ガラスのこすれる音
一言一言、言葉を発するたびに自分の中でなにかが死んでいくのが感じ取れた。それでも、戦地を駆ける兵士たちに言葉を送らなければならない。戦の火蓋が切られてしまった以上、こちらが負けるということは国が滅びるということ。王から直接言われた言葉が雪那の口を無理矢理にでもこじ開けさせる。
この世界の軍はどこの国でも形だけのものになっていた。存在はする、いざというときには闘う。
形だけなので、いざというときが来ても力が発せられるわけではなかった。
「再度問わせてもらうぞ。こちらの問いかけに対する答えを、お持ちか?」
進軍するさいには普通、王は戦地にはいない。しかし今日は最前線にまで出向いていた。
なぜなら、相手の国に対して最後通告をするため。
「私を喜ばせる答えを持っているか、それとも抵抗を続けるか。あるいは、答えを持っていなくてもそれを探す手伝いをしてくれるか。選択は3つだ」
両軍が睨み合う戦場の真ん中で、王同士が顔を合わせあう。
「考える時間は充分に与えていたぞ。それともまだ、必要か?」
それはつまり、時間を与える代わりに再度攻め入るということ。
戦況は攻め入られた国の王もよく理解してる。どう脳天気に考えても
「アナタの問いかけに対する答えを我が国は持ち合わせていない」
腰に掲げた剣を鞘ごと引き抜いて
「しかしこれ以上抵抗の意志もまた、ない」
跪いて剣先を自分に、剣の柄を相手の王へと向ける。
「我が国は手足となりて、カーヴェ国の意思のもとに動こう」
両軍がざわついた。世界もざわつき続けた。
カーヴェ国はまた別の国を取り込んで、巨大化を続ける。流れは完全に自軍に傾いていて、国内は戦勝ムードに賑わっていた。
「こんなにぎわいなんて数十年ぶりだよ」
城内から城下町を見下ろす王。顔に赤みがかかり手にはブドウ酒の入ったグラス。端的に見ても酔っ払っていた。
「私が好んで戦を仕掛けていたとキミは思っているのかもしれないが、それは見当違いだよ。私だって心苦しかったんだよ」
グラスを口に近づけて容器を傾ける。ブドウ色の液体が口内に注ぎ込まれていった。
「闘えば必ず誰かが死ぬ。王の立場にいてそれがわからないわけではない。しかしだ。やらなくてはいけないことを、誰かが否定したとしても矢面に立ったとしても、やらなくてはいけないのがこの立場に立つ人間の役目だと思っている」
ぐいっと、決して少なくはなかった残りのブドウ酒を、ゆっくり味わうこともなく口内に注ぐ。
からになった容器は、奥に控えていた従者が姿勢を低くしながら近づいて回収し、同時に半分ほどまで注がれた新しいグラスを渡していく。いるよね。自分語りしたくなる酔っぱらいの人。思いつつ、決して雪那はその言葉を口にはしない。
果実のジュースをちびちび飲みながら、王と同じように眼下の城下町を眺める。
確かに国内は彼女が知る短い期間の中では一番に賑わっていた。夜も深くなっているのにあちこちで灯りが街を照らし、彼女のいる位置にまで喧騒が伝わってくる。
「しかしだ。
結果として世界は変わりつつある。これは間違いがない。世界は停滞から動き出している」
力説する王の隣から、この場所から立ち去りたいと思いつつ、それはできないんだろうなぁと、グラスのジュースをちびちび飲み続ける。
「自分のしていることは決して間違いではない。
それがこうして国民と一緒に祝えるのは、なんとも嬉しい事だ」
満面の笑顔で、グラスを雪那へと近づける。
「それもキミの力のおかげだよ」
「……光栄です」
自分のグラスを王のソレと軽く合わせる。ガラス同士のこすれ合う音が小さく響いた。
「言葉で誰かを勇気づける。キミの言葉はほんとうに素晴らしい。
キミのおかげでどれだけの兵士が命を落とさずに、無事に国へと帰ってこられたものか。感謝の言葉を述べても足りないくらいの、感謝だよ」
「ありがとうございます。私にはもったいないお言葉です」
小さく頭を垂らす。
「これからも、この世界の進化のため、キミには頑張っていただきたい」
もう一度グラス同士をこすり合わせた。
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