聖夜にいまを希う(1)




 いつもどおり三人で弁当を囲んでいると、机の上にタンッとA4サイズの紙が回ってきた。


「はいっ。書いたら次にジャンジャン回して、だって」


 そう言い置いて、自分たちのグループに足早に戻っていくクラスメート女子。

 その背中と紙を手に取った洋海ひろみを交互に見、「何だ?」と身を乗り出して尋ねてみる。

 いつものことながら睦月は黙々と咀嚼していて、見るからに興味なさそうだ。


「あ。あれだね。クリスマス会の参加希望者名簿」

「あー、こないだL○NEで誰かが言いだしてたやつか」


 祭り好きな仲良しクラスの一年二組らしいというか何と言うか。

 数日前、クラスメートのほとんどが入っているグループL○NEの他愛ない話の中で、「クリスマスに集まろう」という声がそういえば上がっていたのだ。  

 早速誰かが中心になって企画を立ち上げたらしい。

 貸切にしたどこかで飲み食いしてカラオケやらボーリングやらで盛り上がろう、というだけのことらしいのだが。


 ならそのままL○NE上で参加表明させればいいのに、とも思ったが、ああ……とすぐに理由に納得した。

 意味のないスタ連や馬鹿話、急な話題転換であっという間に収集がつかなくなるのが常のクラスL○NEだ。   

 正確な参加希望者を把握できなくなる、と危惧してこうした現実的な策に走ったのだろう。


「えっ、イヴにやんの? すげえな」


 表題の下に小さく書かれた日時を見て、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 来週か。思ったよりすぐだ。

 じゃあパーマ予約、日曜にでも繰り上げてもらうかな……と手早くスマホの予約ページを開いて操作する。


「ね。こっそりデートしたい人とかどうするんだろね?」


 きゃらきゃら笑いながらも、洋海がおもむろにシャーペンを取り出した。

 これを企画したのは十中八九、イヴにひとりでいるのに耐えられないヤツだろう。妙な確信をもって思わずクラス内を見渡してしまう。


「行くよね? 名前書いちゃうよ?」

「んー……どうせ何も、」


 返事をする前に、すでに哲哉の名前まで書き始められていた。

 予想できないでもなかった洋海の言動に、呆れ笑いがもれる。

 まあ、いつものことだ。


 二人分の名前を名簿に加え終えたところで、シャーペンの動きがぴたりと止まった。


 睦月は携帯を持っていない。

 当然グループL○NEにも入っておらず、そこでどういった話が繰り広げられているかも知らない。(それどころか、誰かの面白発言を見せようとしても、たいてい「興味ない」と言われる。)

 故に、彼(仮)は今初めてこの企画について知ったワケで。


 反応を窺うまでもなく、これまたなんとなく予想はできたり、した……のだが。

 どうする?とばかりに洋海と二人そろって睦月を振り仰ぐ、と。


「…………行くワケねーだろオレが」


 向けられていたのは、既視感どころではない、哀しくも見慣れた表情。


(うわあ。目が口ほどにモノを言ってるよ……)

(めちゃめちゃ雄弁に語っちゃってるよなあ)


 タジタジのジェスチャーと口パクで妙な意思疎通を繰り広げる幼馴染同士を見据える目が、冷たい。 

 頬杖ついてジトッと向けられる呆れ顔には、確かに「毎度毎度なんで懲りねえんだ、おまえら?」と書いてある。


「いやあ……何だかんだ言って睦月おまえ楽しんでたし。ほれ宮園祭。仮装とかもさ」


 本当に少しずつではあるが、周りに溶け込んできた感がある……気がするし。

 今ならうなずいてくれるかも?という期待を込めて同意を得ようとした――――のだが。


「楽しんでねえ」


 あえなく玉砕。


「てか、あれは学校ココでのことだし、出席になるからしょーがなく……。なんで寒い中わざわざノコノコ外に出てって人に会わなきゃなんねーんだよ? それも冬休みに入ってから」


