幕間 珠ちゃんは誤魔化したい
中学校へ上がって少し経ったころだろうか。忽然と、その事実に気付いた。
私は、幼馴染である佐藤 新のことが好きである。
切っ掛けはなんだったのか。
もう一人の幼馴染が引っ越してしまったことか。
年齢が上がることで心が成長したからか。
悩んだが、そうではないと思った。
物心がつく前から一緒に育った相手だ。好きなところも、嫌いなところも良く知っている。特に、嫌いなところも受け入れられるということは、それは間違いなく恋だろう。
だから、私が新くんを好きになるのは、とても自然なことに思え、素直に認められた。
しかし、この自覚というものが厄介だった。
私としては、好きな人に会えるだけで嬉しく、関係を進ませようという勇気が中々出せない。……それだけならば良かったのだが、この自覚というやつのせいで、私に変化が起きてしまった。
「珠ちゃん、具合でも悪い?」
「……」
まず、彼の前でうまく話すことができなくなった。
それだけでなく、喧嘩でもしたの? と周囲から心配されるほどに険しい顔を向けるようになっていた。
どうやら私は、好きな人の前では固くなってしまうらしく、前のようにうまく話すこともできなくなっていた。
それでもこの恋心は本物で、彼と一緒にいたいという気持ちに抗えない。いつか改善するだろうと思っていたが、そんな甘い希望は叶わない。
困った顔をされるのに耐えられず、気づけば私の方から距離を置くようになってしまった。
「ああああああああああああああああ」
毎日、枕を抱えて転がる。正直、素直になれない自分が嫌いで、少し死にたいとまで思っていた。もちろんそんなことはしないけれど。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。そう言い聞かせて、あっという間に二年が過ぎる。中学校生活も後一年で終わりだ。
恋に受験。ストレスも限界となっていた私は、こうなれば神頼みしかないと、よく三人で遊びに行っていた神社へ向かった。
手を合わせ、渾身の力を籠めて願う。
「……素直になれますように」
受験のことはどうでもいい。新くんの進学先さえ分かれば、同じ所へ行くだけだ。
幸いなことに、私は勉強がそれなりにできる。余程のところを目指されない限り、難しいことではないだろう。
どれくらいの時間祈ったかは分からない。だが、長くやれば叶う気がしてしまい、止め時が見つけられない。
すると、変な声が聞こえた。
『んー、オッケーでござる!』
ビクリとして、周囲を見回す。……誰の姿も無い。
こうなれば、先ほどまで心地良く思えた少し冷たい澄んだ空気も、ただ恐ろしいものに感じて来る。
私は恐る恐る動いた後、一気に駆けてその場を離れた。
翌朝。
――私は猫になっていた。
何を言っているのか分からないと思う。私にも分からない。
だがベッドの上には着ていた服が脱ぎ捨てられていて、姿見には黒猫の姿が映っている。間違いなく、私は猫になっていた。
「ど、どうすれば元に戻れるの!?」
混乱したが、戻れ戻れと念じれば、割と簡単に戻れた。
それどころか、猫になれと願えば猫になれた。お手軽さに驚いてしまう。
ここで、ふと思いついてしまう。猫の姿であれば、新くんに接しても大丈夫じゃないだろうか、と。
その日の夕方。私はダメダメと思いながらも猫になり、隣の家のベランダへ飛び移って、新くんの部屋の窓を叩いた。
都合よく彼が居るとは限らない。居たとしても窓を開いてくれるかも分からない。だから、新くんが居なかったら、猫の姿で会いに行くなんていう、問題を先送りにする方法はやめよう。すぐにそう決めた。
しかし、彼は普通に居たし、普通に窓を開いて中に招いてくれた。
ここまでは良かったが、問題はこの後だ。
……なぜか分からないが、私の感情は爆発していた。
『新くん新くん新くーん! 部屋へ来るの久しぶり! ちょっと匂いを嗅いでもいい!? スー……ハー……新くんの匂いがする! え? どうして笑ってるの? 近づいてもいい? 近づくわね! 好き好き好き好きー! 撫でてくれるの? もうどこでも好きに撫でてー!』
一時間ほどが経ち、新くんは私を残して夕食へ向かってしまう。その姿が見えなくなった瞬間、一気に冷静さを取り戻した。
慌てて窓から飛び出し、自分の部屋に戻る。人の姿になって服を着た後、枕に顔を埋めて悶えた。
もう、こんなことはしない。固くそう決めた。
しかし、次の日も、その次の日も。予定の無い時間は猫となり、新くんの部屋を訪れていた。自分の意思の弱さへ自己嫌悪する。
そしてそんなどうしようもない行動を、私は一年も続けてしまったのだ。本当に愚かで笑えない。
だが良かったこともある。
猫の私に、彼はよく悩みを打ち明けてくれ、どこの高校へ行くかも聞くことができ、同じ高校へ進学した。
でも私は、人の姿では何一つ進展をしていない。猫の状態で甘えるのがうまくなっただけで、何一つ! ……何一つ、人の私は行動を起こせていなかった。
思いは募るし、最近では彼に近づく女性の影にも気づいている。
しかし、なにも変われない。ただ猫のまま近づき、新くんの口から女の名前が出ないことに安心するだけだった。
……そんな日々は、唐突に終わりを迎える。
前日に帰る際、自分の名前を呼ばれたような気がして、妙な違和感を覚えながら彼の部屋を訪れた時のことだ。
新くんは眠っており、その寝顔を見て顔が綻ぶ。体の上に乗ったり、腕に頭を乗せて腕枕を楽しんでみたりもした。
しかし、疲れている彼を起こすつもりは無い。そろそろ帰ろうかと思ったころ、机に見慣れないノートが並んでいた。
一応言っておくが、彼のノートを全てチェックしているわけではない。ただそれは少しはみ出しており、他よりも目立っていたので気になっただけだ。決して、私はストーカーなどでは無い。
もしかしたら進路を決めつつあり、その勉強を始めたのかもしれない。まだ一年生なのに、さすがは新くん! なんて軽い気持ちでノートを引っ張り出して開き……目が点になった。
書かれていたのは、変な声が聞こえるようになったことであり、私のことであり、
「……ご飯よー」
その声にビクリとする。集中しすぎていたのだろう。時間も忘れ、長居していた。
後ろから起きる上がるような音。震えながら目を向けると、当然ながら目を覚ました新くんの姿があった。
猫はノートを読まない。そしてこのノートの内容を見る限り、私の正体はバレている。
様々な考えが頭の中を回った結果……。
『イヤアアアアアアアアアアアアアア! こっちを見ないでええええええええええええええええ!』
私は狼狽しながら逃げ出した。
眠れぬまま、天井を眺めながら考える。
明日、学校を休んでもいいだろうか。いや、そんなことをすれば疑念が確信になってしまう。でもバレているのだから、これは良い機会なんじゃないだろうか?
答えの出ない答えを探している中、私は一つの結論を出した。
「誤魔化すわ! 全力で!」
まだいけると、根拠の無い自信を持ったまま目を瞑る。
だがやはり眠れず、頭の中はグルグルだった。
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