。それでついさっきの伝令から、ここを攻めるのが囮であるということ。それだけだぜ」
ちらりと雪那を見る。
「敵国へと渡る前に亡き者にしろ、なんて命令は一度も受けてはいない。
受けていない以上それを守る義務はない」
「では囮としてこのまま、この戦場で闘い果てるのですか」
「その覚悟はある」
破顔して
「だけどな」
口元に手を当てて、伸びてきたヒゲをジョリジョリさせながら
「伝令の話だと、囮と気づいた敵国が踵を返して国へ戻ると考えていたらしいが、その様子がねぇ。相手にまだ情報が伝わっていないのか、あるいはそっちはそっちでこっちこちらを滅ぼすつもりで来ているのか。
どっちにしても好都合だ」
「と、いうと?」
「囮としての任務を果たしながら逃げることができるからな」
「なるほど」
合点がいったメイド。
一人雪那は先程から話しについていけずに、会話をする二人の顔を交互に眺めていた。
「ただしこちらは逃げながら闘いつつ、かと言って引き離して相手に戻られるのは避けなくちゃならねぇ。
かなりきつい撤退にはなるだろうが、アンタにその覚悟はあるか?」
自分に話が振られた。
見つめられて、いま問いかけられた言葉をしっかりと噛みしめる。
「ここにこのまま残って最後まで闘うという選択肢もある。アンタがそれを望むなら、アンタがそう『声』をかけてくれるのならそれに従うぜ」
言葉にそんな重みを与えられたら、この少女は重さに耐え切れず答えられないのではないだろうか。そう進言しようとしたエルクだったが、口を開こうとして小さく首を振る。自分は、そこまで介入していい立場ではない。
雪那はぎゅっと目をつむって考えこむ。
逃げてみてはどうだろうか。相手は援軍も来ている。このままでは押されていく。そうなってから逃げても遅いだけ。でも、大将の話では逃げすぎてもいけない。闘いつつ後退する。そうなると逃げられずに倒されてしまう人も大勢出る。
じゃあ逃げずにここで戦い続けるのはどうだろうか。そうすれば遠慮なく闘うことができる。けれども相手には援軍が来ているのだから結局押されていくだけ。
どちらを選んでもいま以上の犠牲者がでてしまうのは必至。
「私は……」
言葉の重みに潰されそうだった。
いままで生きてきた中でこんな選択肢を迫られたことなど、こんな答えに真剣に悩んだことなど
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