もう一つの声

 馬車の進む方向に見えてきた大きな建物に、久しぶりに雪那の表情に活きた笑顔が浮かぶ。


「やっぱり大きいんだなぁ」


 見えてきた城とそれを取り囲む城下町に、そんな言葉が自然と漏れた。雪那のその様子に同情していた兵士たちもほっとしたような、そんな表情を浮かべていた。


 本国からの書状が届いた。書状には雪那の急ぎの帰還の旨が書かれていた。そして雪那は帰路につく。


 長い旅も終わり、馬車がついに城壁の内部へと入っていく。久しぶりの城下町だったが、馬車の中から見る限りなにも変わっていないように見えた。


「こうして平穏無事が続けていられるのも、ユキナ様のお陰です」


 通りを通る馬車を見つけて子供たちが並走してくる。小さな窓から笑顔で子供たちに手を振ると、子供たちも笑顔で手をぶんぶんと振ってきた。


「……うん」


 自分がやってきたことの成果を目で直に見ることができた。

 だんだんと生気が彼女の中に戻っていく。


 馬車はそのまま止まることなく城まで向かっていく。街を離れると再び座席に背中を預けて、考えることは今日どうして呼ばれたのか。


 各地の戦況は今のところこの国が優勢。いつかのように死を恐れぬ兵士が攻めてこない限りは敗走することはなく、そもそも†ダンテ†の姿はあの日以降まったく見かけなかった。しかしだからといって油断できる状況でもなく。なのでいきなり本国へ召喚されると聞かされた時は雪那も驚いていた。


 城門前で馬車は止まり、ここまで一緒に来ていた兵士たちは馬車の前で頭を垂らして雪那と別れる。代わりに城の中から出てきた兵士が雪那と一緒に城内へとついていく。


 何時ぶりかわからない城内は静まり返っていた。


「今日はなにか……式典でもあるのですか?」


 似たようなことがあったのを思い出す。その時は式典で城内が静寂に包まれていた。

 一緒について着ている兵士はニッコリと微笑んで


「そのように聞いております。詳細は明かされておりませんが」


「つまりその式典のために私は呼び戻されたと?」


 その問いかけには首を傾げる兵士。


「私はそこまでは知らされておりませぬゆえ」


 少し合点がいった。なんの式典なのかはともかく、その式典のために呼び戻されたのだと。


「こちらへお願いします」


 兵士に案内されて大広間へと向かう。

 扉の前にいた兵士が雪那の姿を見つけ、扉を少し開いて中にいた兵士に耳打ちする。一度扉を閉めたあとに雪那へと頭を垂らして


「お待ちしておりましたユキナ様。中へどうぞ」


 雪那を部屋の中へと誘う。


「はい。ありがとうございます」


 軽くお辞儀して開かれた扉から部屋の中へ入っていく。

 大広間は優雅にパーティーが出来るほどの広さを持つ、この城の中では一番に大きな部屋。それにもかかわらず狭く感じるほどに人が入っていた。そして賑わっていた。


 ここまでついてきた兵士が頭を下げながら雪那のための道を作っていく。はぐれないように後をついていく彼女。たどり着いたのは大広間の上手に設けられた壇上脇。そこで案内をしてくれた兵士もいなくなり、1人取り残される雪那。


 広場の中は騒がしく、ときおり彼女へ挨拶をしてくる大臣もいるが、なんだか場違い感があっていたたまれなくなってきた。このあとなにが起こるのか、自分はなにをすればいいのか。なにも聞かされていないまま壇上脇で待機が続く。帰りたくなってきた。そんなことを思い出したころに広場の入口が大きく開かれ、それにともなって広場の中で待機をしていた大臣たちが左右に別れだした。


 中央に出来た道で壇上へと向かう王様の姿。左右の大臣たちが声をかけ、なにかそれに答えているが雪那には聞こえない。やがて王様が壇上へと辿り着く。あれだけ騒がしかった大広間が静まり返った。全員の視線が王様へと集中している。数十人からの視線にしかし王様は怯えも怖気も動揺もしない。


「待たせて済まなかったな。別の客人の到着を待っていたのでね」


 広間の全員の顔を見回す。


「今日集まってもらったのは他でもない。

 この国にとって、良いニュースを真っ先に諸君らに伝えたくてな」


 また騒がしくなる。

 良いニュース? 同盟となる国が増えるのか? そうか、そうに違いない。続くであろう王様の言葉が待てないのか、各々が想像を口にしあう。


 王様は否定も肯定もせず静かになるのを待つ。再びの静寂。


「その前に一人、客人を皆に紹介しよう」


 先ほど王様が入ってきた扉がゆっくりと開かれた。


「皆の耳にもすでに入っているであろう。おろかにも我らが国に攻め入ってきた国があることを。

 そしてその国の死を恐れぬ兵士のことを」


 ざわつく広間内。


 開かれた扉から一人の青年が入ってきた。

 雪那の背丈では他の人がジャマで、誰か、としかわからない。


「彼は」


 背筋に冷たいものを感じて雪那は壇上の王様を見る。王様の視線は自分の元へと歩いてくる青年へとずっと向けられている。


「彼こそが」


 青年は両手を広げて笑みを浮かべながら壇上へと向かっていく。


「彼の歌声がその兵士たちを生み出し、これからはこの国のため、我らが平和のために仕えてくれることになった」


 青年は足を止める。

 振り返って、自分を見てくる大臣たちへ軽く頭を垂らす。


「†ダンテ†くんだ」


 後頭部を殴られたような衝撃。頭をくらくらさせながら雪那が壇上へと向かおうとすると、壇上前を固めていた兵士が彼女の接近に気づいて行く手を塞ぐ。


 あいつは敵よ。あなたたちの仲間も彼に殺されたのよ。そう言おうとする前に、雪那の接近に気づいた王様が彼女へと手を向けて。


「みなも充分に知っていると思うが、これからは彼女の声!」


 手のひらの先を雪那へと向ける。


「そして†ダンテ†くんの歌声!」


 †ダンテ†が深々とおじぎをする。


「この2つを持ってこの国の平和を恒常のものとすることを、ここに宣言しよう」


 もはや雪那がなにを言っても意味をなさなかった。

 大広間は大臣たちの歓喜の声に溢れかえって、少女一人の声などかき消されてしまうだけだった。

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