香州でゲーム実況をしている親友のワニを100日後の死から救うため、香州へと潜入するもCOROMA患者だと勘違いされてUDONをお見舞いされそうになる話

@toichi01

短編

「嘘……だろ……?」


 東京の自室でニュースを見ていた俺は、今聞いた言葉がすぐには信じられなかった。






『香州でたった今、ネット・ゲーム規制条例案が可決されました』






 モニターに映っているニュースキャスターがとんでもない事実を淡々とのべていた。




 日本から単独独立した国家『香州』。その国は天然資源である『UDON』を国内外に輸出する事で莫大な富を築いた国だ。金と同価値とすら言われるUDONなればこそである。






 そんな国で今回可決された条例こそ『ネット・ゲーム規制条例案』だ。






 国に住んでいる人間全員に適応される条例で、その内容は『ネットやゲームなどのメディアの規制』だ。






 勿論、国外からの批判は相次いでいる。しかし、恵まれたUDONによって莫大な富を築く香州にとっては国外からの批判など知った事ではないだろう。






 さらに日本の政治家は既に上質なUDONに取り込まれている。香州が各家庭にUDONを2枚配るとでも言えば、政治家達はすぐにでも黙って従順な態度を見せる事だろう。






 とは言え一部の人間以外には条例が施行されたとしても、生活に大した影響は無いだろう。彼らにはUDONさえあれば良いのだ。




 だが、俺にとって無視できない問題には違いない。




 何故なら香州には俺の親友である和仁、通称『ワニ』が住んでいる。奴の職業はユーチューバー、それもゲーム配信を中心とした人気配信者である。




 人気配信者にはアンチの存在が付き物だ。アンチから『香州在住の癖にゲーム配信者とか通報しますね』などと言われれば奴の活動に支障を来たしかねない。




 さらに奴にはあの国を離れられない決定的な理由が存在している。






 条例の施行は今日から数えて丁度100日後。このまま行けばワニは100日後に死んでしまう。






「救わなければ、俺の親友であるワニをーーーー」




 俺はワニを救うため、香州に行く事を決意した。






 ※※※






 香州に渡航する為には厳しい審査は勿論、UDONによる負荷に耐える為という意味不明な名目の訓練をパスする事が必要だ。つまり香州の上層部は誰も香州に入れるつもりはない。




 よって香州に渡航するためには密航しかない。




 だが、密航を請け負ってくれる業者を探したところ、誰も引き受けてくれない。




 何故だ。いつもならば大した手間をかけずとも見つかるはずなのに。






 ようやく見つかったのは条例が可決されてから80日後、渡航に掛かる時間を考えれば、タイムリミットは残り少ない。




 また、業者は「命の保証はできない」と俺に確認を求めた。




 いつもならここまで警戒はされない。何だ? 一体何が香州で起こっている?






 渡航は深夜をまわった時間帯に行う事とした。小さなモーターボートを使って海を渡って香州へと近づいていく。




 そして、ようやく香州の陸地が見えてきた頃、




「私が近づけるのはここまでだ。ここからは一人で行ってもらう」






 とモーターボートに備え付けられていたゴムボートでの上陸を求められた。






 仕方なく俺は一人でゴムボートに乗り込み、ゆっくりと香州へと近づいた後に香州へと上陸した。




 そんな中、






「侵入者だ!!!」




 と香州の海岸にて警報音が鳴り響き、たくさんの銃口を向けられた。




 銃には硬質性のUDON弾が込められている。喰らえば死にかねない。






「くそっ!」


 暗闇に紛れるようにして俺は海岸沿いから草葉の影へと走る。暗闇に紛れる事ができればまだ勝機はある。




 しかし、どうしてだ? どうしてこんなにも警戒している。条例施行前だからと言ってもこれは幾らなんでも常軌を逸している。上陸するだけで殺されるなんて、このままでは香州は世界政府から危険区域指定されそうだ。






