おとり

 その国は周りを険しい山に囲まれた、天然要塞の名を持つ国。攻めるには山の間にある道を通っていかなければならない。だからこそ、雪那のいるこの大隊は正攻法で攻め続けていた。だからこそ相手国もここに戦力を投入してきていた。


 だからこそ、この大隊を囮に使用した。


「それは真実なのだな」


 周りに動揺が感染していく中、将軍だけは冷静に報告を聞いていた。

 ただひとつ、この報告は自分だけが聞くべきだったと後悔はしていた。


「つまり我々は敵国の矛先を向けるための囮で、本隊はすでに別方向から敵国領土内に侵入していると」


「そう、聞かされております」


 地面に肩膝をつく姿勢で報告をする。


「侵入されたとしれば敵国も急ぎ、本国に戻るであろう。当大隊はそれを背後から遅い殲滅せよ。とのことです」


 伝令のためにやってきた兵士は右腕に折れた矢が刺さったまま、一度落馬した衝撃で衣服も汚れあるいは破けていた。


「ところが相手は退却するどころかいまもこちらへ向けて進軍中。さらには背後にも回られていた、と」


「数は多くはありませんでした。しかし、ここまで来られたのは私一人でした」


 ここまでくると笑いたくなるような状況下だったが、さすがに笑える場面でもない。


「後ろの連中を蹴散らせばいいんだろうが、手間取れば背後に追いつかれて最悪は挟み撃ちか。そもそも命令が来ていないのに退散するのは……いや、待てよ」


 アゴを撫でる。伸び始めたヒゲがジョリジョリして気になる。

 自分に注目が浴びせられているのには気づいていた。


「こっちが囮で、しかもまだこっちに食いついてきてくれるのなら話は別物になるな」


 よし! と手のひらにコブシを打ち込んだ。

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