火種

「他の国をな、少しつついてみようと思うんだ」


  国王を始め、この部屋にはこの国の限られた人物たちしか集められていない。いわばこの国を動かしているメンバー。そのメンツたちがみな、王の言葉に自分の耳を疑った。


「なにも戦争をしようとしているわけではないぞ。

 一方的に攻め入ったのではこちらに非ができてしまう」


 フォローの言葉を口にされても安堵できるわけではない。

  誰も口を挟まずに王の言葉の続きを待っている。


「むしろ非を受けるべきはこの国を襲ってきた国ではないだろうか」

  部屋の中がざわつき出す。


「諸君らも忘れてはいないだろう? 卑怯にもなんの勧告もなく我が国の領土内に進軍をして、なおかつここに押し入った国がいたことを。市民に被害が出てもおかしくはなかった。あの場に彼女がいなければもっと被害が広がっていたかもしれない」


 視線が、場違い感が否めない少女に集まっていく。

 自分の父親ぐらいの年令のメンツに、睨まれているわけではないだろうが見つめられて、肩身が狭くなる想いを感じた。


「あれがなぜここまで、見つかることもなく軍を進められたのか、さらには誰の目にも映らずに領土から消えていったのか。それは未だわかっていない。しかしどこかの国の手引であることには違いはない。

 見て見ぬふりをしたままでいいのか?」


 王の声に力が入る。


 ついにはイスから立ち上がってコブシを胸の高さで握りしめた。


「私たちはただ一方的に攻め入られて、やられっぱなしでいるのだ。

 相手から見てそれは、腰抜けの行為のほかになにがあるのだろうか」


  部屋に集められている大臣たちがお互いに目配せをする。視線が飛び交って一人の人物に集められた。それは雪那、の隣りにいたこの中では比較的若い大臣だった。


「お、お言葉ながら申し上げます」


 恐る恐る声を上げる。


「ふむ、なにかな?」


 前方からは王の視線。周りからは他の大臣たちからの視線で逃げ場はない。

 涙目になりながら言葉を口にする。


「どこが攻めてきていたのかわからないうちにその行動に出るのは……他の国から避難を浴びませんか。それとも王は……すでにどこか、承知されているのでしょうか」


「いや、私もまったくわかっていない。だからつついてみようと言ったのだよ。

 大義はこちら側にあるとは思わないか? 攻め入られたという情報は他の国にも伝わっていることだろう。それならばこちらが多少乱暴な手に出てもある程度までは許容されると考えている」


 いやそれはどうだろうか。と大臣たちは思っていても絶対に口にはしない。


「それに突かれた国が本当になにも関わっていない国だとしても、もしかしたらこちらが知らない情報を抱えているかもしれない。自分たちが潔白だと証明するために、その情報をこちら側に渡してくれるかもしれない。

 そうだ。これは敵を知るために必要な行動なのだよ」


『でもやっぱり戦争を仕掛けるのはよくないんじゃないですか』

 

 室内がさらにざわついた。


 ここまで一言も喋らなかった雪那が喋ったこと以上に、その言葉の内容にざわついた。


 聞きに徹していたからこそ思いを込められたと彼女は思っている。言葉としても強制はしない。言葉は相手の心に染みこんで、ここで考えを変えなくてもほんのちょっとでも影響してくれれば


「これはこの国を守るための行動だよ」


 王は考えを変えようとはしなかった。

 薄く微笑んで


「と言ってもいきなり攻めるようなことはしないよ。

 まずはこちらから使者を送り、2度にも渡る我が国への武力侵攻の意味を問いただす書面を送る。その結果相手がおとなしく認めるか、あるいはそれに代わる情報がこちらに渡るのであれば、その国は我が国にとって友好国だ。武力で攻めることはしないよ」


 浮かべる笑顔は相手を安心させるためのものではなかった。

 無い袖は振れない。情報を持っていないことを相手に納得させることは、その相手に納得する意志がなければ不可能だった。

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