第14話
「ティナ! これみてよ!」
ネージュの声を聞いて、私は口の中に入っていたものをごくんと飲み込んだ。
「なぁに?」
「え、ティナ、食べ過ぎじゃない?」
私の手には、フランクフルトもどきやパニーニみたいな食べ物がたくさん握られていた。
やけ食いしてないとやってらんない。
「んで? どうしたの?」
「その食べ物を食べてから……って言いたいところだけど無理だね。その量は」
「食べてちゃだめなの?」
ネージュは苦笑いをしてから、店の外にあるケージを指差した。ケージの外には『ご自由におさわりください』とよく分からない張り紙がしてある。
「なにこれ?」
「しゃがまないと張り紙が邪魔で見えないよ」
ネージュに促されてしゃがむと、ケージの中から白いふわふわの毛が見えた。
「ヒヨコだ……!」
白い、綺麗なヒヨコたちがぴーぴーと可愛らしく鳴いている。前世のヒヨコにそっくりなその外見は頬が緩んでしまうほど可愛い。
小さな羽をパタパタと動かしながら嘴でお互いに毛繕いをしあっている。
「可愛い……」
「ティナ、ヒヨコってなに?」
ネージュに指摘されてから気づいた。思わず言ってしまったのだが、この世界にはヒヨコは存在しないらしい。
「えっと……。なんとなく」
「これは、ファルチーノって言う一種の魔獣だよ」
「魔獣!?」
また分からない単語が飛び出してきた。
魔獣と言えば、狼とか、ドラゴンみたいなでっかくて狂暴なのをイメージするが、それとは違うのだろうか。
「魔獣ってね、まぁ、そのままなんだけど魔力を持つ動物なんだ。遣い魔として飼われることが多いかな。賢くて従順だから」
「そうなんだ。初めて知った」
「でも最近は飼ってる人も少ないと思うよ。魔獣は自分の魔力をあげて育てるから、ある程度自分に魔力がないと育てられないし」
「魔力がないと死んじゃうの?」
「そうだね。餌がないのと同じだから」
ケージの中のヒヨコたちを見ると、つぶらな瞳がじっとこちらを見ていた。
癒し。癒しだ。
「お店で飼われている間はどうするんだろ?」
「さぁ? どうなんだろう。飼育専用の特別な道具があるらしいけど扱うのに免許がいるからね。普通は使えない」
この世界にも免許とかあるんだ。
「どう? 気に入った?」
「すごく。ありがとう」
「いえいえ。食べ物持っててあげるから触ったら?」
私は一つ頷いてネージュに食べ物を渡した。
もふもふしたい。私を癒して……。
ケージの中に手を突っ込んでもヒヨコたちが騒ぐことはなかった。大人しく、私の手のひらに収まる。
手のひらから感じる羽毛はふわふわで、軽かった。
「ふぁああぁ」
「ティナ、口開いてる」
やばい。たまらん。
両手にすっぽり収まってじっとしているヒヨコの羽毛に鼻を埋めて匂いを嗅ぐ。
干したての布団みたいななんとも言えない匂いに混じる、微かな藁の匂い。羽毛は暖かくて、森の中で昼寝をしているみたいだ。
ぴーぴーとヒヨコが鳴く度に羽毛が揺れて、これまた気持ちがいい。
隣を見れば、ネージュは引きぎみに私を見ていた。
「なんか、すごい癒されてるね。想像以上だった」
「これは癒されるよ。めっちゃ良い匂いする。森の匂い」
「あー、それ、ティナの魔力の匂いだよ」
「……え?」
魔力に匂いなんて、あるの?と思うがどうやらあるらしい。ふわっと匂う程度らしいが。
ネージュ曰く、その白いヒヨコは空っぽの魔法石と同じようなもので、主人の魔力の種類によって体の色も変わるらしい。
火なら赤、水なら蒼、風なら緑……と、まぁイメージ通りの色に染まるとか。
「その子は多分ティナの魔力に反応しちゃったんだね」
「でも、ご自由におさわりくださいって書いてあるけど、大丈夫なの?」
「さっきも言ったけど普段から魔力を無意識にあげられるほど普通の人は魔力を持ってないよ。ティナは魔力量だけは人一倍だからね」
「ふぅーん」
気の無い返事をして、自分の両手に視線を落とすと、ヒヨコちゃんはすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
「魔獣にとって魔力の充実した人間は最高の主人だからね。安心しきって眠ってるよ」
