第43話『地竜』
「ティコ、近くに丈夫な建物は無いか」
「うーん、一番、近くならやっぱり日の出門の詰め所だと思う」
思案しながらティコが答える。
「よし、だったらそこに行こう」
「ちょっと待ってよ、にーちゃん。せめて上の飛竜が行ってから」
――忘れてた……。
俺は店の軒先から顔を出し、空を見上げた。空から小さくカラカラと骨を鳴らすような音が聞こえて来る。しかし、飛竜の姿はどこにも見当たらない……。
「よし、行こう」
「にーちゃん、こっちだ」
そう言うとティコは一目散に駆けだした。少し北へと走り細い路地へと入った。成程、あの大きさであればここへ直接降りてくることは出来ない。俺たちは日の出門の詰め所へと向かって細い路地を走った。
くねくねと曲がる建物の隙間の細い裏路地を、北東方向へと駆け抜ける。前方に広い通りの交差点が見えてきた。その手前で急にティコが立ち止まる。壁に背を付けて広い通りをそっと覗いた。
その時、通りの先から悲鳴が聞こえてきた!
「何事だ!」
「にーちゃん、しっ!」
ティコに怒られた。
俺もティコの頭の上から通りを覗いた。通りの先に何か居る!
大きくとぐろを巻いた大蛇……。
「飛竜の食事だよ。空から落として地面でああやって丸呑みにするんだ」
「もしかして、さっきの兵士か……」
血まみれの人間が大きな蛇に頭から丸呑みにされている。流石にああはなりたくない……。
「多分。今なら大丈夫、行こう」
俺たちは大通りを走り抜け、もう一度路地へと入り込んだ。日も差さぬ狭い路地に二人の靴音が響く。荒い呼吸音。急いで街を離れねばと気持ちが急いて来る。
――ん? 路地の出口の方角から何か聞こえて来る。
「ティコ!」
俺はティコの袖を引っ張って引き留めた。
「何だよ、にーちゃん」
「様子が変だ」
「確かに……」
大勢が騒いでいるような声が聞こえて来る。微妙に地面も揺れている。これは何だ……。
俺たちは慎重に出口に近づき路地の外を窺った。
目の前には市場の開かれる日の出門前広場が広がっていた。その広場には大勢の人が居る。その人だかりが門の方へと殺到しているみたいだ。どういう事だ? 敵襲か? 皆はどうやら開かない門の代わりに、小さな通用口に向かっているようだ。
「にーちゃん、あれ!」
ティコが指さしたのは商店街の方だった。そこに、黒くて大きい何かが居る。皆はそれから逃げているみたいだ。
黒くて、大きくて、しっぽが長くて、二足歩行……。
「ティラノサウルスじゃねえか!」
怒鳴り声が木霊した。
「ティ……? あれは地竜だよ、にーちゃん。あたいもあんな大きいの初めて見た」
人の背丈の倍どころではない。全長で十メートルはある。高さも五メートルくらいはあるだろう。今、自分の足元の何かをバキバキと音を立てながら
――あっ! 商店街の通りから、もう一匹が現れた。
広場の反対側に詰め所らしき旗を立てた建物が見えている。そちらの入り口にも人が殺到している。
――まずいな、このままでは詰め所には簡単に入れそうにない。門の通用口も外に出るには時間が掛かりそうだ。それに、詰め所の建物はレンガ造りだ。あのサイズのティラノの攻撃にいつまで耐えられるかわからない。
しかも、こちらから攻撃を仕掛けるのすら躊躇われる大きさだ。このエクスカリバーならあるいは一撃で葬れるかもしれないが、もし突進してきたらそのまま弾き飛ばされてしまうだろう。何か攻撃を当てる工夫をしないといけない。
視界の範囲内で唯一ティラノの攻撃に耐えるのは街壁しか無いようだ……。
「ティコ! 詰め所以外に壁の上に出れるところは無いか」
「あ、ある! あるよ。少し南に臨時の足場が組んであるよ」
「よし、そこに行こう。案内してくれ」
「わかった」
ティコは路地を駆け出した。住居の壁によじ乗り、その上を歩き庭を突っ切る。住居の裏口を蹴破り、家の中を走って玄関から飛び出した。
――あっ、あれの事か……。街の壁に沿うようにして木製の
俺とティコは
その時、通りの北から大きな悲鳴が響いてきた!
ドンッ! と音を立てて一軒の民家が弾け飛ぶのが見えた。破片が辺りにスローモーションで舞い散っていく。その中から一際大きな個体の地竜が姿を現した!
そいつは、ゆっくりと辺りを見回した。
そして、〝目が合った!〟
嬉しそうに喉をグルグルと鳴らし目を細める。こいつには、知能がある!
「ティコ! 急げ!」
俺たちは慌てて梯子を登った。
地竜は緩慢な動作で頭を下げてこちらに向け走り出した。いや、違う! 一歩の幅が大きい。あっという間にこちらに迫ってきた。
「ティコ、壁に飛び移れ!」
「うん!」
俺たちは櫓を蹴り飛ばし街壁へと手を伸ばした。
直後! 激しい音を立てて櫓が消し飛んだ! 砕けた破片が目の前を通り過ぎていく。
俺たちは街壁の上へと転がった。高さ約五メートル幅約二メートルの石造りの壁がグラグラと揺れた。
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