第13話
私の隣で蒼い瞳をぼんやりと光らせたネージュが低く唸った。
「見にくいっ!」
アシェルを尾行するため、アシェルの魔力をネージュに見てもらっているのだが、どうやら調子が悪いようだ。
「アシェルの魔力は特徴的で分かりやすいんだけどここまで人がいるとさすがに見にくい……」
「あ、そっか。他の人のも見えるのか」
「そうなの。魔力の属性が違うと見える魔力の色も違うからさ。色んな色が混じって……。うぇ、気持ち悪」
口元を押さえてしゃがみ込んだネージュの瞳から鈍い光が消えた。私は慌てて背中を擦る。
「大丈夫? 無理しないでね。もう止めようか」
「うぅ……。いつもはもっとコントロールできるんだけどあの転送の魔法陣のせいで魔力が安定しないんだ。ごめんね。ここまで来たのに」
「ううん。じゃあ、買い物だけして帰ろうか」
「そうしよう。もう少し休んでからじゃないと魔法陣に魔力を送れそうにない」
顔色の悪いネージュが力なく微笑んだ。
言われてみれば私も体が少し重い気がする。ネージュほどではないが。
「あれ、でも髪色は変わらないんだね?」
「これは体内で魔力を回して使ってるからそこまで魔力を使わないの。まぁ、回すのがすごく難しいんだけどね」
フードからはみ出たネージュの髪はまだ茶色だ。
近くのベンチに座ってフードを脱がせた。
「何か飲み物買ってくるからネージュはここにいて」
「え、大丈夫? 迷子になったりしない?」
「しないよ。子供じゃあるまいし」
安心させるように笑ったつもりだったが、ネージュは表情を曇らせた。
「今、魔法使えないから不安なんだけど……」
「すぐ戻ってくるから」
迷うネージュを置いてさっさと近くにあるお店に向かう。無難に水がいいけど、そんなのがどの店に置いてあるか私には分からない。
取り敢えず店内をちらちら覗きながら大通りを歩く。そして黄色のジュースの描かれた看板を見つけた。
「ジュースしかないけど……いっか」
飲みなれているタヤの果実のジュースを頼んだが高かった。魔法石ほどではないが、飲み物にしては高過ぎじゃないだろうか。
オレンジみたいなのとかは安かったのに。
自分とネージュの二人分買ったのでお金が倍掛かった。もう少し自重しなくてはすぐにお金が無くなってしまう。
歩きながら行儀悪く自分のジュースを飲んでいるとふと違和感を感じた。
違和感、というか気配?
ぐるりと周りを見渡すけれどなにか不思議なことはない。人が楽しそうに行き来しているだけだ。
自分の気のせいだと視線をまた前に戻そうとした時、見慣れた人物が私の視界に映り込んできた。
「___え?」
大股で歩いていた足を止めて、自分の五メートル程前にいる人物を凝視する。
茶髪の中でも一際目を引く黒髪に、恐ろしいほど整った顔。背が高くて、手足が長い。
アシェルだった。
どう考えても私の中で該当する人物はアシェルしかいなかった。
服装だって、朝褒めた服そのものだ。よく見たから覚えている。
しかし、私の目が釘付けになったのはアシェルではない。その隣にいた美少女だ。
『女よ、女!』
ネージュの言葉が脳内でリピートされる。
私の動揺を表すようにエコー付きで。
美少女の方も他の茶髪よりも色素が薄くてよく目立つ髪色だった。瞳の色は多分赤。遠くてよく見えないから分からないけれど、赤。
ネージュよりも背が低いのでスタイルが良いとは言えないが、細くて可愛らしく、胸が大きい。
そのくせ、ドレスは清楚さを装ってて、これまた似合う。胸がおっきいくせに清楚ってなんだと思うけど彼女の動きは洗礼されてて、恐らくかなり高い爵位を持つ貴族だ。
美少女の細くて白い腕がアシェルの腕に巻き付いている。二人は楽しそうに談笑しながら歩いていて、端から見ればお似合いのカップルだ。
いや、カップルなんだろう。
彼女が楽しそうに話すのをアシェルが微笑んで相づちを打っている。時々アシェルが何かを話しては、美少女がクスクスと口許に手を当てて笑った。
二人だけ、別世界にいるようだった。
私はアシェルがあんなに人と楽しそうに話しているのを見たことがない。いつでも人見知りで、私の後ろに隠れていた。
推しだから、いや、推しじゃなかったとしても彼は、精神年齢成人越えの私からすれば幼くて、私がしっかりしなきゃと思った。
私をヘーメルの外に連れていってくれなくても、毎日一緒にいることが減っても、反抗期だと感じても、私はいつまでもアシェルの一番近くにいる人物だと思っていた。
自惚れだった。ただの、自惚れ。
いつからだろう。いつから、私はアシェルの背中を見てたんだろう。私が呼べば、アシェルは振り向くから。私が撫でれば、嬉しそうに目を細めるから。アシェルを助けたのは、私だから。
だから……なに?
