彼女と過ごす最後の夏

第1話 失われた未来

「今日の東京の天気は晴れ、最高気温は43度でしょう」


こんな状況でもお天気お姉さんは普通に話をするんだ

そんな事を考えながら、僕はぼんやりとテレビを見ている


そして思ったよりも早く終わりとなる2020年の夏になんの感慨も持たない自分に驚いている


「勇気、美希ちゃんが迎えに来たわよ」


母さんが僕を呼んでいる

最後まで親不孝な僕なのに、母さんの声はあくまで優しい


「勇気、さっさと来なさいよ、8時に迎えに来るって言ったわよね」


玄関で大きな声を出して僕を呼ぶのは幼馴染の美希だ

玄関で僕を呼びつけるのは昔から少しも変わらない


「ほら、美希ちゃんが待ってるんだからさっさとしなさいよ」


普段通りを装う母さんの声

でも、目が赤いよ

さっきまで泣いていたのを隠しきれていないよ、母さん


「母さん、ごめんね」


僕が言えるのはこの言葉だけ

それ以上は、何を言っても言い訳にしかならないから


「気にしないの、子供はどうせ親の元を離れるんだから

少し早くなっただけじゃないの」


「そう、そうだね」


「そうよ」


そう言いながら母さんは僕を抱きしめる

僕の腕も母さんの背中に回っている


「じゃあ、いってらっしゃい」


背中に有った母さんの腕は僕の頭へと向かい。母さんの手が僕の頭を撫でている

ふええ、母さんに頭を撫でられたのは、いつ以来だろう

多分、最後に頭を撫でられたのは幼稚園の時じゃないかな


「うん、行ってきます」


いつもと同じ挨拶をして僕は玄関を開ける


「もう、勇気、遅いよ」


そこには、少し拗ねた顔の美希がいる


「悪い、悪い、じゃあ行こうか」


「うん」


その言葉と同時に美希が僕に抱きついてくる

そして美希の体から震えが伝わってくる


そうだよね、やっぱり怖いよね

でも、僕は気づかないフリをして美希と手を繋ぐ


「さあ、行こうか」


何千回も切り返した美希との朝の言葉

僕はそれを今日も繰り返し、歩き出す


海へと向かう道はまだ8時だというのに強い日差しに包まれている


「まだ、6月で本当なら梅雨も明けていない時季なのにもう真夏だね」


美紀の声はこんな時でも屈託がない弾んだ声だ

それが僕には好ましい


「本当だよね、セミの声まで聞こえるしね」


今年は、いやこの先当分、梅雨と言う季節は無くなるらしい

TVの特集番組でそんな事を言っていたのを思い出す


人類と言うのは因果な生き物だ

自分が決していけないであろう遥かに離れた銀河団を一生懸命調べたりする

でも、人類が滅びた後の日本の気候とかなんで調べるんだろう

意味も無いのにね


「ねえ、服脱いじゃおうか」


美紀が意味深な顔で僕に囁く


「えっと、下にもう水着を着てるとか」


美紀の悪ふざけはいつもの事だ

そんな時、僕は極力平常を装うことにしている


「えっ、勇気のその短パンは水着......じゃ無いわよね」


「ああ、約束だからな」


「そう、覚えてたんだ、じゃあ、私が下に水着を着てると思うの」


ふううん、そう言う事か


「そうだな、脱いじゃおうか」


僕はあくまで平静を装って答えるんだ


「へええ、勇気がねえ、そう来るか」


美紀がTシャツの裾に手を掛ける

腕が上がると共にTシャツもまくれあがってゆく


「ポヨン」


そんな擬音が聞こえた気がした

シャツに押し上げられた美紀の胸がTシャツから零れて揺れた時にね


「えへへへ、なにガン見してるのよ」


「いや、ブラジャーをしていないんだ、それに。なんか大きくなってないか」


「それはね、大きくもなるわよ」


そう、胸だけじゃない、美紀のお腹も少しポッコリしている


「ねえ、触ってよ」


美紀が僕の手を取り、美紀のお腹へと誘う

そのお腹は少しポニョっとしていて、美紀のおっぱいと同じような手触りがする


「ねえ、動いているの判るかしら」


僕の手の上に美紀の手が重なっている

自分のお腹を、お腹の中にいる美紀の子供をいつくしむ様に


「う~ん、判らないよ」


「そうね、まだ動くはずないもの」


引っかかったわね、美紀の口元の笑みが僕にそう言っているみたいだ


2か月前には下ろす、下ろさないで僕に修羅の顔を見せていた美紀はもういない


「よし、脱ぐわよ」


宣言とともにホットパンツをショーツごと、美紀は脱いでしまう


「ジャアアアン

どう、エロいでしょう」


恥ずかしげもなく裸体を晒す美紀


「その子17歳、朝日に映える全裸体、おごりの夏の美しさかな」


美紀のヌードを見て一句


「なにその盗作、字余りだし」


「そこは美紀の美しさをたたえる僕を褒めるところじゃないの」


「そう、勇気は私の裸を美しいって言ってくれるんだ」


「もちろんだよ」


「うそ、素性の知れない男にレイプされて、孕まされてお腹が膨らみかけた女の裸が美しいわけないじゃない」


ああ、またか


「そんなこと無い、美しいよ、美紀は綺麗だよ」


僕は美紀を強く抱きしめて何度も繰り返したその言葉を声にする

美紀が言葉を失うまで僕は美紀を強く、強く、抱きしめるのだ


「ねえ、苦しいし、それに勇気の服のボタンが痛い

もう、勇気もさっさと脱ぎなさいよ」


