幕間 幼馴染でライバル

 教室へ入ると、教室内をうろついていた智保がビクリと体を跳ねさせる。

 もう日直が登校する時間だと気付いていなかったのだろう。素知らぬフリをし、挨拶をした。


「おはよう、智保」

「……お、おはよう珠ちゃん。早いんだね?」

「日直よ。黒板に書いてあるでしょ」


 納得したのか、智保が頷く。

 私は日直の仕事を手早く済ませようと動き出し、智保も自分の机に突っ伏していた。

 空いた手で髪を耳にかけつつ、動揺を隠しながら言う。


「ついこの間、新くんに告白したの」

「へぇー……えっ!?」


 突っ伏した智保が起き上がったのが分かる。

 だが、それを気にせず話を続けた。


「でも、ずっと大切な友達だよって断られたの。……もちろん諦められなかったから、好きになってもらえるよう努力すると宣言したわ」

「そ、そうなんだ」


 私は手を止め、智保の席へ近づく。

 意図が分からないのだろう。動揺していたが、私は素直に頭を下げた。


「ごめんなさい。今日の朝、新くんの部屋にいて、話を聞いちゃったの。私のことを話したから許してくれ、なんて言うつもりはないわ。でも、隠しておくのはもっとズルいと思ったから……」


 しばしの静寂。

 盗み聞きしたことを許してもらえずとも、なにかしらの対応を見せるまでは頭を下げ続けよう。そう決め、震える手でスカートを強く握る。


 ……私は、智保に嫌われるかもしれないことが、とても怖かった。

 仲の良い友達はたくさんいる。だが、智保と新くんは特別だ。少しの間、離れていたとはいえ、それが変わることはない。


 頭を下げながら悪い未来を想像し、でも泣くなと自分に言い聞かせ続ける。

 そんな私に、智保は予想外の言葉をかけた。


「た、珠ちゃんもフラれたの!? どうして……。しーくんは、珠ちゃんが好きだから、わたしをフったんじゃないの?」


 ……あぁ、なるほど。それで固まっていたのか。智保らしい勘違いだと思う。

 だが、その考えには概ね同意だ。私も――。


「私も、しーくんは智保のことが好きだからフラれたのかな、って思っていたわ。……今日の朝までね」


 ちょっとだけよ、と指で示す。

 大切な幼馴染。ずっと友達。そこまで言われていた以上、智保も同じではないかと薄々感づいていた。

 それでも、もしかしたらと思ってしまっていた辺り、私たちは幼馴染らしく近い考えを持っているのだろう。


 だが私よりも強くそう思っていたのか。智保は頭を悩ませていた。


「珠ちゃんがフラれるのが想像ができなくて、なにも考えられないよぉ……。わたし、これからどうすればいいの?」


 自己紹介のときは変わったと思ったが、やはり根っこの部分は変わり切れていない。強くなっても、智保は智保だった。

 なぜかそのことを妙に嬉しく思い、腕を組みながら言った。


「新くんを譲る気はないわ! だから勝負よ、智保! どっちが先に好きになられても、恨みっこ無しだからね!」


 絶対に負けない。他の誰でもなく、智保にだけは負けたくない。同じ幼馴染として。

 ……だがそう思うのと同じくらい、負けるのならば智保に負けたい、という気持ちもある。人とは矛盾した生き物で、恋とは思い通りにならないものだと感じた。


 智保は固まっていたが、私の意図を汲んでくれたのだろう。同じように腕を組み……胸が潰れた。自分との違いを見せつけられたようで、少しイラッとする。人並みよりもちょっぴり控えめな胸を恨めしく思う。


「わたしも譲れないから! だって、しーくんのことを好きな気持ちは、珠ちゃんにも負けてないもん!」


 これでいい。自分も諦めたくないが、智保にも諦めてほしくない。

 私たちは、同じ人を好きになり、正々堂々と戦うのだ。

 しかし、智保が小さな声で言った。


「……でも、他にしーくんを好きな人が出たらどうするの?」

「それは無理! 断固阻止するわ!」


 誰でも相手になるつもりはあるが、智保以外を邪魔しないほどに器は広くない。

 私は、とても嫉妬深い自覚があった。

 それに対し、智保がふふっと笑う。


「奇遇だね、珠ちゃん」


 そっと、智保が手を出してくる。どうやら、彼女も同じ気持ちなようだ。

 私も手を出し、優しく握った。


「「…………ふふふふふふ」」


 こうして私たちは互いの気持ちを知り、それを認め合い、負けられないと決意を新たにする。

 今日から私たちは、親友で、幼馴染で、――恋敵ライバルとなった。

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絶対に私を好きにさせてみせるからっ! 黒井へいほ @heiho

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