睨みあい
答えは見つからない。
いつ終わるかわからないロスタイムは今のところは続いている。
再び前線に立った雪那は兵士たちに声をかけ続けていた。前のような効果があるのかは本人にはわからない。けれども声をかけてもらった兵士たちは、勇気を与えてもらったかのように表情を輝かせて戰場へと向かっていく。
いま戦っている国は強国だった。元々大きな国ではあったが、そこに近隣国が力を貸してさらに強国となり行く手を塞いでいる。
大きな山と山とが一本の道を形成している。ここを越えさえすれば相手国まではすぐ。だからこそ妨害の手も大きい。押し通ろうとしても押し返される。一進一退の戦況が続いていた。
日は明けて、いつもなら朝早くから衝突が起こっている時間。しかし今日は双方にらみ合いがかれこれ数時間も続いていた。戦況が動かない以上体を休めることはできる。しかしいつ始まるかもわからない状況下では心は休まらない。双方の陣営から時折上がるときの声。いつはじけてもおかしくない、張り詰められた空気がずっと広がっている。なにかきっかけでもあれば、ほんのちょっとしたものでもあればはじけてしまいそうな空気。
きっかけは、左方の山からの落石。落石自体は小さいもの。コブシ程度の大きさだった。しかしきっかけを作るには十分すぎる大きさ。どちらから最初の一歩を踏み出したのかはわからない。気づいた時には各陣営の将たちが進軍の声をあげていた。兵士が走りだし、あとから騎兵が駆け始める。大きな人と人の波同士がぶつかり合い、悲鳴とも威勢のいい声とも分からない声が飛び交う。人が人の波に飲まれ地面に伏せ、その波もさらに大きな波に飲み込まれて消えていく。まるでこの闘いがこの戦局最後の闘いのように、双方は死力を尽くしていた。
雪那は必死に声を絞り出して、届いているかもわからなかったが兵士たちに声を送り続けている。そのかいあってか戦局はだんだんと雪那たちへと傾きつつあった。ジリジリと敵国は下がり始めている。このまま押し続けることができれば勝敗は決したようなもの。
増援さえ現れなければ。
「嘘だろ……」
左右の山は険しく、そう簡単に登っていけるような山ではなかった。それを利用して時間をかけて登っていた自国の小隊が、敵国のさらに背後から土煙を上げてやってきた集団を見つけてしまって悲痛な声を上げた。直後、下からの矢による射撃をノドに受けて体をぐらりと揺らして落下していく。続く執拗な射撃に、命からがら本体へと戻った兵士が増援を伝えられるころには、その必要がないぐらいの位置にまで接近されていた。
本隊の責任者でもある将軍は考える。ここで逃げの一手を打つべきか。いやそれは許される行為なのだろうか。いや、許されなくても自分の首一つで解決されるであろう。そうであっても無駄に血を流すよりは。
あっという間に戦況は押し返されつつあった。疲れを見せていた兵士の代わりに、体力も勢いも機動力もある騎兵が前線にやってきた。最前線は一方的に血が流され、兵士たちはジリジリと後退を余儀なくされる。後方に控える本隊は下がらない。ここが下がってしまえば本格的に士気が下がってしまうからだ。どっしりと構えて、次の一手を練る。
「将軍! こちらの援軍の見込みはあるのですか!」
「いや……どうだろうか」
考える。
「難しいだろうな。
本来ここに当てられる予定だった兵士はいまよりも少なかった。しかしそれでは苦戦を強いられると直談判をしてようやくこの数だ。そこにさらに増援は……」
無理。とは言わない。悩んでいる時間はそう長くは与えられてはいない。こうしている間にも最前線では味方の命が奪われているのだから。
「将軍!」
「なんだ!」
つい声を荒らげてしまった。しかし伝令に来た兵士は臆することなく
「遙か後方より馬が来ます! あれは我が軍の兵士です!」
その報告に将軍はもちろん、聞いていた辺りの兵士たちの表情が晴れた。
「おお! 援軍か!」
「いえ、向かって来ているのは一人だけの模様です」
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