聖夜にいまを希う(3)




 あらためて見回すと、暖が取れそうなものとしては、部屋の隅に小さな電気ストーブが一つきり。

 軽く二十畳はありそうなこの居間に、である。

 この広さだし寒いわけだ……と小さく震えていると、睦月が戻ってきた。


 追加でもう一つストーブでも持ってきてくれたのかと思いきや、両手いっぱいに抱え込んでいるのは色柄違いの山盛り毛布だった。

 ちょっとしたブランケットやひざ掛け、というのではなく、普通にシングルサイズの厚手らしい。

 呆気にとられる哲哉と洋海に「ほれ」と一枚ずつ手渡し、続いて大人たちの方へ歩み寄っていく。枚数もしっかり人数分あるようだ。

 柾貴も路代も慣れた様子で受け取って、各々肩からかけたり膝に乗せたりしていた。 


 彼らに倣い、自分たちも広げた毛布ですっぽり身体をくるんでみる。

 当然急激に温まるわけではないが、厚手生地の毛布がしっかり冷気を遮断してくれていた。

 これならすぐに寒気もおさまりそうだ。


 それにしても……と、談笑している大谷一家(旧も混ざっているが)にあらためて目を向ける。

 暖房器具をガンガンつけたりはせず、いつもこうして寒さをしのいでいるのだろうか。寒がっているのを目敏く見つけて颯爽と立ち上がってくれたところを見ると。


 というか。

 そういえば……夏に遊びに来た時も旧式の扇風機一つだけで暑かったような――。

 暑い盛りに汗だくでかき氷を掻き込みながらテスト勉強をしていた記憶がうっすらと掘り起こされていく。


 あの時はそれほど深く考えなかったが、こまめに節電……というか、極力電化製品には頼らないスタイルなのだろうか、大谷家は?

 極度の倹約家とか――?


 現にこの居間には古いタイプのテレビもあるにはあるが、点いているのは見たことがない。

 固定電話はあるが携帯は親子ともに持っていないようだし(路代はスマホを所持しているようだ)、パソコンなんかももちろんないという話だし。

 台所でも炊飯器は見かけたが、そういえば……電子レンジはどうだっただろうか。見逃しただけ?


 まあ……そういう主義だとか、なんらかのこだわりがある家なのだろう。

 とやかく言うつもりも口出しする権利もないし、別にいいのだが。

 ただ珍しいな、と思った。今どきこんな質素に暮らしている家もあるのか、と。    







 ふと気づくと、睦月の姿だけがなかった。

 目の前には、プレゼントのマフラーを使っていくつか巻き方を伝授しているらしい洋海と真剣に聞き入っている柾貴、それをワインと焼酎のビン両方を抱えてうっとりと満足げに見守る路代だけ。

 皆に毛布を配ってすぐトイレにでも立ったのだろうか。

 広げられた形跡のない睦月の分の毛布を眺め、部屋の掛け時計を見上げた。


 さらに五分経っても戻ってこないため、毛布にくるまったまま哲哉がそっと立ち上がって居間を出る。

 廊下の冷え込みはいっそう厳しいものになっていた。

 ぶるりと一度大きく震えて、毛布の合わせ部分をあらためてしっかり閉じて歩き出す。

 トイレは真っ暗だったので、逆戻りしていくつか角を折れて廊下を進む。

 ――と。


 遠い視線の先に、ひとり睦月が佇んでいた。

 以前に柾貴と話し込んだことのある、あの縁側だ。


 ふと目をやると、その手には先ほど贈った手袋。

 そのまま置いて来ず、今も手にしているくらいには、喜んでもらえたと……思っていいのだろうか。


 何も羽織らず、手袋もはめずに、白い息を吐いてただ中庭を見下ろしている端正な横顔。  

 思わず見とれてしまうくらい綺麗だが……。  

  

 ダメだ寒い!と哲哉はさらに大きく身震いして大股で歩き出した。 


「うーさぶっ。こーんなとこで何やってんだよ、睦月おまえはっ」


 こう寒いと、静かに見守るとか嬉しくて余韻に浸って――……などいられるか!


「寒いなら居間なかに居りゃいいじゃん。逆に何やってんだ……? 風邪ひくぞ」  


 ズカズカ近づく哲哉に目を丸くしながら、もっともなことを言ってのける睦月。


 こちらの心配だけとか、どんだけ寒さに強いんだよ!と若干ヤケになりつつ、その勢いのまま持ってきた毛布を大きくぶわりと広げてやる。


 そして――


 背中合わせになるようにして自分たちを丸ごとくるんで、そのまま座り込んだ。


「え、ちょ……」


 驚き焦ったような声が聞こえたが、もう遅い。

 ふはははもう逃がさん、とばかりに毛布の両端を合わせガッシリと握りしめる。


「うひょー! あったけえ」

「て……哲! てめえ……っ! くっつくなって――」


「なーんでそんないちいち逃げようとするかなあ? 背中くらいいいじゃん。

「――」


 同性ならこのくらい平気だろう、というニュアンスを含ませてわざとらしく言ってやる、と。

 立ち上がれず離れられずもがいていた睦月が、ピタリと動きを止めた。

 

 ……ちょっと意地悪が過ぎただろうか?