 そんな絶体絶命の中で、一人の女性の声が響き渡る。






「こっちだ!!!!」


 俺はその声に従って、走る。続いて聞こえるのは爆撃音と、周囲に広がる煙幕。そんな混乱に乗じて俺はどうにか逃げる事ができた。






「助かったよ、ありがとう。あんたは?」


 俺は逃がしてくれた女性を前にして礼を言う。






 女性は下にはカーゴパンツを履き、上は黒色のタンクトップ、背中にはライフルを背負った美人だった。香州国民なのだろうか、やはりUDONを日常的に常用しているだけ肌艶が良い。








「私は条例撤廃の為に動く反政府軍のリーダーをしている者だ。君は……どうやら外の者らしいが」




「ああ。親友を救うために条例を潰すべくやって来た」




「そうか。なら我々は同士だ。実は今、香州は未曾有の危機に貧している。現在香州で流行しているのはUDON過剰摂取中毒、通称『CORONA』。これに感染するとUDON以外の事が考えられなくなる」




「何だって?」




「勿論、これは香州政府による機密事項だ。UDONの摂りすぎで発症する病気なんて事が知られれば、この国の財政は崩壊する。だから香州は条例を施行する事で国内外の情報を制限。さらに『CORONA』を国外の密航者が持ち込んだウイルスであった事にして、UDONの有害性を隠蔽しているんだ」




「だから俺たち密航者をこんなにも警戒していたのか」




 この国はUDONしかない。UDONがなくなれば国家は崩壊し、トップの者達もUDONによる利益を失う。彼らとしてはそれは避けたいだろう。




「UDONは決して危険な者ではない。摂りすぎなければ、むしろ人体に良いとされている。だからこそ歪みに歪んだUDONへの依存性を取り払い、正常な香州、いや『香川』に戻らなければならない」






 反政府軍のリーダーが言うには数日後、条例施行前に政府を攻撃するという計画を俺に話した。






「その計画、俺にも参加させてくれ」






「……君ならそう言ってくれると思っていた」


 俺はリーダーと握手を交わす。






 ワニ、生きていてくれよ。俺が絶対にお前を救ってやる。






 ※※※






 計画の前日、リーダーは俺たち反政府軍の全員集め、計画の全容を話した。






「香州は条例を施行する為に大規模な装置を政府施設内に設置している。それは香州内メディアを規制、接続負荷にするためのスパコンだ。計画日当日、俺たちは政府内施設を強襲、このスパコンを奪う」






「それを破壊するのか?」


 俺のその問いにリーダーは首を振った。






「いや、破壊するよりももっと良い手がある。その装置は香州内メディア操作が可能なんだ。それを逆手に取って規制された時間を延ばす。だが、延ばせたとして1時間が限度だろう。だが、1時間あれば出来る事がある」




「出来る事?」






「ああ。1時間で政府の隠蔽した情報を公開し、香州国民達に訴えるんだ。香州内の幸せな未来を作る為に」






 リーダーのその言葉に集まった反政府軍の皆は一斉にトキの声を上げる。






 俺たちなら出来る。ワニも、そして香州も救える。






 そして、俺たちは条例可決から丁度100日後、つまり条例施行日当日に計画を実行に移した。








 ※※※






「な、なんだお前らは!?」




 政府内施設の警備員を昏倒させつつ、俺たちは施設へと突入する。警備員達はUDONに頭を支配された哀れなCORONA患者だ。




 だが、条例さえ無くなれば、UDONの摂りすぎを抑制させる事でCORONAから快復して、思考は正常に戻る。






 皆を、ワニを救うんだ!








