第6話
ヒューヒューという浅い呼吸音で目が覚める。優しい光が溢れんばかりに輝いていた。
転送が、上手くいったようだ。
周りをみると緑が多い。どうやら森の中のようで、虚ろな目で周りを観察していると聖霊の声が聞こえる。
"大変、大変。どうしましょう、どうしましょう"
無数の光が現れては消える。
こんなに多くの聖霊を僕は見たことが無かった。
なるほど。聖霊が好きだったから、最期にここを選んだのか。プリーギアではない、もっと神聖な森。
死ぬにはいい場所だと思った。
"大変、大変"
聖霊が囁いているが、よく聞こえない。
眠い。ただ眠い。
しかし、それは心地のよい眠気ではなく暗闇に引っ張られるような重たいもの。体がずっしりとして、手が痙攣する。
限界ってこういうことを言うんだ、と冷静な部分でくだらないことを考えた。
体は空っぽ。声も出せないし、指先すら動かない。瞼を開けるのも億劫だ。魔力切れの、魔力切れみたいな……。あれ、何言ってるか分かんなくなってきた。
ここまでくると、立ち上がろうとする気すら失せる。こんな森に助けが来るとは思えない。偶然誰かかが通りかかるという奇跡に期待するほど馬鹿でも無かった。
僕はどうやらここで死ぬ運命らしい。
体が弱ると心も弱っていく。僕はまさにその状況だった。
もう、眠りたい。何も考えないで、眠りたい。辛いことも、悲しいことも、苦しいことも、何もない。
何も、考えなくていい。そんな所に。
『……ごめんなさい、お母様、お父様』
最後の懺悔はヒューヒューという呼吸音に代わって消えた。
◆
暖かい。柔らかくて、優しくて、涙が出そうなほど美しい。
これは、何だろう。
「アシェル」
「お母……様?」
分からない。ゆらゆら揺らめいていて、顔は見えない。だけど声がお母様だった。
隣にはゆらゆら揺れる男の人。もしかして、お父様?
「お父様! お母様!」
二人のもとに走り出そうと思うが、体が動かなかった。地面に足が縫い付けられたように動けない。
「え、なんで……?」
もう一度、揺らめくお父様とお母様を見て、背筋が凍った。
いきたくない。
本能的にそう思った。
ここで無理矢理二人に駆けよったら……死ぬ?
分からない。けれど、それが答えであるような気がした。戸惑っている僕を見て、お父様とお母様の口許がふわりと弧を描く。
『それで、いいのよ』
鈴が転がるような美しい声が聞こえた後、ぐにゃりと景色が歪む。待って! と叫ぶ間もなくお父様とお母様は消えた。
意識が引っ張られるような感覚でずしっと体が重くなる。まだ、死んでなかったらしい。どうやら意識だけ戻ったようだ。
体は寒い。とにかく寒かった。
どうして、僕は今、戸惑ったんだろう。楽になれたかもしれないのに。死にかけなのは自分でもわかる。でも、どうしようもない。
その時、冷たい体に暖かい何が触れていたのが分かった。そこでやっと気づく。人がいる。
慌てて目を開けようとするが無理だ。
なら耳はどうかと耳を澄ますが、膜が張ったようによく聞こえない。
するっと熱が離れていく。
待って。いかないで。置いていかないで。
やっと届いたのは少女の声だった。
僕に触れていたのはこの子か。いや、誰でもいい。助けて。
しかし、無情にも少女の気配は遠退いていく。死にたくない、と思った。足が冷えていくのが怖い。感覚が無くなっていくのが怖い。
怖い怖い怖い怖い。
死ぬのは、怖い。
助けて、お願い。助けて。
叫んだつもりでも、声は出ない。
寒い。冷たい。苦しい。
温もりは寒さに消され、気配は消えていく。
プツリと意識が途切れた。
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「……ル。……アシェル」
優しい声がして目が覚めた。
目の前が霞んでよく見えない。ポロリと水滴が頬を伝った。
「大丈夫? 泣いてるの?」
目の前には見たことがない少女……違う。ティナだ。分かる。そうだ。あの後、ティナに助けてもらって、それから━━━。
「ティナ……」