 少しだけ罪悪感がよぎった。

 背中を通して、緊張で全身ガチガチに固まっているのがわかる。


 いつもいつも神経を張り巡らせて『おれは男だぞー』アピールして、当然疲れていないわけがないのだ。

 まあ今日のことに関しては、家でくつろいでいるところにまたもや突然押しかけた自分たちがひたすら悪いのだが……。


(力ぬいて、楽になりゃいいのに……)


 自分たちにくらい、すべて吐き出して。

 肩ひじ張らずに自然体でいればいいのに。他の誰にも言うつもりもないのだし。


 そんな心の声ももちろん表には出せない。

 あきらめたようにため息をついて、哲哉はそっと笑みを浮かべる。


「睦月よお、手袋は持つモンじゃねえぞ。……あれ? おまえもしかして使い方、知らな――」

「し……知ってるし」


 返事が固い。

 まだ緊張しているのか。


「じゃあ、今使えよ。寒いだろ」

「……お、オレの勝手だろ。あ、後で使――」



 突如、何かの衝撃が降ってきた。



二人ふったりとも何やってんのっ」


 ふいうちとしか言えない洋海の乱入で、思わず毛布の合わせを離してしまった。

 と思いきや。

 毛布が緩んで出来た隙間からするりと潜り込んできて二人の真ん中に陣取り、小動物は「えへへ」と満足そうに笑う。


(ちきしょう洋海め……。邪魔しやがって)


 触れるのが睦月の背中ではなく洋海の頭と肩になってしまった。


「ひ、洋海……おまえまで何じゃれついて――」


「二人も毛布もあったかあい」


 ぬくぬくと緩みまくって嬉しそうな洋海の笑顔。

 毒気を抜かれたのか、女子に間に入ってもらえたことで緊張が解けたのか、睦月を取り巻く空気も少しだけ和らいだものになっていた。


 ま、いいか、と思うしかない。

 安らいでほしいなどと願っておきながら自分が固くさせてどうするのだ。

 素直に今日何度目かの反省をして空を仰いだ。

 同時に、洋海がやや驚いた声を上げる。


「あ、雪だ」


 ほらほら、と毛布からちょこんと出した指で宙をさし、嬉しそうに。


「ホントだ」


 いつにも増して寒いと思った。


「ね、ね、みんなで一緒に初詣いこうよ。二年も一緒のクラスになれますように、ってお願いしなきゃ!」

「お。いいねー。けど睦月がアレだから徒歩でいけるトコな?」

「ご利益あったらどこでもいい、いい! ね、睦月。いいでしょ? 行こ?」


「…………いいけど」


 いつもどおり、興味なさげに、ぶっきらぼうに吐き出された返事。

 だけど、クラスのクリスマスパーティーの時と違って、頑ななノーではない。 

 腹の底からじんわりと嬉しさがこみ上げる。

 洋海のことは言えない。

 自分の顔も今、とてつもなく締まりがない緩みまくった笑顔になってるのかもしれないな、と思った。



「もおおおおおお、みんな帰ってこないと思ったらそんな寒いとこで何やってんのよおおっ!」


 突然、大音量で拗ねる路代の声とズカズカ響いた足音にびくりと肩を震わせる。

 さ、さすがにもう毛布に隙間はないぞ?

 と毛布を守って思わず慄き身構えてしまったものの――


 路代は、両腕を広げて三人を丸ごとガバリと抱きしめてきた。


 一体どのくらい飲んだのか、すっかり出来上がっている。


「んーーーーもう可愛いっ! 大好きっ! ずっとそのままで居てね、あんたたちいいぃ!」


 ろれつもあやしく半分涙声になっている路代。

 普段はやたらと陽気だが、飲むと泣き上戸になるとかだろうか。

 それとも、何か思うところでもあるのか。 


 ずっとそのままで――――


 ……いられたらどんなにいいか。

 哲哉もそれは思う。願って止まない。


 あたしも路代センセー好きー、と無邪気にあどけなく笑う洋海。

 あーはいはいわかったから、みんなもう放せ……苦しい、とあきらめつつも微妙な引きつり笑いを浮かべている睦月。



  ――『……さて……いつまでたせられるか……』



 ずっと心に引っかかったままの柾貴の言葉がある。

 睦月がいなくなってしまう夢を見て、馬鹿みたいだが酷く怯えたこともある。


 未来にまったく不安がないわけではないけれど……


 だからこそ、今の時間を大切にしよう。


 ずっと居よう。このままで。

 一緒に居られるだけ、ずっと。



「ほう、雪か」


 いつの間にか、濃緑のマフラーをしっかり巻いた柾貴も部屋から出てきていた。

 ちゃっかり徳利とお猪口を手に、哲哉のすぐ横に佇んでいる。  


「たまには月見酒もよいものだな」


「はいぃ! ですよねえぇ!(ハート)」

「ぐすっ……ちょっとお! なーに自分のだけ持ってきてんのよおおお? 私のはあああ!?」

「…………月、出てねえけどな?」


「はははははは」


 めちゃくちゃ寒い上に各々自由すぎて、まともな会話どころかすっかりカオスになっている縁側だったが。

 毛布もあるしになら――あともう少しだけ居てもいいかな……と、笑い転げながら哲哉は思っていた。









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