「ここだ!」


 リーダーを筆頭に、俺たちはスパコンの置かれている制御室を占拠した。






「どうだ? 装置を動かせそうか?」


 リーダーは装置を動かしている同士に訪ねた。同士は「どうにか1時間行けそうです」と口にした。






「良し、動画を流す準備は完了した。皆へと訴えるのは……私がやる」




「ああ。リーダー、任せたぞ」




「問題ない。こういう事は慣れているからな?」




 慣れている? もしかしてこの人、元々は動画投稿でもしていたのだろうか。






「香州内メディアとの接続完了! いつでも動画を流せます!」






「良し、はじめてくれ!」




 そして、リーダーは香州国民の前で語り始めた。






「香州の皆様、はじめまして。皆さんに伝えたい真実があります」




 そんな語り口調からリーダーは動画配信を始めた。






 リーダーの語りはそれはもう巧みで、真摯に、時にユーモアを交えて、香州内国民の心をとらえた。






 国民に政府の隠蔽していた事実や、CORONAの真実、そして条例の本当の目的などを伝えていく。




「私達は香州国民ですが、元は日本人です。正直、UDONだけじゃなく、お米も食べたくはありませんか?」






 などと訴えるリーダーの姿に俺は重ねていた。




 そう、動画配信で圧倒的な人気を持っていた、あの親友を。




 時間は既に55分を越えている。もうすぐ1時間、装置のタイムリミットが近づいている。




 そんな大事な時間であるにも関わらず、俺はリーダーの動画内に割って入っていた。






「もしかして……、まさか、君の、名は?」






「……お前、今ごろ気づいたのか? 私、……いや、俺の名は和人、お前の親友のワニだよ」




「お前、体が換装いれかわったのか?」




 ワニは幼い頃の病気から体を一部機械化させる事で生き永らえていた。




 だが、機械化させた体には膨大なエネルギーが必要不可欠だ。それをワニは大量のUDONを使用する事によって賄っていた。それこそがワニが香州を離れられない決定的な理由だ。






 しかし、体を換装してしまうほどの機械化……一体どれほどのUDONを使って……ッッ!!






「…………時間、だな。動画も、そして俺の体も」


 ワニがそう口にすると、その口からは、たらりと過剰摂取したのであろうUDONが漏れ出していた。






 そして、ワニは膝から崩れ落ちる。






「バカ野郎! 何で……なんでこんな無茶を!!!!!」


 俺はワニに駆け寄って、その体に触った。




 UDONによって持っていた体は、もちもちと柔らかい。畜生!!!!






「はぁはぁ……親友、俺はな、香州の、香川の未来を守りたかった。ただ、それだけだ。ここはUDONが魅力的だが、UDON以外にもいっぱい良いところがあるんだよ。八十八ヶ所巡りとかな……」




「それ香州だけの魅力じゃねぇじゃねえかよ」


 そう言いながら俺は笑っていた。泣きながら。






「俺はUDONが無いと生きられない体だ。けれど、これからの香川にはUDONだけに頼っていちゃいけないんだ。だから俺はここまでだ。この体、最後に香川の為になったかな?」




「…………ああ、勿論だ。勿論だよ」




 それを聞いた途端、ワニは事切れた。




 畜生、UDONみたいに肌が白くなりやがって、バカ野郎が……。




 大好物のUDONに生き、UDONと共に死ぬ。親友らしい生き様だった。






 ※※※








 条例の施行日から1年が経った。




 ワニの尽力により条例は施行日からほどなくして撤廃を余儀なくされた。






 当時の政府関係者は全員が辞職、国民達の声もあり、香州は『香川』に復帰される事となった。






 今も香川はUDONを推している。けれど、それだけじゃない。きっと。








「全部、お前のお陰だよ、ワニ」




 俺は親友の墓の前で呟く。あんなに話が巧かったあいつから、もう言葉は帰ってこない。






 結局、俺はあいつを助けられなかった。




 けれど、だからと言って出来る事はまだある。




 それはあいつの事を忘れない事だ。人が本当に死ぬ時は皆の記憶から消え去った時だとよく言うけれど、だったらあいつの事を忘れずにいる俺がいる限りはあいつは死なない。






 香川にあるワニの墓参りをした後は、いつものようにUDONを食べる。




 あいつの大好きだった、あいつの愛していた香川のUDONを。

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