美紀、落ち着いたみたいだね


「よし、脱ぐぞ」


宣言と共に僕も服を脱ぎ全裸になる


「えへへへ、二人とも裸だね」


僕に抱き着いてくる美紀

その柔らかな体を僕は強く抱きしめる


「もう、苦しいってば」


僕を見て文句を言ってくる美紀


僕はそんな美紀が可愛くて長いキスをする


抱きしめあう二人の腕と、絡みあう二人の舌が僕達を一つにする

もっと、美紀を味わいたい

でもそれは此処でじゃ無いね


「ねえ、これ以上すると我慢できなくなっちゃうわ」


美紀も同じ気持ちだったんだ


「そうだね、海が見たいよね」


僕達は腕を組んで裸のままで歩きだす

「ねえ、服は脱ぎ捨てたのにカバンは持ってゆくの」


「ああ、飲み物とサンドイッチが入ってるからね」


「飲み物って」


「ジャア~ン、ビールとワイン、後ミネラルウオーターだよ」


「ええ、私達、未成年じゃない、勇気ったらいけない子ね」


「素っ裸で歩いていて、遵法精神なんて無いくせに

それに、この島にいるのは僕と美紀だけだよ

僕達が法律さ」


「あら、おばさまは」


「母さんは先に逝ったと思うよ、薬を飲んでたからね」


「そう、安らかに逝けたのね」


美紀の顔に憂いが走る


「ああ、僕達は太陽の裁きに身を任せるけど、母さんは静かに逝きたかったみたいだ

だから、もうこの島で生きているのは美紀と僕だけだよ」


「じゃあ、勇気がこの島の王様で、私はお妃さまね」


そうだね、二人しかいないんだから、僕達の島だね

まあ、後、2時間程度しか統治期間は残ってないけどね


「そうだね、それでは我が妃よ、世界の終わりを高みから見物することにしようか」


「そうね、二人で見届けましょう」


「じゃあ、歩くぞ」


僕達は切り立った崖の上にある公園を目指して歩き始める

その崖の先には見渡す限りの太平洋の海が待っている


しかし、あっけないよね

まあ、初めてじゃないしね

地球で生物の大絶滅が起きるのはこれで6回目のはずだし


地球の進化の頂点に立つ人類

そんな風に誇っても、太陽の表面温度が少し上がっただけで、何もできずに絶滅の時を待つしかないんだからね

等しく全ての生物に同じ試練が降りかかり、等しく死ぬしかない

それだけの話だね


そう、僕達の未来に待っているのは蒸し焼き、燃え上がっての消し炭、そんな姿になる未来だ


今はまだ、猶予の時間

破滅的な熱は太陽の表面に達していない

でも、後ひと月もすれば、地球の地表は太陽の熱で焼きただれるはず


そして、昨日、少しだけ上がり過ぎた温度が続いた結果、そのカタストロフィを待たずに南極で大量の氷が大陸から海に滑り落ちた


そう、そのせいで発生した津波がもうすぐこの島を飲み込むはず

だから僕と美紀は焼け死ぬことは無くなった

津波に飲まれ、海と一緒になる

それが二人の最後


崖から海を見下ろせる場所に着くと少し強い風が海から吹いてくる

津波に押し出された風だろうか

まだ津波は見えないし、僕の勝手な想像だ


「ねえ、いつもはうるさい位に鳴いているウミネコが一羽も飛んでないわね」


「ああ、翼が有る奴は良いよな、自由に生きていける

まあ、安全な逃げ場所なんてどこにも無いんだけどな」


「ねえ、私達は海と一緒になるのよね」


「そうだね、もう少しでそうなるよ」


「じゃあ、お腹の子は驚かないわね、羊水は海水と同じですもの」


「そうだね、その子...なあ、美紀、お腹の子に名前は付けてないのか」


「付けてないわよ、男か女かも判らないもの」


「そうか、じゃあ、海とかはどう、男でも女でも使える名前だし」


「そうね、三人で海に帰るんだし、決めたは貴方は海だから」


嬉しそうにお腹を撫でながら美紀は話しかけている

子供を堕す意味が無いと判ったあの日から美紀はお腹の子と対話しながら生きている

最初は産んであげられなくてごめんなさいといつも泣いていたけど、今では二人で生きている


「ねえ、始まったみたいよ」


本当だ、海の遥か遠くに白い壁が見えだしている

海岸の海水も引き始めている


「ねえ、勇気、最後の晩餐をしましょうよ」


僕達は質素な最期の晩餐を始めることにする


「じゃあ、乾杯」


冷えたビールは最後の晩餐にふさわしい飲み物だ

この夏の日差し、冷えたビール、僕にしがみ付く美紀の少し冷えた裸体

僕はこの瞬間を死んでも覚えていてやるんだ


「ほら、アーン」


美紀が僕にサンドイッチを差し出す

僕はそれを食いちぎり

そして、美紀に口移しで返す


「もう、変態」


真っ赤な顔の美紀

なんて可愛いんだ


そして、僕達の晩餐が終わる事

美しく優しい海は無慈悲な海へと変わる

映画の中の登場人物のように、見あげる僕たちの視線より高く津波の壁が迫ってくる


「美紀」


「勇気」


向かい合い、見つめ合い、そして僕たちはキスをする

2020年の夏が終わり

僕達は海に帰るんだ

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彼女と過ごす最後の夏 @tam2kun2001

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