歌を歌おう
王がこの場からいなくなり、ようやく一人になった雪那は大きくため息をついた。
眼下に広がる民衆の灯りを見下ろしていると
「お疲れのようですね」
どこからともなく声をかけられた。
「そう……かな?」
見回してみても声の主がどこにいるかわからないことは理解している。
この状況で彼女と会話をするのは3度目。一度は戦場の中で。
冴橋の名のもとに密偵のような仕事をしていると聞かされた時は、驚きと同時に前に見た身体能力に合点がいっていた。
「冴橋さんは元気ですか、エルクさん」
視界は城下町に。声はある程度絞る。
「はい。おかわりはありません」
そう報告する声は少しだけ嬉しそうだった。
「でも何回体験しても驚くなぁ。
私の世界に忍者って職業の人たちがいるんだけど、今のエルクさんがまさしく忍者みたいだよ」
「ニンジャ……ですか」
「うん。あのね。闇から闇に隠れて移動して諜報活動を行う人達。変装とかも得意でさ。ほら、普段はメイド姿のエルクさんもそれが変装で、実は忍者ってのが……うん、ありそうかな?」
普段のメイド姿を脳裏に浮かべて、うなずく。
冴橋明の命を受けて彼女は、エルクは不定期に雪那の前に現れていた。
「それで……」
言葉を止める。
かすかに、人の気配がして自分の気配を消していたが、杞憂のようだった。
「ん? あー。そうだね。そろそろ答えを出さなくちゃいけないんだっけ? 私がこの先、どうするのかってこと」
いままで以上に声を小さくする。
「いえ、それほど急ぐわけではありません。まだこちらとしても行動に出るわけではありませんので」
「そっか。じゃあもうちょっと考えていようかな」
「でも大丈夫なのですか?
その……この国に居続けても」
「んー。わからないなぁ。正直、自分が今どうなっているのかも、わかっていないんだもの」
苦笑するしかない。続いて、乾いた笑いを浮かべて空を見上げる。
「もう、壊れているのかも」
他国が攻めてきたと知り、今度は攻めていくのではなくて守りために戦う。だったら少しは心が安らぐと感じてしまったことに気づいてしまった雪那。
改めて、自分の心が壊れかけていたと知った。
流れはいつもの通りになるはずだった。名乗りを上げて、この国を糾弾しつつ攻め込んできたのは比較的大きな国のユスト国。比較的大きな軍隊。規模だけで言えばこの国には負けていた。さらには勝ちの続く流れに兵士たちの士気も上がりっぱなし。さらにさらに、この国には雪那がいた。彼女の声による後押しさえあれば、誰が攻めてきても負けるはずがない。
みんな、そう思っていた。
『進軍してください!』
もう何度戦場を経験させられただろうか。
それでもいまだに戦場においての戦い方はよくわからなかった。攻めていけば負けることはない。そう言われて雪那は進軍する兵士たちに声をかけていく。
『私たちは自分たちの祖国を守るために、闘って勝つのです!』
いつもよりちょっとだけ声に力が入っているのは、いつもとは違って攻めるのではなく攻め入られているからだろうか。
大きな平原の自軍の背後には自分たちの国がある。もし負けるようなことがあれば自国が蹂躙されてしまう。
いつもより力が入っているのは兵士たちも一緒だった。大きな兵の塊がぶつかり合ってはじけていく。大方の予想通り、攻め入ってきたユスト国は押されていた。兵の塊が瓦解して散り散りになって、そこを追撃されて姿を消していく。兵たちの士気がますます上がっていった。自分たちは負けることはない。
自分たちがこの戦も勝利するんだ。
――歌が、聞こえてきた。
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