退路

 気が付くと雪那は馬車の中で揺られていた。


 記憶として憶えているのは、兵士の一人に促されて馬車に自ら乗って行ったこと。その時はどうして馬車に乗るのかよくわかっていなかった。いまはゆっくりとだが、思い出している。


「あれは……なんだったんですか」


 思ったことをそのまま口にする。


 ゆっくりと辺りを見回すと、馬車の中には他に兵士が数人いた。しかし誰一人彼女の問いかけに答えるものはいない。全員顔色を青白く変色させて俯いている。


 ただ馬車だけが止まることなく進み続けている。やがて馬車が動きを止めた。雪那が馬車から降りると後方から誰かが馬で駆け寄ってくる姿が見え、馬車に乗っていた他の兵士たちも緊張した趣で馬車から降りだす。馬の蹄が地面を蹴りつける音がだんだんと近くなっていく。姿はまだ見えない。数は一騎のようだったが、それがどちらの国の所属のものなのかはまだわからない。


「アナタは下がっていてください」


兵士の一人が雪那の前に立つ。


「私は以前、アナタの声に助けられました」


剣を構えつつ、生気のない顔を背後の雪那へと向ける。


「兵士として訓練は積んできたものの、実戦が皆無だった私は緊張のあまり恥ずかしながら戦場の中で立ち尽くしてしまいました。そんな時にアナタの声を聞き、生き抜いて今があります」


 震えていた剣先が治まっていく。


「オレもです!」


 他の兵士が声を上げる。


「雪那様の声はオレたちだけじゃない。兵士みんなの心の支えになっていました」


「そんな人をここで死なせはしませんよ!」


 士気が上がっていく。雪那が声にしなくても兵士たちの士気が上がっていく。


「カルロォ! 状況によってはお前が雪那様を連れて国まで行くんだ!

 お前には国で待ってくれる人がいるんだろ!」


 この中では一番若い童顔の兵士が


「……はい!」


 頷く頃、接近してきた馬と、その馬に乗る人物がようやく見えてきた。


「敵が退却を開始したぞ!」

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