ネージュが面白そうにヒヨコを撫でた。フランクフルトもどきのケチャップがヒヨコに付きそうなんだけど。
「あぁ、この子、欲しいなぁ」
「じゃあ、飼えば?」
「え? そんな簡単に?」
驚いてネージュを見るが、ネージュは肩を竦めて笑った。
「ティナなら魔力は多いし、餌の心配はないでしょ? それに、ファルチーノは比較的安いし、飼いやすいと思うよ。従順で可愛いし。ティナの癒しになるならいいんじゃない?」
そのつもりで見せたしね、とネージュは私をみて微笑んだ。落ち込んでいた私に気を使ってくれたのだ。
「君は、私のところに来たい?」
ヒヨコに向かって問いかけてみれば、ヒヨコの目がぱっちり開いて、小さく首を傾げた。しばらくそうしてから、ピィと返事をするように囀ずる。
「ああぁ、可愛い! おまえはなんて可愛いの!」
「ティナ、もう少し顔を引き締めようか」
ヘーメルでは絶対に見れなかった動物。これから私を癒してくれる素晴らしいパートナーになるだろう。アニマルセラピー万歳。
「じゃあ、ちょっとお金払ってくるから待ってて!」
「はいはい」
お店の中に入ると、他にもたくさんの魔獣がいた。猫とか、犬とか、ウサギとか。しかし、すべてが真っ白だった。
手に持っているヒヨコを店員さんに渡すと、少し苦い顔をされる。飼育できないと思われているのだろうか。
知らない振りをして、お金を渡すと小さな篭を渡された。その中にヒヨコを入れろと言うことか。
篭の中に止まり木やブランコなどはなく、ふかふかの藁が敷いてあるだけ。
「寝るときだけ、この篭に入れればいい。基本は外に出しておいて。一緒にいた方が懐きやくすなるよ」
「分かりました」
「お嬢ちゃんの魔力の属性は?」
「風です」
「なら、この子は緑色の羽毛になるけど、良いんだね?」
「はい」
熊みたいなおじさんが念入りに私に説明をしてくれる。動物を大切にする人だから、私がこの子を飼えることが出来るのか、見極めてくれてるんだ。
「大切にしてあげなよ」
「ありがとう! おじさん!」
おじさん、と言うと後ろからおじさんじゃねぇ!まだ20代だ!と叫ぶ声が聞こえてきた。
あの熊おじさん、20代だったんだ……。全然見えねぇ……。
ヒヨコの入った鳥かごを抱えて外に出ると、ネージュが影で待っていた。
「お待たせ。……あれ? なんか減ってない?」
鳥かごを腕に掛けて、ネージュが持っている食べ物を受けとるとところどころ齧られた形跡があった。
「まさか、食べた?」
「うん」
なんでもないようにネージュが言う。
待たせたし、気を使わせてしまったから、怒るのはなんか違うなと思い、苦笑いをするにとどめた。
「ねぇ、ティナ。今度は私の行きたいところ行ってもいい?」
「もちろん」
「あの服屋みたいんだー。可愛くて」
向かいのお店にむかってネージュ走り出したので、私はそれを黙って追いかける。……と言っても食べかけのフランクフルトたちを消費するために頬張っているから喋れないんだけど。
さすがにヒヨコと食べ物をたくさん持っているのに店に入るのは申し訳なく、外の影で待つことにした。
さながら、彼女の買い物を待つ彼氏のような感覚だ。ネージュにも、彼氏とかいないのだろうか。いや、いたらちゃんと言ってくれそうだから、私が知らない時点でそれはないか。
アシェルもネージュも、大きくなったんだなぁ。私も早くしないと置いていかれるよ。
あ、そう言えば婚約者をつくるんだった。
そうだ。すっかり忘れていたが、私は誰かと婚約を結んでアルメリアに行く予定だったのだ。なのに、アシェルの恋路を羨ましくなるなんて……。
うわ、恥ずかし。
黙々と食べ物を消費しながら、一人で赤くなっていると、ティナ、と声をかけられた。
思わず振り返ると、そこにはネージュではなく……アシェルがいた。
え? アシェルがいた?
「ぇ………
口から食べ物が出そうになって慌てて口を押さえる。あ、駄目だ。これ、色んな意味で喋れないんだけど。
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