第12話
「痛っ!」
お尻に鈍い痛みを感じてハッと我に返る。
あの気持ち悪い浮遊感は消えていた。
慌てて周りを見ると小さな木々がさわさわと気持ち良さそうに風に吹かれている。一見ヘーメルと変わらないように感じるが、どう考えてもヘーメルの森とは違う種類の木々たちだ。
小さな森の中には小鳥の囀りが響いており、木漏れ日が優しく私を照らす。
しばらく呆然としていると、隣からクスクスと可愛らしい笑い声が聞こえた。
「ぷ、ふふ、あはは! ティナ凄い尻もちついたね!? ドスンッて鈍い音がしたんだけど!」
目に涙を浮かべて爆笑するのは綺麗に着地できたであろうネージュだった。
私は立ち上がって、お尻についた葉っぱをはらった。
「ここ、本当にフィアノール?」
「何言ってるの。ほら、見てみて」
ネージュが指を差す方に視線を動かせば、この森のまだ低地に大きな町の風景が広がっていた。
「この森を出て、山を下ればフィアノールだよ。見た目よりも遠くは無いと思う」
赤、青、緑、黄色。色んな色の屋根が可愛らしく町を飾っており、ど真ん中には大きなお城があった。マリーン城だ。
マリーン国にも一応王族が存在する。他国みたいに絶対的な権力を持っているわけではなく、国を建国してくれた有名人みたいな感じで扱われる。
貴族制度や王族があるにも関わらず、マリーン国はどこかふわっとした感じで皆緩い。周りが自然に囲まれていて他国からの敵襲に遭いにくいのが原因だろうと思う。
国風を体現したような山の上から見える町の風景はおしゃれなヨーロッパのようだ。
ゲームでの舞台であるアルメリアの豪華で華やかな街並みとは違って、マリーンは素朴で自然な雰囲気の漂う穏やかな町並みだった。
「素敵な町ね……」
「だよね! 私もマリーンの首都初めて見たけどすっごく綺麗でびっくりしちゃった。お城って本当にあったのね」
ネージュは興奮に頬を紅潮させ、早く行こうと私の服の袖を引っ張った。
そこで、ふと違和感に気づく。
「……あれ、ネージュ、髪色が……」
「あ、気付いた? これ、最近習得した魔法なの。自分の姿を変えられる変化の魔法よ。どう? すごいでしょ?」
得意気に茶色くなった髪を見せびらかすネージュに私は苦笑いしか返せなかった。
白い髪を魔法で一般人と同じように茶色くする。きっとネージュはまだ自分の白い髪を気にしているんだ。
それが無意識だったとしても、意識の深淵に根付いて離れないコンプレックス。
白い髪、綺麗だったのにな。
私の手を取り、前を歩くネージュにそれは言わなかった。恐らく相当練習して習得したであろうネージュの魔法を否定するようなことは言いたくなかった。
「うわ!?」
じんわりと涙ぐみそうになった時、いきなりネージュが立ち止まって私になにかを被せてきた。
「これ、被ってて。茶髪は珍しくないけどティナの緑色……って言うか、深碧? 取り敢えずそんなに澄んだ緑な瞳は目立つから」
「そうなの?」
「私も魔法が解けたら困るから被っとくよ」
フードのようなものをすっぽり被って、ネージュの方を向けば、ぐいっと布を引っ張られた。
「ティナは目を隠さなきゃ」
「う、すみません」
フードを深く被り直し、下を向いたままネージュに連れられて山から、森を出る。
だんだんと足元の草が無くなっていくのを見て町が近付いてきているのだと、気分が高揚してきた。
「着いた……」
ネージュの感嘆のため息に我慢出来ずに顔を上げた。
家と家の間の裏路地みたいなところから、少し遠くに大通りが見える。
ざわざわと騒がしく人が行き来する音が少しくぐもって聞こえた。
町に来たのだと嬉しくなって思わずネージュに抱きついた。ネージュも強く抱き締め返してくれる。
「ついに来ちゃったね!? お城が見える!」
「来ちゃったよ! 都会だ、都会! 人がいっぱい!」
きゃあ、きゃあと裏路地ではしゃぐフードを被った怪しい二人を咎める者はだれもいない。
マリーンの首都でこうなるのにアルメリア行ったら叫喚して失神するんじゃないかな。
ど田舎から上京してきた学生みたいに二人で裏路地をうろうろしてからそっと大通りを覗いた。
