勇気金融株式会社SOS

ちびまるフォイ

勇気の定義

「自信ないなぁ……」


「何を今さら。コンテストに出すために書いた小説だろ?」


「でもコンテストに出すと他の人にも見られてしまう。

 もしもボロクソ言われたら立ち直れないよ。

 いや、まかり間違って入賞したらそれに納得できない人が……」


「臆病だなぁ。そんなこと気にしなくていいのに」


「君は怖いもの知らずだからそんな風に思えるんだよ。

 僕みたいなノミの心臓系男子には……やっぱりやめる!」


「あ、おい!」


春休みの期間を使ってこしらえた新人賞に出すための作品。

でもどうしても勇気が出なくて投稿前に逃げてしまった。


自分でも面白いと思うし自信はある。

足りないのは勇気だけだ。


「これは……?」


ポケットになにか入っている。

中にはポケットティッシュと一緒にチラシが挟まっていた。


『勇気金融 ーあなたの背中押しますー』


僕はまっさきに勇気金融へと向かった。


「あの! このチラシに勇気を貸してくれるって書いてあるんですけど!?」


「はい。うちではお客様に勇気をお貸ししています」


「勇気を貸してください。どうしても新人賞に応募する勇気がないんです」


「かしこまりました。では勇資いたしましょう」


借用書を記入すると、これまで暗雲のように立ち込めていたモヤモヤが晴れた。


「すごい……さっきまであんなに怯えていたのに。今じゃ何も怖くない」


「これが勇気ですよ。さあ、存分に勇気をふるってください」

「はい!」


投稿を前にしてもまるで物怖じしなくなった。

勇気と自信に満ちている。


「どうか、入賞できますように」


願いを込めて作品を投稿した。



数日後、結果は友達から知らされた。


「た、たいへんだ! 入賞だ! 入賞しているぞ!!」


「本当!? おめでとう!!」


「ちげーよ! 俺じゃなくてお前だよ! お前のほうが入賞してるんだよ!」


「ええ!?」


結果発表ページには紛れもない自分のハンドルネームが掲載されていた。

審査員からも好評であのとき勇気を出してよかったと思う。


「なんだよ~~。あんなに出し渋ってたわりにはちゃんと出せたんじゃないか」


「いやぁ、勇気を振り絞ったんだ」


入賞からまもなくして編集さんから連絡がきた。


『つきましては、PRも兼ねてサイン会と発表会。

 出版の際にはファンの皆様の前でスピーチをお願いします』


「すすすす、すぴーち!?」


『できないんですか?』

「い、いや……そんなことは……」


『それじゃよろしくおねがいします』


せっかくの華々しいデビューにブレーキきかせたくなくて受けてしまったが、

人の前で話すのは昔から苦手だった。

臆病な自分の性格はこんなときでも足を引っ張る。


「そ、そうだ! また勇気を借りてこよう!」


ふたたび勇気金融に訪れると、店員は露骨に嫌そうな顔をした。


「また、勇気を借りに来たんですか? 前の勇気も返済できてないのに?」


「毎日ちょこちょこ勇気を返しているじゃないですか……」


「あんなのは勇気利子ぶんでしょう?」


「しかし……僕はそもそも臆病な性格で1日に絞り出せる勇気量なんてたかがしれてます。

 その中でも必死に返そうともがいているんじゃないですか」


「……で、また新しい勇気が必要と?」


「こっちは至急なんです!」


「ダメです。うちはね、前の勇気をちゃーーんと返してもらわないことには

 追加の勇資はできないんです。ご理解ください」


「ぐっ……こんなにも追い込まれているのに……!」


勇気がないまま舞台に立たされたらどうなるか。

臆病が挙動不審を引き寄せ、大失敗は想像にかたくない。


「あの! 自分じゃない人の勇気でも返済は可能ですか!?」


「え? ええ、まあ……」


僕は借用書の「連帯勇気提供」の欄に友達の名前を書いた。


友達は昔から怖いもの知らずで、どんなときもビビったことがない。

無尽蔵な勇気をちょっと借りるだけだ。


「連帯勇気のところに記入されているこの人は、

 本当に勇気がある人なんですか?」


「それはもう! 勇気の純粋結晶みたいな人です!

 怖いもの知らずだからいくら勇気を返済しても底をつきません!」


「……信じましょう」


友達には悪いが今は急な勇気が必要なのでやむを得ない。

勇気を借りてから予定されていた舞台に出席した。


「今日はこのように光栄な賞をいただけてありがとうございます。

 こうして努力が実ったのも読んでくれていた読者のおかげです」


勇気があるので人の目もまるで怖くない。

いつもだったら幕間に「人」の文字をつまらせるほど飲んでいたのに

今は観客の顔や反応を把握できるほどの余裕がある。


「お越しくださっているみなさんの中にも

 勇気が出なくて投稿できてない人もいるかと思います。

 ですが、勇気を出して一歩踏み出してください。その一歩が人生を変えます!」


会場は拍手で包まれた。


勇気がある今となってはどうして前までの自分はあんなに怯えていたのかわからない。

まるでクローゼットにいる悪魔を怯える子供のようだ。


「勇気って最高だ!!」


ひと仕事終えるとガッツポーズを取った。

これで何もかも安泰だろう。


「……お待ちしていましたよ」


暗がりから声が聞こえる。

薄暗い街灯の向こう側から男がひとり歩いてくる。


「存分に勇気をふるえたようでなによりです」


「ゆ、勇気金融さん……!」


「ところで、いつになったら返済してくださるんでしょうか?」


言葉こそいつもと同じだが、その声色は拒否を許さない怖さがある。

勇気を使い切った今はガチガチと臆病が体を支配する。


「へ、返済は……勇気連帯の友達が……」


「知っています。回収に向かいましたよ。でもあの人に勇気なんかなかった」


「ええ!? そんなはずは……! だって昔から……」


どんな高い場所からも飛び降りていた。

どんなに先生に怒られてもケロリとしていた。

そんな友達に勇気がないなんて、間違いに決まっている。


「なにかの間違いです! 友達には無尽蔵の勇気が……」


「私どもはね、別に誰から回収したってどうでもいいんですよ。

 ただ一番許せないのは、あなたは勇気返済のめどもないのに借りたってことです」


「こ……これから……勇気を振り絞って……か、返しますから……」


「いいえ。私に凄まれて怯えているようでは、もはや返済できっこないです」


ずいと顔を近づけられてますます怖くなってしまう。


「勇気返済ができない人からは、別のもので返済してもらいます」


「ゆ、ゆるしてーー!!」



それからしばらくして、僕のデビューは決まった。

ファミレスで打ち合わせしていると編集さんがふと話した。


「ところで先生。なんかデビュー前とだいぶ印象変わりましたよね」


「そうですか?」


「なんかデビュー前はどこかおどおどしていて臆病な子鹿みたいだったのに

 今はなんか怖いもの知らずですよね。すごく勇気がある展開もしますし」


「いえいえ、僕に勇気なんてないですよ」


「そうですか? でも……」


「僕からはもう臆病がなくなってしまっただけです。

 今じゃ何が怖いのかもわからなくなっているんです」


編集はぽかんとした顔をして答えた。


「え? それが勇気あるってことじゃないんですか?」

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