『言葉』
壁がついに破壊される。煙の奥に人影が見える。恐怖は混乱を生み出し、誰かが口にした「敵だ!」の言葉に我先にとその場から逃げ出そうと、混乱は拡大していく。
あちらこちらと、どこへ逃げればいいのかもわからずに町民同士がぶつかり合う。ぶつかり合って転んで、そこにさらに人が押し寄せていく。
兵士はそれでも手に持っていた槍を煙の向こうへと向けようとするが、兵士であろうともかまわず逃げ惑う町民の波の前には無力だった。目の前で起こっている惨状に雪那は唇の端をかんでいた。
「お、落ち着こうよみんな」
声は小さい。彼女自身もまた、体を震わせている。逃げないのは勇気からではなく、足が言うことを聞いてくれないから。
深呼吸を繰り返す。閉じていた目を開けると、そこはまだ阿鼻叫喚だった。まだ気持ちは落ち着かない。足が言うことを聞いてくれないから、まだここにいられるそれだけのこと。
「こういう時は落ち着いて行動しないと危ないんだよ」
子供の頃の避難訓練を思い出す。
「押さない、駆けない、喋らないだよ」
誰も聞いてくれない。悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
深く息を吸い込んだ。声を吐き出す。
『落ち着いて!』
騒がしかった街に静けさが戻る。
我先にと逃げ惑っていた町民たちが足を止めて、みな同じ方向を、雪那へと視線を向けていた。
なにが起きているのか彼女には理解できなかった。あれだけ騒がしかった町中が鎮まり、見える範囲にいた町民たちが全員自分を見つめてきている。静まりすぎて誰かが口にしている歌さえ聞こえてくる。爆発はそれ以降起こることはなかった。壊された壁の向こう、煙が晴れた先にいたはずの人影はいつの間にか消えていなくなっていた。やがて兵士たちが壁の周辺へとやってきて、事後処理が始まった。
雪那は城へと向かっていた。
「助かったよ。ありがとう」
城内はまだかなりの騒ぎだったが、案内されるがまま通された王の間に入ると静けさが出迎えてくれた。
王様は机に貯まった報告書に目を通しながら、部屋に入ってきた雪那にお礼を口にする。
「どこの国かの大体の見当はついている。しかしここまで早く攻め入ってくるとは予想もしていなかった。キミがいてくれて本当に良かった」
視線は書類へと向けたまま。
「あのまま攻め入られたら私も無事ではなかっただろうな。ある程度の準備はしてきたつもりだったが、一歩遅いと自覚しなければいけないな」
書類が暗くなった。室内の明かりを隠すように机の前に雪那が立っている。
「話して……くれますか」
書類から目を離して彼女を見る。
「なるほど……話を逸らして満足してくれる様子では、なさそうだな」
足を組み直す王様。
「まぁ座ってくれ」
促されてソファの一つに腰を下ろす。
「いくら私がキミのファンだとしても、ただそれだけでこの国を任せようと、そう思うかね」
首を振る雪那。
「キミたちには特殊な能力が備わっていると、そう言ったらどう思う?」
「はい? 特殊……能力って、超能力ってことですか?」
「そのようなものだ。報告書は読んでいる。あの時あの場所で、キミは混乱を治めるために『声』を出したそうだね」
「そうですけど……」
「それがキミの能力だよ。
声を出す。そして言葉の内容で相手の心を動かす。配信でリスナーの心をつかんできたようにね」
失礼と思いつつ失笑をこぼす雪那。
「すみません」
表情はあまり謝っていない。
「やっぱりこれって私の見ている夢ですよね。そう言えば私思った以上に慌てていませんし、都合いいと思っていたんですよ。眠ってもいいですか」
「あぁいいよ。ゆっくりお休みなさい」
退室を促すように、部屋の扉が開かれる。
「失礼します」
深々と頭を下げてきびすをかえし、雪那は部屋を出て行く。
自分でもわかっている。自分の言葉は真実ではないことを。
「声……か」
前に見つけた街を見下ろせるデッキへと足は向けられていた。
遠くて細かいところまでは見えないが、壊された城壁の辺りに兵士の姿が。それもたくさんの兵士の姿。
「わっかんないなぁ、ほんと……」
苦い顔を浮かべる。街は、あんなことがあったにもかかわらず静けさを取り戻していた。
ため息は何度吐いても収まらなかった。
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