甘えるようにティナを抱き締めたらポンポンと背中を優しく擦ってくれた。
僕を助けてくれたのは、まだ幼いティナだった。あのまま死ぬと思ったら知らない場所にいて、奇跡的に助かったのだ。そうだ。ティナだ。僕を導いてくれる人は、彼女だった。
「怖い夢見たの?」
「……うん」
今日はティナと添い寝する日。男子寮とか女子寮とか知らない。転送の魔法で寝てたティナを僕の部屋に移動させた。今日は何だか嫌な予感がして、案の定昔の夢を久しぶりに見た。
「大丈夫?」
ティナは僕の顔を両手で包み込んで涙を拭いてくれる。僕はなされるがまま、ポロポロ涙を流した。
ティナは、いつでも優しくて、いつでも僕のことを考えてくれる。ちょっと我が儘を言っても困った顔をしながら僕の手は離さなくて少し照れつつも嬉しそうに笑う。
なんでそんなに人に優しくできるんだろう。僕には分からない。僕はあまり人に興味がない。敵か、否か。それだけ。それだけあれば僕には十分だったから。
でも、ティナは違う。ティナは僕に必要な人。初めて僕が愛した人だった。
ティナだから一緒にいたいと思う。
ティナだから、離したくないと思う。
「ティナ、ティナ、いなくならないで」
独りは、怖い。
独りは、寂しい。
独りは、嫌だ。
ずっと、ずっと、側にいて。
ずっと、ずっと、優しくて心地のいいティナの側にいたい。
「死な……ないで」
「死なないよ」
ティナが、クスリと笑った。
ティナが好き。好きなんかじゃ足りないくらい、僕のかけがえのない宝物。僕より先に死なないで。独りにしないで。無くならないで。消えないで。
「ね、ティナ。寂しい」
ティナの手に頬を擦り寄せると、頭を撫でてくれた。
「……すき」
触れるだけの口付けをすればティナは一瞬硬直したあと、かぁっと頬を赤く染めた。あ、そういえばファーストキスだったかも。
「僕のこと好き?」
「……好きだよ」
ヘラッと笑うとティナは頬を紅潮させながらもはにかみながら笑いかけてくれた。
あ、我慢できない。
「え!? 何してんの!?」
ティナが思わずといった感じで声を荒げる。
学校に入学してから寝巻きがワンピースじゃなくてセパレートタイプになったから、手が入れやすい。
「変なところ触るんじゃありません!」
「ティナぁ……」
「可愛い子ぶってもだめ! こんなことのために私を拐ったの!?」
「拐ったなんて酷いなぁ。今日は添い寝をする日って言ったじゃない。あと、怖い夢を見そうだったから」
手の動きは止めず、怪しい動きをすれば魔法で動きを封じられた。むっと眉をしかめる。
「だめ」
最悪だ。ティナが魔法を使っている。
かなり初歩的な魔法で、解くのは簡単だけど隙を与えるには十分な魔法だ。やっぱりアルメリアになんか来させなきゃ良かった。
僕が魔法を解いたと同時にティナはベッドから転げるように落ちた。
逃げられた……。
「一人で寝るのは嫌だ」
「アシェルが変なことするからでしょ」
「分かった。もうしないからここにいて。お願い」
ティナはじっと僕を睨んでから渋々布団の中に戻ってきた。そういうティナの素直で馬鹿なところが好きなんだよなぁ。
「なっ!」
「ふふふ、ティナが使えるんだったら僕も使えるに決まってるのに」
ティナに同じ魔法をかけて動きを封じる。ティナは魔法を習って少ししか経ってないから解き方が分からない。
「ぬぅ……」
「大丈夫。しばらくしたら解けるからさ」
動けなくして無理やり、なんてことはしない。嫌われちゃうから。
僕はわりと"待て"ができる。
だけど、これだけくっついてて何もしないのは勿体無いので取り敢えず足を絡めておいた。学校は休みだし、ゆっくりできるだろう。
「ばか!」
「二時間経ったら起こして」
ぎゅうっと抱き締めたらティナは諦めたように体の力を抜いた。
やっぱり、ティナの側は暖かい。
どんなことが起こっても、ティナだけは手放さないでいようと思った。
ある日、推しが転がっていた 霜月 せつ @setu1111
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