「あぁ、どうしよう。ドキドキしてワクワクする」
「ちょ、落ち着いてよ。ネージュ。気持ちは分かるけど……。本来の目的があるでしょ」
興奮で荒く息を吐くネージュに引いていると、逆にこっちが冷静になれた。
自分もアシェルの尾行を忘れていたことを棚に上げてネージュを戒める。ネージュはペロリと舌を出して笑った。
「うふ、すっかり忘れてた。アシェルを追うついでに買い物とかしていい?」
「私もそのつもりだから、一緒にお店を回ろう」
「やったー!」
すっかりテンションの上がったネージュは嬉しそうに大通りへ飛び出した。はぐれてはいけないと私も慌てて後を追う。
「ネージュ! 単独行動禁止!」
「ティナってば堅いよぉ! 迷子になっても私が探してあげるから心配しないで」
そう言いつつも私の手を握ってどんどん人を掻き分けて進んでいく。
「……あ」
「ん? ティナ? どうかした?」
私が思わず立ち止まって声を上げるとネージュも振り向いて止まった。
私の視線の先にあるのは小さな可愛らしいお店。蒼い屋根が特徴の、多分雑貨屋さん。
「ティナはあれが気になるの?」
「うん。見て。すっごく綺麗な石が並んでる」
お店の中には商品の石が窓から漏れる日光に合わせてキラキラ光っていた。
宝石店だろうか。
「宝石かな?」
「宝石? そんな大層なものじゃないでしょ。あれ、魔法石だよ」
「え? 魔法石!? でも、首飾りとか指輪とかになってるよ」
「魔法石は魔法石でも生活で使うのとアクセサリー用があるんだよ。宝石なんかよりもずっと安価だから人気なんだ」
ネージュが詳しく説明してくれるのを頷きながら聞いていた。
これが田舎の引きこもり貴族と、チート魔法美少女との違いか。つらい。
「入る?」
「うん、あのアクセサリーが気になる。買いたいな」
お店の端っこにある、小さな蒼い石の首飾りが目に止まった。
店内に入ると、ひんやりと涼しくて髪をお団子にした女の人が優しく微笑みかけてくれた。
「いらっしゃいませ。当店では他店よりも安く魔法石を取り扱っておりますわ。純度の高い石が多くて人気なんですの」
手を頬に当てながら店員さんが楽しそうにペラペラ喋る。どこでもこういうのは変わらないんだな……。
店員さんのマシンガントークに翻弄されながらも、店の端で輝く石を指差した。
「あの、あそこにあるあの魔法石……。蒼の」
「まぁ! お客様、お目が高いですわ!」
「あ、ありがとうございます……」
店員さんはキラキラと瞳を輝かせて蒼の石を取りに行った。
「あれでいいの?」
「うん。あの蒼い石の首飾り、ネージュにあげるね」
「え? なんで私?」
「あの蒼、ネージュに似合うよ。今日も付き合ってくれたから。お礼」
にっこり微笑むと、ネージュの魔法石と同じ色の瞳が潤む。
「私も買う!」
ネージュがそう言って店の他のコーナーへ行った時に店員さんが戻ってきた。
ジュエリートレイには蒼の首飾りがちょこんと置いてある。
「こちらでよろしいですか?」
「はい。ありがとうございます」
「これ、すごく純度が高いんですよ。ちょっとお値段が高いですが、この純度の価値を考えれば安いものですわ」
確かに買った魔法石は高かったが、アルメリアに行くだけのお金を持っている私からすればまぁ可愛い値段だ。
ご機嫌になっていると、ネージュもお会計を済ませて店から出てきた。
「ネージュ、あげる。いつもありがとう」
「あ、私も! みて! すごくいいの見つけた!」
ネージュが袋から出したのは綺麗なエメラルドグリーンのブレスレットだった。
「ふふ、これね、アクセサリーだけど少し魔力強化をしてくれるらしいんだ。ティナ、聖霊見えないの気にしてたでしょ?」
得意気に胸を張ったネージュに思わず笑ってしまう。
よく見てるなぁ。
「ありがとう、ネージュ。大切にするよ」
「私も! あー、綺麗」
私は手首に、ネージュは首にそれぞれのアクセサリーをつける。瞳と同じ色の魔宝石がキラリと光った。
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