私の役目は、とうの昔に終わっていたのか。
彼を支えるのは私ではなく、あの美少女なのだ。
「……バカみたい」
ほんと、バカみたいだ。
あとは、推しの願いが叶うように見守るだけ。幸せになれるように、そっと見つめるだけ。
前世の時となにも変わらないじゃないか。画面越しに見守るのと何も変わらないのに。
こんなに辛いのはどうしてだろう。
こんなに苦しいのはどうしてだろう。
せっかく、推しに会えたのに。せっかく、アシェルを見つけたのに。
私じゃないのはなんでって、バカみたいに思うのはなんでだろう。
干物女の私にも乙女心が残っていたことを喜ぶべきなのか。あぁ、全然笑えないや。
考えれば考えるほど目尻が熱くなってきた。
アシェルの幸せを願うのがアシェル推しとしての使命なのに、いつから自分はこんなに貪欲になってしまったのか。アシェル推しに土下座して謝らなければならない。
両手に持っていたジュースはすでに溶けていて、手のひらに水滴がびっしょりついていた。再びフードを深く被ってちらりと隙間から二人の様子が分かれば、ちくりと胸が痛んだ。
だから、そう言うのがお門違いなのに!
ちっと舌打ちをして、温くなったジュースをずずーっと飲む。
ちょっと頭を冷やすべきだ。
取り敢えずアシェルに見つからないようにネージュのところへ帰らなければ。
フードが飛ばないように深く被ってアシェルたちの動向を伺う。鉢合わせとか最悪だから。
ふっとフードから目を覗かせた時、アシェルがこちらを見た。
あ、やばいと思った時には遅くて、アシェルの金色の目が見開かれる。バレた。
体が条件反射で動き出す。フードを押さえたままネージュの方へ全力疾走した。人と人の間を縫うように華麗に走る。
ベンチではネージュがそわそわと落ち着かない様子で座っていた。
「ネ、ネージュ……」
「あ、ティナ!! 遅い! 心配した!」
ネージュの顔を見るとふっと体の力が抜ける。
「ごめん、遅くなった」
「無事ならいいんだけど……。何かあった?」
水滴でびしょびしょになったジュースの容器を渡すとネージュは分かりやすく顔をしかめる。
しかし、私の顔を見上げてから首をかしげた。
「……アシェルを見たの」
「え!? 本当?」
「……うん」
「で? どうだったの?」
ネージュがベンチの端に寄って私が座れるようにスペースを作ってくれる。
「彼女……いた」
「……は? え、ごめん、なんて?」
「彼女がいた」
「は、はあああ!?」
ネージュがすごい大声を出すものだから周りの目が集まる。
大声を出したネージュは驚きの表情を一転させて顔をひきつらせた。
「彼女って……アシェル……」
「あと、私がここにいるってバレた」
「あのバカ。ごめんね、ティナ。女がいるなんて冗談だったのよ。その彼女だって別に……」
「いいんだよ、ネージュ。私が干渉できることじゃないから」
私が緩く首を振れば、ネージュは諦めたようにため息をついた。
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