「ノコノコとか……」

「うーん……それももっともだ。もっともなのだが、だがしかし」

「せっかくのクリスマスだし、ね? ね? 睦月ほら、きっと初めてでしょ、こういう友達同士でのパーティとか! 行ってみよ?」


 洋海こいつの誘い文句いつも一緒だな……と頭の片隅で思ったものの、頑張って食らいついてはいるためツッコまないでおく。


「パス」

「一緒にしようよー、初めてのクリスマスー!」


 洋海の訴えが一段落したところで、ふいに睦月が大真面目な顔を向けてきた。


「クリスマスだから何だ。クリスマスって何だ? そもそも」


「え……睦月、クリスマス知らないの? もしかして柾貴さん、も……?」

「いや知ってっけど! 伯母さ……路代さんがいつも勝手に家じゅう飾り付けてったり、変なカッコして突然押しかけてくるから」


 口に含んだばかりのコーラを、ぶっ……と噴き出してしまった。

 変なカッコ――サンタやトナカイに扮して、とかだろうか。まさかまさかあの熟女、ミニスカサンタの格好であんなことやこんなこと――(自主規制)。


 ……まあ確かに、コスプレなんてあの物静かな父親は絶対やらなそうだしな。

 本当にどこまで面倒見のいい伯母さんなんだ、と感心する。


「そういう意味じゃなくて……! ええと、クリスマスだからってなんで一緒になって浮かれなきゃならない? オレに何の関係がある?」


「えー、恋人同士とか仲いいひとたちが会ってさ? プレゼント交換とかしたりさ?」

「オレに何の関係が――」

「えええええ睦月いいい! いいじゃんんんー! 楽しんだってええええ!」


 憮然としたまま同じ文言をくり返そうとした睦月に、とうとうキレて洋海が取りすがる。


 『実力行使を伴った泣き落とし』というやつだ。

 もう破れかぶれなのだろう。

 こうなるともう哲哉としては下手に手を出すことも出来ず(うっかり変なトコを触ってもマズい)、おとなしく行く末を見守ることにする。


「いや、べ、別に……っ」


 いいから寄るな抱きつくな!とばかりに必死の形相で洋海を押しのけている少年(仮)。


「だからっ、別にオレ反対してねーだろ。そういう奴らだけ楽しんでればいいんじゃねえの?」

「行こうよおおおお睦月、お願いいいいいいい!!」


「オレは行・か・ね・え! 楽しみたいヤツだけ楽しめばいい。以上!」


 しがみつこうとする洋海を完全に振り切り、この上なくはっきりキッパリ吐き捨てて、「トイレ!」と睦月が席を立った。


 ズカズカ歩くその後ろ姿がピシャリという音とともにドアの向こうに消えたのを確認して、洋海が伏せていた顔をむくりと上げる。

 目尻にちょこんと涙を残したまま、口は自信ありげに笑みを形作っていた。


「――そう来ると思ったよね。さあ哲くん、計画立てよ」

「おまえ……マジで強いな」







 ◇ ◇ ◇







「………………だよな。そういうヤツらだったよな、おまえら」


 イヴ当日、午後七時。

 クラスメートたちとのクリスマス・カラオケは早々に切り上げて、洋海と二人当然のように大谷家へ到着したとたん。

 玄関戸を半開きにしたまま睦月ががくりと項垂れた。


「ヘイヘイ、睦月クン暗いよ暗いよー。メッリー(巻き舌)クリッスマース!」

「ほらっ、ちゃんとケン◯ッキーのクリスマスセットも買ってきたんだから!」


 例によってアポなしの『突撃・お宅訪問』をかましている詫び(?)も込めて、ジャーン!と両手いっぱいのオードブルやら大箱を掲げて見せる。

 が、すでにかける言葉もないらしい睦月は、あーはいはいはい……とすっかり投げやりな態度で、それでも二人を招き入れてくれた。 

 「あ、けど。泊めねーぞ? 泊めねーからな? ちゃんと帰れよ? わかったな?」と、なぜかものすごい形相でしっかりと釘までさして。



「うわあ……」


 洋海の歓声どおり、一歩踏み入るともうそこは別の世界だった。


 いつもの古くて殺風け――……シンプルな玄関の真正面には、松ぼっくりや姫りんご、オリーブなどが真っ白なリボンでとめられた、もみの木の大きめリースが飾られていた。

 こんな見事なクリスマスリースは外に飾ればいいのにと思ったが、大きすぎて断念したか、もしかしたら道場生の目でも気にしたのかもしれない。


 そして、そこから居間に続く廊下のそこかしこには、大小合わせて十数鉢のポインセチアが置かれている。

 先端にちょこんと咲く小さく黄色い花と、それを囲うように広がる濃緑と深紅に染まった葉。

 金銀のラッピングシートに鮮やかな赤のリボンで装飾されたそれらは、よく見ると全部が生のホンモノらしい。


 さらに廊下の壁一面には、雪の結晶が模様パターン化された白の大判レースが贅沢に張られ、その上では Merry Christmas の大きな飾り文字や星や葉を象ったホイルガーランドがキラキラと輝いている。

 照り返しのまぶしさから、もしかしたら蛍光灯そのものも一時的に明るいものに付け替えられているのかもしれない、と思った。


 普段の古い純和風家屋とは程遠い、煌びやかな雰囲気に圧倒される。


「これ全部、路代先生がやったの?」

「な? スゲーだろ? 一週間前から一昨日くらいまで頻繁に来て、あれこれやってった」

「一人でか?」

「……まさか。がっつり手伝わされた」


 いいからほれ入れ、とばかりに睦月が二人にスリッパを出してくれる。

 それもまたずいぶんとな、赤と緑色のクリスマスカラー。トドメに小振りの白レースで縁取りまでしてあった。


「かっわいいー! あたしたち用に? これも路代先生が?」

「そう。おまえらが来たらこれ履かせろって。はりきって置いてった。だから履け。……嫌でも」


 オレも親父もぜってー履かねえけどな、とゲンナリした顔で一足先に踵を返す睦月。


 路代にも、押しかけると想定されていたのだろうか。

 自分たち用のものまで準備してくれていたとは……。


 どうやら同じ考えらしい洋海と顔を見合わせ、こっそり笑みをこぼし合う。

 今さらだが、睦月の友人としてここまで認めてくれていたのかと思うと素直に嬉しさがこみ上げた。






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