† †
カーヴェ国とユスト国が激戦が繰り広げられた平原へと戻ってきていた。
そこは後退を始めた時よりもさらに惨劇が広がっていた。こちら側の兵士はもちろん、その惨劇の中身は敵国の兵士も多く混じっていたからだ。
「お、無事なようでなによりだな」
惨劇の中心に一人の青年の姿。
「多分もう大丈夫だとは思うぜ。
一応いま、オレのところの兵が見まわっているけどさ」
両手をズボンのポケットに突っ込んだ姿勢のまま、上半身だけを背後へと向ける青年。
「冴橋さん……」
青年の名前を口にする。
「おっとオレのことを心配してくれるようなら大丈夫だぜ。
見ての通りピンピンしているからよ」
ポケットから両腕を出してプラプラさせる。
「ただちょっと疲れているんで、ここからあまり動きたくはないだけさ」
本当にそうなのだろうか。心配になって冴橋へと近づく雪那。
「遅れたことは謝るよ。
うちの国にも色々と話が来ていてさ、王様が重い腰を上げるのに時間かかってしまってさ。あーそうだ!」
冴橋は手の中にいくつもブロックを生み出して宙に投げ捨てる。
ブロックはひとりでに積み重なっていってゴーレムを創りだした。
「ひとつ謝っておくわ」
もう一体、ゴーレムが誕生する。
「まだ敵さん、残っていたわ」
ゆっくりと前方を指さした。そこには、一人の青年が立っていた。
「アンタのこと、知ってるぜ」
指を刺された青年もまた、冴橋のことを指さして
「私もお前たちのことを知っている」
私も? と自分を指差す雪那。
「そいつは光栄だな。いま最もランキングを騒がしている配信者さんに名前を知ってもらえるなんてさ」
冴橋の言葉に雪那はハッとして、対峙している青年を目を細めて見つめる。
「あっ」
思い出した。
「もしかして歌い手の人? 名前は確か……」
言葉を区切って思い出していると
「†ダンテ†だ」
動きをつけつつ本人が答えてくれた。
「そうそうそれそれ。
って、え……本当に本人なの?」
質問を問いかけて首を振る。
「そうだよね。私たちがこうしてこの世界に来ているんだから、他の人が来ていておかしい訳がないよね」
「雪那!」
強く、咎められるように冴橋から声をかけられる。
「その男が、雪那の国を攻めていた男だ」
ゴーレムがゆっくりと†ダンテ†の左右へ回りこんでいく。
「そいつの歌に気をつけな。
歌が人の心を支配する」
「え……本当に?」
体をこわばらせて数歩後ろに下がる。
「あぁ。私の歌は人を支配する。
私の歌声は人の心を掴んで離さない」
両手を広げて天へと上げて、次には深々とおじぎをする。
「私の歌声を耳にすれば死など恐れない。いや、死の先にすら到達できる」
歌唱動画を上げる歌い手の†ダンテ†のことは雪那も知っていた。実際に動画を見たことは数回だったが、まずインパクトがある。
雪那自身は生まれていなかったのでよくは知らないが、ヴィジュラル系アーティストの最盛期にはこんなインパクトのアーティストが多かった。黒を貴重とし対象を身にまとい、羽のような装飾があちこちに取り付けられている。髪は赤みがかかった長髪。前髪に片目が完全に隠れてしまっている。顔の作りは整っているが、それ以外のインパクトが強いためかあまり強調されていない。
「神は嫉妬をしたのだ。私が持つこの声に。
だから悪魔が囁いたのだ。神の嫉妬をさらに強くさせるために、力を与えると」
あと
「……中二病っぽい」
言動がいちいち特殊だった。
「いまの私は神すらも超えた。この世界において私が神だ」
うわー。と口にはしないで、内心引いていた。
「でもこの人これで人気があるんだよねぇ」
前方の冴橋に聞こえる程度の声。
「そういうのがいいんじゃないかな。ほら、影のある男を好きな女性っているだろ?」
「う~ん。でも私はちょっと……」
本人には聞こえない小声で話をしているのに、うんざりしているような表情を浮かべてしまう。
「しかしさすがは選ばれし者。『ブロック・メーカー』の力は聞いていた以上のものだな」
「うわなんか勝手に能力名みたいなものつけてるよ」
「それに比べて『語り、告げし者』は思った程ではなかったな」
その妙な能力名が自分のことを指しているのだと、雪那はすぐに理解した。
「所詮はあの程度の能力であったか」
それはどういう意味。と問いかける前に†ダンテ†が2人に背中を向けた。
「まぁ、どちらにしても収穫はあった。今日のところはそうだな。こちらの負けでも構いはしない。
では、な」
ゆっくりと、優雅に去っていく†ダンテ†。
「追いかけなくていいんです?」
棒立ちをしている冴橋に問いかける。
「そうしたいところだけどね」
大きく息を吸って
「正直オレもそろそろ限界なんだよね」
†ダンテ†が視界から消えた頃、膝を曲げてその場にしゃがみ込む。
いままで耐えてきた分、呼吸も荒くなる。
「あの男は厄介だ。なにを考えているかわからない。
いまだって……本気ではなかった」
深く呼吸を繰り返しながらなんとか立ち上がる。
心配そうに見つめてくる雪那に笑顔を送りたかったが、そんな余裕はない。
「あいつの歌声は誰の心だって支配する」
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